5級の壁
西の空が赤い。
西門に着いた時、避難民が押し寄せていた。
子供を抱えた母親、荷車を引く老人、血を流しながら走る農夫。
「街道沿いのカラナ村がやられた。闇種族が——」
「落ち着け。中に入れ、ここは守る」
門衛が避難民を誘導している。
ギルドマスターのオーゲンが、門前に立っていた。
「来たか。第一波がすぐそこまで来ている。西門の防衛を頼む」
「了解」
「お前たちだけじゃない。B級のゲイル隊が第二線にいる。だが第一線はお前たちが最前だ。——頼んだぞ」
他の冒険者パーティも西門周辺に展開していた。
街全体で守る防衛戦。俺たちだけの戦いじゃない。
「ベル」
「わかってるよ」
ベルが門の外を見据えた。
「——来る。西の街道から。10体以上。先頭は魔人兵、後方にダークエルフが1体。あれが指揮官だね」
「コロル」
肩の上の綿毛が青銀の瞳を光らせた。
宙に淡い文字が浮かぶ。
—— / ダークエルフ / 闇魔法5級・風魔法6級・剣技6級
「指揮官は闇5級。前回の7級より格上です。レインくん、正面は避けて側面から」
ヴィーナが即座に読み取った。
魔人兵の群れも読み取れた。闘技7〜8級が8体。
「数が違う……前回の倍以上じゃねえか」
フィルの声が硬い。
「それがどうした。やるぞ」
ガルドが大斧を構えた。
「《ヘイスト》!」
ヴィーナの加速が俺とガルドにかかった。
来る。
魔人兵の群れが、街道を駆け下りてきた。
* * *
最初の衝突は、ガルドが受け止めた。
魔人兵の拳が大盾に叩きつけられる。一発、二発、三発——三体が同時にガルドに殺到した。
「《アイアンガード》!」
ガルドの全身が硬化し、三体分の打撃を受け止めた。足が地面にめり込む。だが退かない。
俺はガルドの横から飛び出した。
ガルドに張り付いた魔人兵の脇腹に《スラッシュ》を叩き込む。
一体がよろめいた。追撃の《ツインアーク》で弧を描く二連斬り。魔人兵の鎧が裂けた。
だが倒れない。闘技7級の身体は硬い。
「《ウィンドカッター》!」
フィルの風の刃が後方から飛来し、別の魔人兵の足を薙いだ。
「ナイス!」
「もっと来い! 《サイレントエッジ》!」
無音の刃がもう一体の腕を切り裂いた。フィルが攻撃の手を休めない。
右翼でベルが動いていた。
事前に仕込んでいた《シンクホール》の罠が発動した。地面が陥没し、魔人兵が二体、足を取られた。
「今だよ!」
ベルのクロスボウが足を取られた魔人兵の喉を射抜いた。
一体目撃破。
左翼で他の冒険者パーティが魔人兵二体を食い止めている。街全体の防衛線が機能している。
「《アクアシールド》!」
リーナの水の壁が、横から飛んできた闇の弾を弾いた。
「リーナ、ありがとう!」
「礼はいいから前見て!」
正面。
指揮官のダークエルフが動いた。
速い。風魔法による加速——俺に《ヘイスト》がかかっていなければ見えなかっただろう。
短剣が二本。二刀流。
右の短剣が俺の首筋を狙った。
剣で弾く。左の短剣が追撃で腹を狙う。
《ツインアーク》で軌道を逸らした。だが体勢が崩れた。
闇の弾が、至近距離で放たれた。
右手が——熱くなった。
闇の魔力が掠めた瞬間、手の甲から指先にかけて、微かな熱。
今じゃない。集中しろ。
「《エアシールド》!」
ヴィーナの風の盾が俺と指揮官の間に割り込んだ。闇の弾が逸れる。
態勢を立て直す。
指揮官が再び踏み込んできた。
速い。剣技6級——俺と同格。だが二刀流の手数で押されている。
受ける。弾く。受ける。弾く。
足りない。
6級では、この相手を崩せない。
もう一歩——もう一歩だけ、速く。
身体の奥で、何かが弾けた。
足が、勝手に動いた。
地面を蹴った感覚すらない。
気づいた時には、指揮官の懐に入っていた。
剣が走る。
目にも止まらぬ——一刀。
ダークエルフの目が見開かれた。
短剣で受けようとした腕が、一瞬遅れた。
剣圧が、指揮官の胸を薙いだ。
血が飛んだ。
```
——世界システムより通知——
対象: レイン・アルシード
【剣技が5級に昇格しました】
【新技能を付与: ブリッツ】
```
```
名前: レイン
種族: 人間
【技能】
剣技: 5級 ★UP
闘技: 8級
火魔法: 6級
水魔法: 8級
風魔法: 6級
土魔法: 8級
光魔法: 8級
闇魔法: ---
【使用可能技】
スラッシュ / スティング / ツインアーク / ソニックエッジ / ブリッツ / ストライク / スピンキック / フレイム / フレイムアロー / フレイムウォール / バーストフレア / アクアショット / アクアシールド / ウィンドカッター / ヘイスト / エアシールド / サイレントエッジ / ロックショット / アースウォール / ライトボール / ルミナスシールド
```
視界が白く光った。
5級。
才能の壁を超えた証——全冒険者の上位10%。
「今のは……!」
フィルが叫んだ。
周囲の冒険者がどよめいた。
「あいつ、今……5級に?」
「嘘だろ、あの新人が?」
態勢を崩した指揮官に、ガルドが突進した。
「——終わりだ」
大斧の《ブリッツ》。ガルドの5級の一撃が、ダークエルフ指揮官を薙ぎ倒した。
指揮官が倒れた。
残りの魔人兵が動揺した。指揮系統を失った兵は、判断が遅くなる。
「畳み込め!」
ベルの号令で、全防衛線が一斉に攻勢に転じた。
フィルの《ウィンドカッター》が、ヴィーナの《エアシールド》が、リーナの《アクアシールド》が——六人の技と、他のパーティの力が重なり合い、魔人兵を追い詰めていく。
残りの魔人兵が退き始めた。
統制はなかった。指揮官を失った逃走だ。
第一波——撃退。
* * *
息が荒い。
剣を杖にして、身体を支えた。
あの一瞬——《ブリッツ》。
身体が勝手に動いた。考える前に、剣が走っていた。
視界の端に、もう一つの通知が浮かんでいた。
```
——世界システムより通知——
対象: レイン・アルシード
【闘技が7級に昇格しました】
【新技能を付与: アイアンガード】
```
```
名前: レイン
種族: 人間
【技能】
剣技: 5級
闘技: 7級 ★UP
火魔法: 6級
水魔法: 8級
風魔法: 6級
土魔法: 8級
光魔法: 8級
闇魔法: ---
【使用可能技】
スラッシュ / スティング / ツインアーク / ソニックエッジ / ブリッツ / ストライク / スピンキック / アイアンガード / フレイム / フレイムアロー / フレイムウォール / バーストフレア / アクアショット / アクアシールド / ウィンドカッター / ヘイスト / エアシールド / サイレントエッジ / ロックショット / アースウォール / ライトボール / ルミナスシールド
```
二つも上がった。戦闘中にガルドの動きを見て、何度も身体の使い方を真似ていた。それが実を結んだのかもしれない。
「……よくやった」
ガルドが、短く言った。
振り返ると、鉄灰色の目がまっすぐ俺を見ていた。
師が弟子を認める目だった。
「くそ、先を越された」
フィルが唇を噛んだ。だが目は燃えていた。
「あんた……やるじゃない」
リーナが目を見開いていた。誇らしさと——何か別のものが混じった表情。
「5級突破の速さ。数ヶ月でここまで……」
ヴィーナが呟いた。紫色の瞳が、俺を見つめている。
「やはり——」
その言葉の続きは、聞こえなかった。
ベルの声が、空気を切り裂いたからだ。
「——来るよ。まだ終わりじゃない」
全員がベルを見た。
ベルは西の街道の先を見つめていた。
その顔から、いつもの飄々とした色が消えていた。
「第二波だ。……数は第一波の倍以上」
地面が、微かに震えていた。
足音だ。大勢の足音。
そして——その後方に。
コロルが、俺の襟元に潜り込んだ。
ぷるぷると震えている。
今まで一度もこんな怯え方をしたことはない。
「……大物がいる」
ベルが呟いた。
西の闇の中から、軍勢が姿を現す。
その後方に——一つだけ、桁違いの存在感を放つ影があった。
「この魔力は……5級や4級のものではありません」
ヴィーナの声が、初めて震えていた。
俺は剣を握り直した。
右手は——冷たくも、熱くもなかった。
ただ、握りしめた柄が、汗で滑った。




