西からの風
コロルがうちのパーティに馴染むのに、三日もかからなかった。
朝は俺の胸の上で起き、朝食を催促する。
昼は肩の上で揺れながら日向ぼっこをし、夜はフィルの頭を枕にして寝る。
「降りろって言ってるだろ……」
「キュウ」
フィルの抗議をコロルが無視するのが、もう朝の日課だった。
その朝も、宿の食堂でいつも通りの朝食を取っていた時——
ギルドの扉が勢いよく開いた。
伝令だった。
息を切らしている。
「全パーティに緊急招集。ギルドマスターからの指示です」
* * *
ギルドの広間に、冒険者たちが集まっていた。
普段は依頼板の前でだべっている連中が、今日は誰も口を開かない。
ギルドマスターのオーゲンが地図を広げた。
禿頭に傷跡のある大男。元A級冒険者で、声が低い。
「単刀直入に言う。西の街道沿いで、闇種族の目撃情報が相次いでいる」
広間がざわついた。
「以前は国境付近の山岳地帯で出没していた連中が、街道まで出てきた。この三日間で報告は六件。全て西方街道上だ」
「街道に? ここからどれくらいだ」
ベテラン冒険者の一人が聞いた。
「最も近い目撃地点で、街から半日。全Dランク以上のパーティに緊急依頼を出す。街道の安全確認と、闇種族偵察隊の排除だ。報酬は通常の三倍。受けるか」
選択肢があるような口調だが、顔は有無を言わせない。
「受けるよ」
ベルが迷わず答えた。
俺たちも頷いた。
* * *
西の街道は、ルーンヘイムから大山脈へ続く旧道だ。
普段は商人の馬車が行き来する平穏な道のはずが、今日は人の気配がない。
商人たちが噂を聞いて引き返したのだろう。
「静かすぎるね」
ベルが鼻を利かせていた。
耳も目も、常に周囲を探っている。
街道を一時間ほど進んだところで、ベルの足が止まった。
「——4体。左の林から。統率された動きだよ。嫌な感じだ」
小声だった。
「コロル」
俺は肩の上の綿毛に目を向けた。
コロルの青銀の瞳が光る。
林の中へ視線を向けた途端、宙に淡い文字が浮かんだ。
—— / ダークエルフ / 闇魔法7級・風魔法7級
—— / ダークエルフ / 闇魔法6級・剣技7級
—— / 魔人 / 闘技6級・闇魔法8級
—— / 魔人 / 闘技7級・剣技7級
名前は読み取れなかった。距離があるせいか。
だが級位は読めた。
「闇7級に風7級のダークエルフ。もう一体は闇6級の剣技7級——」
「7級と6級。僕らと同格か、それ以上じゃないか」
フィルの声が硬い。
「魔人兵は闘技6級と7級。前衛二枚、後衛二枚の正規編成ですわ」
ヴィーナが即座に分析した。
「油断しないでください。闇魔法7級は《ダークバインド》まで使えます」
「布陣はいつも通りだ。ガルドとレインが前、フィルとヴィーナが左右、あたしが遊撃。リーナは後衛で回復に徹して」
ベルが素早く指示を出した。
「了解」
コロルが俺の肩から飛び退き、街道脇の岩陰に隠れた。
戦い方は知らない。だが、逃げ方は心得ている。
「来る——!」
林から影が四つ、飛び出した。
* * *
速い。
先頭のダークエルフが、風のように間合いを詰めてきた。風魔法7級——《ヘイスト》か、それに近い加速術。
「《ヘイスト》!」
ヴィーナの加速が俺とガルドにかかった。
身体が軽くなる。
ガルドが大盾を構えた。
魔人兵の拳が盾を打つ。衝撃が空気を揺らした。
「——重い」
ガルドの足が半歩下がった。
だが、そこで止めた。《アイアンガード》の硬化が拳の二撃目を弾く。
俺は風のダークエルフに向かった。
「《フレイムアロー》!」
炎の矢を放つ。ダークエルフが横に跳んで避けた。
着弾点の地面が焦げる。避けた先に踏み込み、《スラッシュ》で牽制する。
だが速い。6級の俺の剣より、一歩速い。
右手から闇の弾が飛んできた。
咄嗟に《エアシールド》を張った。
闇の弾が風の壁に当たって散る。完全には防げない。衝撃が腕を痺れさせた。
——その瞬間。
右手が、熱くなった。
闇の魔力が掠めた箇所。手の甲から指先にかけて、微かな熱が走った。
冷たさの逆。闇に反応している。
また——。
「今は集中しろ」
自分に言い聞かせた。
「《ウィンドカッター》!」
フィルの風の刃が、もう一体のダークエルフに迫った。
だがダークエルフが片手を翳すと、闇の壁が刃を呑み込んだ。
「消えた!?」
「闇魔法の《ダークヴェイル》です。闇属性で他属性を打ち消す防御術——ですが、消費が重い。連続使用はできないはずです」
ヴィーナが叫んだ。
「もう一発だ! 《ウィンドカッター》!」
フィルが間髪入れず二発目を放った。
今度はダークエルフが避けた。防げなかったのだ。
「効いてる! 続けて——」
「《サイレントエッジ》!」
フィルの風の刃が無音で飛んだ。
音を断つ真空の刃。ダークエルフの左腕を掠め、血が飛んだ。
「フィル、上手い!」
だが、剣技7級のダークエルフが俺に迫っていた。
闇を纏った剣が、真正面から振り下ろされる。
重い。6級の俺の剣技では、真っ向からは受けきれない。
《ツインアーク》で軌道を逸らした。
二連斬りの二撃目を腹に叩き込む——が、浅い。ダークエルフの身のこなしが速い。
距離が開いた。すかさず左手に火を灯す。
「《フレイムウォール》!」
炎の壁がダークエルフの退路を塞いだ。
一瞬の躊躇。その隙に剣を構え直す。
剣と魔法を切り替える。近づけば斬り、離れれば焼く。それが俺の戦い方だ。
「《アクアシールド》!」
リーナの水の壁が、俺の背後に飛んできた闇の弾を弾いた。
「後ろがら空きよ、馬鹿!」
「助かった!」
ガルドが魔人兵と激しく打ち合っていた。
闘技6級の魔人兵の拳を盾で受け、反撃の大斧を振る。
もう一体の魔人兵——闘技7級のほうが、ガルドの脇を抜けようとした。
ベルが動いた。
クロスボウの矢が魔人兵の足を射抜いた。
「あたしを忘れてないかい」
魔人兵がよろめいた隙に、ベルが短剣で腱を斬った。
魔人兵が片膝をつく。
ガルドの大斧が、膝をついた魔人兵の胴を薙いだ。
一体撃破。
残りは三体。
だが——風のダークエルフが鋭い声を上げた。
聞いたことのない言語。命令だ。
三体が同時に後退した。
バラバラにではない。風のダークエルフを殿に、剣のダークエルフと魔人兵が先に退く。
「逃がすか——」
「《フレイムアロー》!」
炎の矢が撤退する魔人兵の足元を焼いた。だが足は止まらない。
「待ちな」
ベルが俺の腕を掴んだ。
「深追いするな。あれは逃げてるんじゃない」
ベルの目が鋭い。
「統制の取れた撤退だよ。指揮官がいる。追えば逆に囲まれかねない」
三体は林の奥に消えた。
追撃の気配はない。本当に退いただけだ。
静寂が戻った。
「全員無事か?」
俺は仲間を見渡した。
リーナが頷いた。フィルが息を切らしている。ヴィーナが冷静な顔で頷いた。
ガルドが、倒した魔人兵の胸元に目を落としていた。
鎧の下に、紋章が刻まれている。
黒い翼を模した意匠。
ガルドの顔が、強張った。
「……この紋章。前と同じだ」
「前?」
「ガルドさんの集落を襲った闇種族……第三哨戒線の時の紋章と同じなの?」
リーナの声が硬い。
ガルドは答えなかった。
ただ、顎髭を撫でる手が、微かに震えていた。
「魔王直属の部隊がこんな辺境に。これは普通の偵察じゃないですわ」
ヴィーナが呟いた。
その時、俺のステータスウィンドウが開いた。
```
——世界システムより通知——
対象: レイン・アルシード
【火魔法が6級に昇格しました】
【新技能を付与: バーストフレア】
【風魔法が6級に昇格しました】
【新技能を付与: サイレントエッジ】
```
```
名前: レイン
種族: 人間
【技能】
剣技: 6級
闘技: 8級
火魔法: 6級 ★UP
水魔法: 8級
風魔法: 6級 ★UP
土魔法: 8級
光魔法: 8級
闇魔法: ---
【使用可能技】
スラッシュ / スティング / ツインアーク / ソニックエッジ / ストライク / スピンキック / フレイム / フレイムアロー / フレイムウォール / バーストフレア / アクアショット / アクアシールド / ウィンドカッター / ヘイスト / エアシールド / サイレントエッジ / ロックショット / アースウォール / ライトボール / ルミナスシールド
```
「……火と風、二つ同時に上がった?」
「実戦で属性を使い込むと級位が動くことがあります。レインくんは火と風を何度も切り替えて使っていましたから」
ヴィーナが冷静に言った。
「6級か。……悪くないタイミングだね」
ベルが口角を上げた。
実感はまだない。だが、火の魔力が前より滑らかに巡っている気がした。
岩陰からコロルが戻ってきた。
俺の肩に飛び乗り、キュウと鳴く。
ふと、右手を見た。
闇の弾を受けた時の熱は、もう消えていた。
代わりに、コロルが肩に乗った途端——微かな温もりが戻ってきた。
リーナがこちらを見ていた。
俺の右手を、一瞬だけ。
何も言わなかった。
* * *
ギルドに戻ると、他のパーティも続々と帰還していた。
どのパーティも似た報告を持ち帰っている。
「西方街道第二区で偵察隊と接触。3体編成。統制された撤退——」
「第四区でも同様。ダークエルフ2体に魔人兵1体——」
オーゲンが報告を聞き、地図に赤い印をつけていく。
印が、増えていく。
「お前たちも接触したか」
「4体編成でした。魔人兵を1体撃破しましたが、残り3体は撤退。魔王直属の紋章を確認しています」
俺が報告すると、オーゲンの眉が動いた。
「直属の紋章だと。——他のパーティは確認できていない。お前たちだけだ」
ガルドが頷いた。
それだけで十分だった。ガルドがあの紋章を見間違えるはずがない。
オーゲンが地図を広げた。
ルーンヘイムの西側に、赤い印が七つ。
「偵察の段階は終わった。これだけの偵察部隊が同時に動いている。連中の狙いは——」
太い指が、地図の中心を指した。
「この街だ」
広間が静まり返った。
「王都とエクリプスに急報を出す。援軍が来るまでは自力で凌ぐしかない。全パーティ、当面は街の防衛に備えろ」
俺は仲間を見渡した。
リーナの唇が、引き結ばれている。
フィルの拳が、膝の上で握られていた。
ベルが腕を組んで目を伏せている。
ガルドの鉄灰色の瞳は、地図の赤い印を見つめたまま動かない。
ヴィーナが静かにノートを閉じた。
全員の顔が、引き締まっている。
コロルだけが、俺の肩でキュウと小さく鳴いた。
——守る。
この街を。この仲間を。
拳を握った。
右手は、まだ温かかった。




