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人間だと思っていた俺、実は滅びた古代種族の生き残りでした  作者: みちおもち


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小さな灯火

朝、目を覚ますと胸の上に重みがあった。


灰白色の綿毛が、俺の胸の上で丸まって眠っている。

昨夜、枕元に置いたはずなのに、いつの間にか移動していた。


「……お前、図々しいな」


綿毛が薄目を開けた。

青銀の瞳が俺を見上げて、またすぐに閉じた。


全く起きる気がない。


水を汲んで小さな器に入れると、ぴくりと耳のようなものが動いた。

匂いで察したのか、のそのそと這って来て器に顔を突っ込んだ。


ぺちゃぺちゃと音を立てて飲んでいる。

昨日は水も飲めないほど弱っていたのに。


「少し元気になったか」


携帯食の干し肉を千切って差し出した。


綿毛が目の色を変えた。

さっきまでの気だるさはどこへやら、ものすごい勢いでがっついている。


「……食い意地すごいな」


あっという間に平らげて、もっと寄越せとばかりに青銀の瞳を見開いた。


「いや、これ俺の朝飯だぞ」


ぷるぷると身体を震わせて抗議している。


結局、もう一切れ分けてやった。



  * * *



「面白い結果が出ましたわ」


朝食の席で、ヴィーナが目の下に隈を作っていた。

徹夜で文献と照合していたらしい。


「先生、寝てないだろ」


「研究者に睡眠は二の次です」


フィルが呆れた顔をしている。


「で、何がわかったの?」


リーナが身を乗り出した。


「あの子は、古代文献に記録のある『識見の使い魔』に酷似しています」


「識見の使い魔?」


「古代種族が情報収集に使っていた生き物です。対象の表層ステータス——名前、種族、現在の級位までを読み取れたと記録にあります」


ヴィーナがノートを開いた。

びっしりと書き込まれた文字と、古代文献からの写しが並んでいる。


「現存例は一つもありません。500年前の戦乱で全て失われたと思われていました。ですので断定はできませんが……外見、大きさ、魔力に引き寄せられる性質、全て文献の記述と一致しますわ」


「ステータスを読み取れるって、マジか」


フィルが綿毛を覗き込んだ。


綿毛は俺の膝の上で干し肉の最後の一切れをもしゃもしゃ食べていた。

偉大な古代の使い魔には、到底見えない。


「試してみるかい?」


ベルが面白そうに言った。


「文献によれば、魔力を込めた手を差し出すことで読取が起動するそうです。ただ、この子がまだ弱っているので——」


「僕が最初にやる!」


ヴィーナの説明を遮って、フィルが手を突き出した。


綿毛がフィルの手を見つめた。

青銀の瞳が淡く光る。


宙に、淡い文字が浮かび上がった。


フィル・セレスティア / エルフ / 風魔法6級・火魔法8級


「おお……マジで出た! 合ってる、全部合ってるぞ!」


フィルが興奮している。


「こいつすごいな。名前も種族も級位もぴったりだ」


「本当……ちゃんと動くんだね」


リーナが感心したように綿毛を見つめた。


綿毛がフィルの頭にぴょんと飛び乗った。


「うわっ——降りろ!」


ぱたぱたと手で追い払おうとするが、綿毛はしがみついて離れない。


「……まあ、いいけど」


フィルが渋々受け入れた。


「あたしもやってみようかね」


ベルが手を差し出しかけて——止まった。


「……いや、やっぱりいいよ」


「何で引っ込めるんだよ」


「乙女には秘密があるのさ」


「年齢は出ませんよ」


ヴィーナの一言に、ベルが咳払いした。


「……じゃあ、まあ」


ベルが手を差し出した。


ベル・ロッソ / ホビット / 土魔法7級・闘技8級


「ぴったりだね。こいつ本物だよ」


ベルが感心したように頷いた。


ガルドが無言で右腕を差し出した。


綿毛がフィルの頭からガルドの手のひらに移った。

だが大きすぎる手のひらの上で、ころころと転がってしまう。


「あはは、ガルドの手でかすぎ!」


フィルが笑った。


「……すまん」


ガルドが指先でそっと綿毛を支えた。

太い指に似合わない丁寧な手つき。


ガルド・ドラグハート / ドワーフ / 剣技5級・闘技5級


「うん、合ってる。全員分正確だな」


「……小さいな」


ガルドがそれだけ言って、指先で綿毛の頭を撫でた。

綿毛が目を細めている。


「あたしもやるね」


リーナが手を差し出した。


リーナ・フォルテス / 人間 / 水魔法7級


「便利な子だね。冒険者ギルドに一匹いたら仕事が捗りそう」


「商売道具にしないでよ」


俺が苦笑すると、リーナが肩をすくめた。


「冗談よ。ほら、ヴィーナさんもやってみたら?」


ヴィーナが微笑んで手を差し出した。


ヴィーナ・エルデシア / エルフ / 風魔法5級・水魔法7級・光魔法7級


「ヴィーナさんのも正確だ。全勝だな、こいつ」


「ええ。文献通りの能力ですわ。……素晴らしい」


ヴィーナの目が輝いている。

学者の顔だ。


「で、坊やの番だよ」


ベルが俺を見た。


「ああ」


綿毛に手を向けた。


青銀の瞳が俺を見つめる。

光った——


文字が浮かび上がる。


レイン・アルシード / 人——


ノイズが走った。


種族の欄が、一瞬ちらついた。

「人間」の文字が歪み、別の何かに書き換わりかけて——すぐに戻った。


レイン・アルシード / 人間 / 剣技6級・闘技9級・火魔法7級・水魔法8級・風魔法7級・土魔法8級・光魔法8級


文字がずらりと並んだ。

他の仲間の倍以上ある。


「多いな……さすが全属性」


ベルが呟いた。


綿毛が首を傾げた。

小さな身体をぷるぷると振って、もう一度俺を見つめている。


「……ちょっと変な反応したね。種族のとこ、一瞬ちらつかなかった?」


リーナが気づいた。


「そうか? ちゃんと出てるけど」


俺には、ノイズは見えなかった。

ほんの一瞬の出来事で、結果は普通に表示されている。


「全属性分を一度に読み取ったので、負荷がかかったのかもしれませんね」


ヴィーナがさらりと言った。


「確かに、これだけ並んだら処理が重いだろうな」


フィルが納得したように頷いた。


それで話は流れた。


だがヴィーナの紫色の瞳が、一瞬だけ細められていたことに、俺は気づかなかった。


「さて」


リーナが綿毛を見つめた。


「名前、つけてあげなきゃ。いつまでも『綿毛』じゃかわいそうでしょ」


「『フワフワ丸』とかどうだ?」


フィルが言った。


「……却下」


ガルドが即答した。


「僕が考えたのに!」


「あたしも却下だね。センスがないよ、チビ助」


「だったらベルが考えろよ!」


「あたしは名付け親って柄じゃないさ。坊やが決めなよ、拾ったのはあんたなんだから」


ベルが俺を見た。


俺は綿毛を見下ろした。

灰白色の毛並みが、朝の光を受けて淡く輝いている。


色。

灰白色——でも、瞳は青銀で、光ると少しだけ虹がかかるように見えた。


「コロル」


口をついて出た。


「コロル?」


「色って意味だ。灰色でも白でもない、色々な色が混じってるから」


綿毛が——コロルが、ぴくっと耳を立てた。

俺の膝の上で身を起こし、こちらを見上げている。


「コロル」


もう一度呼んだ。


コロルが俺の腕を駆け上がり、肩にちょこんと座った。

首筋にすり寄ってくる。


「……気に入ったみたいだね」


リーナが笑った。


「コロル。良い名前ですわ」


ヴィーナが頷いた。


「あんた、最近ちょっと元気なかったけど、この子のおかげでいつもの顔に戻ったじゃない」


リーナが軽く言った。


俺は返事の代わりに、肩の上のコロルの頭を指先で撫でた。


コロルが目を細めた。

温かい。


ふと、右手を見た。

あの冷たさは——今は、感じない。


コロルが俺の指に顔をすり寄せた。



  * * *



その夜。


ヴィーナは自室で研究ノートを開いていた。

二晩続けて、羽根ペンがインクの跡を刻んでいく。


『識見の使い魔と思われる個体——仮にコロルと呼称する。


本日、パーティ全員のステータス読取を実施。結果、リーナ(人間)、フィル(エルフ)、ベル(ホビット)、ガルド(ドワーフ)、エルフの五名は正常に表示。


レインくんのみ、種族欄にノイズが発生。他の五名には見られない現象。


そして昨日、あの貯蔵庫にレインくんだけが入れた理由——全て、同じ一点に繋がる。


遺跡での闇への共鳴。闇魔法の軌道を読んだ反応速度。属性拒絶を受けない体質。そして今日のノイズ。


証拠は、もう十分すぎるほど揃っている』


ペンが止まった。


窓の外で、虫の声が聞こえる。


ヴィーナはペン先をインク壺に浸し直した。

しばらく迷ってから、もう一行だけ書き加えた。


『問題は、これをいつ——どのように伝えるか』


隣の部屋から、レインとフィルの笑い声が漏れ聞こえる。

コロルがキュウキュウと鳴く声も混じっていた。


ヴィーナは微笑んだ。

けれどその紫色の瞳は、笑っていなかった。


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