表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人間だと思っていた俺、実は滅びた古代種族の生き残りでした  作者: みちおもち


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

24/35

地下に眠るもの

翌朝、ギルドの掲示板に丁度いい依頼があった。


ルーンヘイム東の丘陵地帯に出没する毒蜘蛛の巣の駆除。E級の通常依頼。報酬は銀貨三枚。


「毒蜘蛛の巣か。楽な仕事だね」


ベルが依頼書を摘まみ上げた。


「楽でいいだろ。昨日の鍛錬で身体バキバキなんだ」


フィルが肩を回している。

ガルドの闘技指導がよほど堪えたらしい。


「あんたより坊やのほうがピンピンしてるじゃないか」


「うるせえ。僕はエルフだぞ。筋肉痛の治りが遅いんだよ」


「それ種族関係ある?」


リーナが笑った。


俺も笑った。

身体は正直、少しだるかった。昨日の闘技の鍛錬もそうだが——右手の、あの冷たさが、まだ微かに残っている。


気のせいだと思いたい。


「では参りましょう。良い天気ですし、散歩がてらですわ」


ヴィーナがノートを胸に抱え、すでに歩き出している。

マイペースなのはいつものことだ。


六人で東門を抜けた。



  * * *



丘陵地帯に入ると、岩場の隙間に白い糸が張り巡らされていた。


「あたしが先行するよ。罠があるかもしれない」


ベルが身を低くして岩の合間を進む。

足音がほとんどしない。さすが斥候だ。


手信号。——三匹。奥に巣。


「ベルの合図だ。フィル、風で巣を散らせ。蜘蛛が出てきたところを叩く」


「了解」


フィルが手を掲げた。


「《ウィンドカッター》!」


風の刃が巣を切り裂いた。

白い糸が舞い散り、奥から焦げ茶色の蜘蛛が三匹、這い出してくる。

胴体は犬ほどの大きさ。牙から紫色の液が滴っていた。


「前に出る」


ガルドが大盾を構えた。


一匹目が跳びかかる。ガルドの《アイアンガード》が光り、盾ごと弾き返した。

蜘蛛が地面に転がる。


俺が踏み込んだ。

《スラッシュ》で胴を薙ぐ。甲殻が割れ、蜘蛛が動かなくなった。


二匹目がリーナに毒液を吐いた。


「《アクアシールド》!」


水の壁が毒液を弾く。

跳ね返った毒液が蜘蛛自身にかかり、悲鳴のような音を立てて丸まった。


「……自分の毒で?」


「毒蜘蛛の甲殻は自分の毒に弱いんだよ。知らなかったかい、坊や」


ベルが短剣でとどめを刺した。


三匹目は逃げようとしたが、ヴィーナの《ヘイスト》で加速したガルドの斧が追いついた。


あっけなく終わった。


「……素材を回収する」


ガルドが無言で蜘蛛の甲殻を剥ぎ始めた。


「六人がかりでE級依頼だからな。当たり前だぜ」


フィルが胸を張っている。


巣の残骸を《フレイムアロー》で焼き払い、依頼完了——のはずだった。



  * * *



「ちょっと待ちな」


ベルが巣の奥を指した。

蜘蛛の糸で覆われていた岩壁の一部が、焼け落ちた糸の下から露わになっている。


岩壁に——文字が刻まれていた。


「これは……」


ヴィーナが息を呑んだ。

ノートを抱えていた手が震えている。


「古代語です。間違いありません」


岩壁をよく見ると、文字だけではなかった。

岩の合間に、人が一人やっと通れるほどの隙間がある。蜘蛛の糸に完全に覆われていたから気づかなかったのだ。


「穴蔵……いえ、保管庫でしょうか。蜘蛛の巣の裏に隠れていたようですね」


ヴィーナの目が学者の目になっていた。

紫色の瞳が、暗い隙間の奥を見つめている。


「入ってみるかい?」


ベルが軽く言った。

だが目は慎重だ。未知の空間に飛び込む斥候の目。


「ベルさん、まず入口だけ確認できますか」


「了解」


ベルが隙間に近づいた。

一歩、二歩——


「っ——」


足が止まった。

ベルが額を押さえている。


「……頭が痛い。嫌な感じだね」


「ベル?」


「入口に近づくと圧がかかる。あたしだけかい?」


フィルが一歩踏み出した。


「僕も——うっ、何だこれ。変な圧がある」


額を押さえて後ずさった。

エルフの魔力感度が高いのか、フィルの反応はベルより強い。


リーナが近づく。


「なんだか頭が重い……。ちょっと、これ普通じゃないよ」


ガルドが無言で一歩踏み出し——


「……頭に来る」


短く吐き捨てた。

怒っているのか頭痛なのか判断に困る言い方だった。


「ヴィーナさんは?」


「私も……軽い頭痛がしますわ」


ヴィーナが眉を寄せた。

だがその目は、苦痛よりも好奇心のほうが勝っていた。


「レインくん。あなたは——何も感じませんか?」


「え?」


俺は入口のすぐ横に立っていた。

みんなが額を押さえている中、何も感じない。頭痛もないし、圧も感じない。


「いや、別に……何ともないけど」


五人の視線が俺に集まった。


「なんで僕がダメでレインが平気なんだよ」


フィルが悔しそうだ。


「坊やだけ平気なのかい。変わった体質だねえ」


ベルが軽く流したが、目の奥は笑っていなかった。


ヴィーナが古代文字を見つめていた。

何か考えている——けれど、口に出さなかった。


「レインくん。奥を見てきてもらえますか。無理はしないでください。崩落の危険もあります」


「わかった」


「あんた一人で大丈夫なの?」


リーナが俺の袖を掴んだ。

目が心配そうだ。


「大丈夫だよ。すぐ戻る」


袖を離してもらい、隙間に身体を滑り込ませた。



  * * *



暗かった。


だが、壁に埋め込まれた石が淡い光を放っていて、完全な闇ではない。

古代の照明術だろうか。


隙間を抜けると、小さな空間が広がっていた。

大人が五、六人立てる程度。天井は低く、岩壁には古代文字がびっしりと刻まれている。


空気が違う。

外の土と草の匂いではなく、古い石と、微かに甘い匂い。長い時間、閉じ込められていた空気だ。


部屋の中央に、台座のようなものがあった。

その上に——壊れた容器が転がっている。


硝子に似た素材だが、硝子ではない。内側から何かが破って出たように、破片が散乱していた。


そして、台座の影に。


灰白色の綿毛。


手のひらに乗るほどの大きさ。

丸まって動かない。


死んでいるのか——いや。


微かに、綿毛が上下していた。

息をしている。


俺はしゃがみ込んだ。


「おい……大丈夫か」


触れた。

綿毛は冷たかった。体温がほとんどない。


弱っている。

この容器の中にいたのか。どれだけの間、ここにいたんだ。


ガラス玉のような瞳が、薄く開いた。

青銀色。

暗闇の中で、宝石のように光っている。


その瞳が、俺を見た。


ぷるぷると、小さな身体が震えた。

寒いのか。怯えているのか。


放っておけなかった。


両手で包み込むように持ち上げた。

軽い。あまりにも軽い。


「……あったかくしてやるから。待ってろ」


胸元に寄せた。


その瞬間——


綿毛が、微かに光った。


青銀の瞳と同じ色の、淡い光。

綿毛全体がぼんやりと輝いて、すぐに消えた。


そして——


右手が、温かかった。


昨日からずっと残っていた冷たさ。

闇の力の残響。仲間にも言えない、あの嫌な感覚。


それが——消えていた。


綿毛の温もりが、掌から腕を伝って、指先まで届いている。


「……温かい」


声が、思わず漏れた。


綿毛が、俺の親指にすり寄った。

弱々しいが——確かに、生きている。


「……連れて帰るぞ」


綿毛を胸に抱えたまま、隙間を戻った。



  * * *



外に出ると、五人が待っていた。


「レイン!大丈夫?」


リーナが駆け寄った。


「ああ。中に小さな部屋があった。壊れた容器と——こいつがいた」


胸元の綿毛を見せた。


「……何これ。生き物?」


「かなり弱ってる。容器の中にいたみたいだ」


「魔獣か?」


ガルドが目を細めた。


「……敵意はない」


自分で言って、確信があった。この綿毛に害意がないことは、触れた瞬間にわかった。


「ふむ……」


ヴィーナが綿毛を覗き込んだ。

紫色の瞳が真剣だ。


「文献の記述に似ています。ですが、断定はできません。保存容器に入っていたということは、誰かが意図的にこの子を封じていた——あるいは、守っていた」


「守っていた?」


「外界から隔離して生き延びさせるための保存術は、古代文献に記述があります。ただ、実物は見たことがありません。もし本物なら……」


ヴィーナが言葉を切った。

続きを飲み込んだようだった。


「先生、正体がわかるのかい?」


「……まだ何とも。宿に戻って文献と照合してみないと」


ベルの問いに、ヴィーナは首を横に振った。

学者としての誠実さが、安易な断定を許さないのだろう。


「とりあえず、弱ってるんだ。連れて帰っていいか?」


「ええ。むしろ、お願いしますわ。この子をこのまま放置するわけにはいきません」


綿毛が俺の胸元で丸まっている。

さっきより少しだけ、温かくなった気がする。


「それと——レインくん」


ヴィーナが隙間の入口に向き直った。


「少しだけ、壁の文字を写させてください」


頭痛をこらえながら、ヴィーナが入口ぎりぎりまで近づいた。

崩れかけた岩壁の古代文字を、ノートに丁寧に写し取っていく。


フィルが心配そうに見ている。


「先生、無理すんなよ」


「あと少し……あと少しだけ……」


数分後、ヴィーナが離れた。

額に汗が浮かんでいる。


「……ありがとうございます。これで十分ですわ」


ノートに目を落とした。


紫色の瞳が、見開かれた。


「この文字が正しければ、ここは——」


息を呑む音が聞こえた。


「500年前に封じられた場所です」


誰も、すぐには言葉を返せなかった。


500年。

光種族と闇種族の戦いが始まったのと、同じ時代。


風が吹いた。

丘陵地帯の草が揺れる。


俺の胸元で、綿毛が小さく身じろぎした。

弱々しい——けれど、確かに生きている温もり。


右手は、まだ温かかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ