学者の同行
遺跡から戻った翌朝、ギルドで報告を済ませた。
壁画のこと。石像との戦闘のこと。
ヴィーナが碑文の解読結果を事細かに書き記した報告書を添えたおかげで、ヨルグも「詳しいな」と感心していた。
「古代種族の遺跡か。上にも報告しておく」
ヨルグの表情は真剣だった。
魔王直属の紋章に続いて、古代種族の遺物。この辺境に眠っていた秘密が、次々と表に出てきている。
* * *
報告を終えてギルドの酒場に戻ると、ヴィーナが待っていた。
丁寧に淹れた紅茶を片手に、ノートを広げている。
俺たちが来たことにも気づいていない。
「ヴィーナさん」
「……ふむ、やはりこの碑文の第三節は——あ」
顔を上げた。
淡い紫色の瞳が俺たちを認識するまでに、二秒かかった。
「おはようございます。お待ちしていましたわ」
「待ってたのに気づかないって、相当ですね」
リーナが苦笑した。
ヴィーナが紅茶を一口飲み、ノートを閉じた。
「皆さんに、お願いがあります」
真っ直ぐな目だった。
いつもの浮世離れした空気が、少し引き締まっている。
「私を、パーティに同行させていただけませんか」
「同行?」
「はい。昨日の帰り道にレインくんにも少し話しましたが——各地に古代遺跡が眠っています。そしてどの遺跡も、おそらくレインくんにしか開けない」
ヴィーナの視線が俺に向いた。
「あの扉はレインくんの魔力に反応して開きました。碑文を読めるのは私だけです。鍵と読み手——どちらが欠けても、遺跡の真実には辿り着けません」
「つまり、護衛ってだけじゃないのか」
ベルが腕を組んだ。
「ええ。レインくんが何者なのか——その答えも、遺跡の中にあるかもしれません」
沈黙が落ちた。
仲間たちの目が、俺に向いている。
昨日の遺跡で起きたこと。既視感。球体の記憶。光の中に混じった、闇の色。
ヴィーナだけが、あの現象を冷静に見ていた。
「知恵袋はありがたいけどさ」
ベルの声が鋭くなった。
琥珀色の目がヴィーナを射抜いている。
「冒険は座学じゃないよ。先生、まずステータスを見せな」
「もちろんです」
ヴィーナが手をかざした。
淡い光が浮かび上がる。
```
名前: ヴィーナ
種族: エルフ
【技能】
剣技: ---
闘技: ---
火魔法: ---
水魔法: 7級
風魔法: 5級
土魔法: ---
光魔法: 7級
闇魔法: ---
【使用可能技】
ウィンドカッター / ヘイスト / エアシールド / サイレントエッジ / テンペスト
アクアショット / アクアシールド / ヒーリングストリーム
ライトボール / ルミナスシールド / ピュリファイ
```
全員がステータスを見つめた。
フィルが最初に口を開いた。
「風5級……テンペストまで持ってるのか。すごいじゃないか」
素直な驚きだった。
フィルは風6級。自分より一つ上だと気づいたのだろう。
「風5級は大したもんだよ。冒険者でもそうそう届かない」
ベルも感心した声を出した。
ヴィーナが小さく頭を下げた。
「120年、風の魔法理論を研究してきましたから。……ただ、それは研究室と遺跡調査でのことです。魔物相手の実戦経験は、ほとんどありません」
正直だった。
数字を誇るのではなく、弱みを先に出す。
「……実戦を知らん者は、予測できん動きをする」
ガルドが短く言った。
鉄灰色の目が険しい。
ヴィーナはガルドを見上げた。
「ごもっともです。ですから——実戦の中で、確かめていただけませんか」
ベルが顎に手を当てた。
「数字は文句なしだ。問題は場数だよ。120年研究室にいた先生が、魔物の前で同じように動けるか——ちょうどいい依頼がある」
そう言って、ベルはギルドの受付に向かった。
戻ってきた時、手に依頼書を持っていた。
「ヨルグに聞いたよ。ルーンヘイム近郊の洞窟ダンジョン、調査依頼が出てる。魔法の罠が多くて、前回の調査隊が撤退したらしい」
「魔法の罠……」
リーナが眉をひそめた。
「戦闘力はあったんだが、罠が厄介で先に進めなかったそうだ。物理の罠ならあたしが見抜けるけど、魔法の罠はお手上げでね」
ベルが肩をすくめた。
琥珀色の目がヴィーナに向いている。
「先生。実戦で動けるかどうか、ここで見せてもらおうじゃないか」
「望むところですわ」
ヴィーナの目が光った。
学者の好奇心に火がついたのが、見てわかった。
「ふむ、魔法の罠ですか。古い洞窟なら、あるいは古代の術式が残っている可能性もありますね。非常に興味深い」
「……先生、まず試験に受かることを考えてくれ」
ベルが呆れた声を出した。
「あ、そうでしたね。失礼」
ヴィーナがノートを開きかけた手を止めた。
フィルが腕を組んでいる。
「まあ、見てやるよ。僕の魔法が要らないくらい活躍できるなら、認めてやってもいい」
「ハードル高いな、チビ助」
ベルが笑った。
ガルドは何も言わなかった。
ただ、鉄灰色の目がヴィーナを見ている。
戦って見せろ。
言葉にしなくても、そう言っていた。
「じゃ、決まりだ。明日の朝一番で出発。六人で洞窟に入る」
ベルが依頼書を卓に置いた。
俺はヴィーナを見た。
紫色の瞳が、静かに燃えている。
明日——この人の力が、本物かどうかがわかる。




