帰還と報告
ルーンヘイムの西門が見えた時、全員がほっと息を吐いた。
五日ぶりの街だ。
門番が俺たちの冒険者証を確認し、顔を見て驚いた。
「五人? 出た時は四人だったろ」
「一人増えました」
ガルドが無言で門番の横を通り過ぎた。
重装鎧の男が無表情で通過する様子に、門番が目を丸くしている。
「……ドワーフの戦士か。物騒なのを連れてきたな」
「いい人ですよ。口数は少ないですけど」
リーナが笑って答え、五人で街に入った。
* * *
まずギルドへ向かった。
受付を通され、奥の部屋でヨルグに報告する。
ダークドワーフとの交戦。魔王直属の紋章。瘴気に汚染された山の様子。
ヨルグの表情が険しくなっていった。
俺がダークドワーフの胸から剥ぎ取った紋章を机に置いた。
赤い牙を象った、あの紋章。
ヨルグが紋章を手に取り、しばらく無言で見つめた。
「……これは上に報告する」
声が低い。
いつもの飄々とした空気が完全に消えている。
「お前たちは当面、街の周辺依頼を続けてくれ。国境方面には近づくな」
「でも、瘴気の発生源は——」
「わかってる。だが、魔王直属の部隊が動いてるなら、お前たちの手に負える話じゃない。上が動くまで待て」
ヨルグの目が俺を見た。
あの複雑な眼差し。前にも感じた、心配とも警戒とも違う何か。
「レイン。お前のステータスの件も、改めて調べさせてもらう。いいな?」
「……はい」
断る理由はない。
だが、胸の奥がざわりとした。
部屋を出ると、フィルが不満そうに唇を尖らせた。
「待てって言われても、あの瘴気はどんどん広がってるだろ」
「命令だよ、チビ助。ギルドの指示は守らないとクビになるからね」
ベルがフィルの頭を軽く小突いた。
「……わかってるよ」
* * *
午後は五人での日常を過ごした。
まず宿の確保。
今まで使っていた三人部屋ではさすがに狭いので、大部屋を二つ取った。
俺とフィルとガルド。リーナとベル。
「男三人は狭いな……」
「……我慢しろ」
ガルドの一言で決まった。
装備の新調に回る。
武具屋でフィルの杖を選び——結局フィルは「指で撃つ方が速い」と断り——リーナの薬草ポーチを補充し、ベルのクロスボウの弦を張り替えた。
ガルドだけが何も買わなかった。
「必要なものは自分で作る」
鍛冶師の矜持だ。
買い物の途中、ベルが酒場の前で足を止めた。
「あたし、ちょっとカード賭博してくるよ」
「朝から?」
「情報収集さ。酒場で賭けてる連中は口が軽いからね」
ベルが中に消えた。
嘘ではないだろうが、半分は遊びだろう。
フィルは魔法具店に入り浸った。
棚にある教本を片っ端から手に取り、真剣な目で中身を確かめている。
「これも読みたい……これも……金が足りない」
「必要なの一冊に絞りなよ」
リーナが苦笑した。
ガルドは宿に戻った後、壊れた窓枠を直し始めた。
宿の主人が驚いて見に来ると、ガルドは無言で作業を続けている。
「あの……頼んでないんですが」
「……壊れてた。気になった」
宿の主人が俺を見た。俺は肩をすくめた。
夕方、五人で酒場に集まった。
大きな卓を囲んで食事をする。
皿の数が多い。ガルドの食べる量が三人分くらいある。
「ガルドさん、すごい食べますね」
「……鍛冶をすると腹が減る」
「今日は鍛冶してないですよね?」
「……窓枠を直した」
リーナとベルが笑った。
フィルが「僕もお代わり!」と手を挙げる。
賑やかな食卓だ。
三人の時も四人の時も良かったが、五人は更に騒がしくて、更にいい。
食事の終わり際、フィルとベルがデザートの取り合いを始めた。
ガルドが無言でエールを飲んでいる。
その隙に、リーナが小声で言った。
「ねえ、レイン」
「ん?」
「最近のあんた、強くなるの早すぎない? ……なんか心配」
「心配?」
「うまく言えないけど——あのステータスを見た時、嬉しいより怖かった。普通じゃないって」
リーナの目が、俺をじっと見ていた。
冗談の色はない。
「……大丈夫だよ」
「本当に?」
答えに詰まった。
大丈夫かどうか、俺にもわからないのだ。
リーナはそれ以上追及しなかった。
ただ少しだけ眉を下げて、自分の皿に視線を落とした。
* * *
夜、宿で眠りについた。
フィルはすぐに寝息を立てた。
寝言で魔法の詠唱をしているのが聞こえる。
「……風よ、吹き……んん……」
ガルドはベッドの上で静かに座っていた。
眠らないのか、それとも眠れないのか。
「ガルドさん、寝ないんですか」
「……もうすぐ寝る。先に寝ろ」
目を閉じた。
暗闇の中で、ガルドの静かな呼吸だけが聞こえる。
安心する音だった。壁のような男が同じ部屋にいる、それだけで。
眠りに落ちかけた時——夢を見た。
暗い空間。
どこまでも広がる闇の中に、二つの光が浮かんでいた。
白い光と、黒い光。
二つが近づき、交差する。
触れ合った瞬間、眩い閃光が弾けた。
その光の中に——人影が見えた気がした。
俺に似た、誰か。
目が覚めた。
暗い部屋。隣でフィルの寝息。ガルドの規則正しい呼吸。
額に汗が滲んでいる。
心臓が速く打っている。
なんだ、今の夢は。
枕元に手を伸ばした時、指先に焦げた匂いがした。
見下ろすと——枕の角が、小さく焦げていた。
「……夢で、魔法を使った?」
胸の奥が疼いている。
あの瘴気に触れた時と同じ場所が、小さく、けれど確かに熱を持っていた。
窓の外では、月が静かに光っている。
何も答えてはくれなかった。




