ドワーフの戦士
集落に飛び込んだ瞬間、瘴気の匂いが一気に濃くなった。
焦げた木材と、錆びた鉄と、あの闇の臭気。
目が痛い。息が詰まる。
家屋が焼け落ちている。
石壁が内側からえぐられたように崩れ、鍛冶場の屋根が完全に潰れていた。
だが、人の気配がない。
住人は避難済みか——だとしたら、まだ戦っているのは。
「こっちだ!」
ベルが先行した。
剣戟の音が広場の方から響いてくる。
角を曲がった先に、それはいた。
三体の兵士。
ドワーフと同じくらいの背丈だが、肌が灰色がかっている。
黒い鎧に身を包み、闇の瘴気を纏った武器を振るっていた。
ダークドワーフ。
闇種族だ。
そして——その三体を相手に、一人で立っている男がいた。
岩のような身体。
丸太のように太い腕が、巨大な戦斧を振るっている。
ダークドワーフと同じくらいの背丈。だが肌の色が違う。灰色ではなく、日に焼けた褐色——ドワーフだ。
赤褐色の短い髪。胸元まで伸びた顎髭。鉄灰色の瞳。
重装鎧のあちこちが砕けている。
左肩から血が流れ、右膝が震えていた。
それでも——一歩も退いていない。
「ここは……通さん」
低く、重い声。
ダークドワーフの一体が突進した。
呪われた剣が横薙ぎに振られる。
男は大盾で受け止めた。盾が軋む音がして、腕の筋が膨れ上がった。
「がっ——」
衝撃で押し戻されかけた。
けれど踏み込んで、戦斧を振り上げる。
渾身の一撃が、ダークドワーフの鎧に叩きつけられた。
相手が吹き飛ぶ——が、すぐに立ち上がる。
三対一。
しかも男は傷だらけで、限界が近いのは誰の目にも明らかだった。
「加勢する!」
叫んで、走った。
「坊や、左の奴! あたしが右を牽制する!」
ベルが鉄矢を射った。
右側のダークドワーフの足元に命中し、動きが止まる。
「《ウィンドカッター》!」
フィルの風の刃が中央の一体を吹き飛ばした。
「《アクアショット》!」
リーナの水球が右側の足を滑らせる。
俺は左のダークドワーフに向かった。
踏み込む。
《スティング》を突き出す——
金属音。
受け止められた。
「なっ——」
ダークドワーフの反射が速い。
剣で突きを逸らし、返す刃で横薙ぎに斬りかかってくる。
かがんで躱した。頭上を黒い刃が通り過ぎる。
今までの魔物とは違う。
知性がある。技術がある。
こいつらは——兵士だ。
「くそっ——」
距離を取って構え直す。
ダークドワーフが追撃してくる。
重い一撃。受けたら腕ごと持っていかれる。
横に跳んで避け、《スラッシュ》を脇腹に叩き込んだ。
鎧に弾かれる。浅い。
間合いが近すぎる。剣を振れない。
咄嗟に左拳でダークドワーフの兜を殴りつけた。
手が痺れる——けれど、相手が一瞬だけ怯んだ。
その隙に半歩退がって剣を構え直す。
「硬えっ……!」
「闇の武具だよ! 瘴気が鎧を強化してるんだ!」
ベルの声が飛ぶ。
「関節を狙え! 翡翠のゴーレムと同じだ!」
翡翠のゴーレム。
あの時と同じだ。鎧の隙間、関節部を——
ダークドワーフが振りかぶった瞬間を逃さない。
腕が上がった——脇が開く。
踏み込んだ。
《ツインアーク》
二連の斬撃が、鎧の隙間を抉った。
ダークドワーフが膝をつく。
黒い血が噴き出し、瘴気の臭いが広がった。
「一体目!」
中央ではフィルの《ウィンドカッター》が連続で叩き込まれ、ダークドワーフを後退させていた。
「押してるけど——倒しきれない!」
「任せな!」
ベルがナイフを投げた。
刃が鎧の首の隙間に突き刺さり、ダークドワーフがよろめく。
その隙に、あの男——ドワーフの戦士が動いた。
限界のはずの身体から、信じられない速度で戦斧が振り下ろされた。
ダークドワーフの兜が割れ、そのまま地面に叩き伏せられる。
「二体目……!」
残りは一体。
右側のダークドワーフが、形勢の悪さを悟ったのか後退し始めた。
逃がすか。
「リーナ!」
「わかってる!」
リーナの《アクアショット》がダークドワーフの足を撃った。
泥の上で滑り、体勢を崩す。
俺が追いつき、《スティング》を膝裏の隙間に叩き込んだ。
崩れ落ちたところに、ドワーフの戦士が戦斧を振り下ろす。
決着。
三体のダークドワーフが、広場の石畳の上に倒れていた。
* * *
静寂が戻った。
焼けた家屋の煙が風に流れていく。
瘴気の臭いと、血と土の匂いが混じっている。
ドワーフの戦士が戦斧を杖代わりにして立っていた。
左肩の傷から流れた血が、鎧を伝って地面に滴っている。
鉄灰色の瞳が、俺たちを見た。
「……助かった」
それだけだった。
短い言葉だが、重い。
「怪我、ひどいですよ。手当てさせてください」
リーナが駆け寄った。
男は一瞬だけ眉を動かし——それから無言で膝をついた。
リーナの手当てを受け入れたのだ。
傷を見て、リーナの顔が強張った。
「左肩、深い……。あたしの水魔法じゃ傷は治せない。止血だけでも——」
「……いい。止血だけで充分だ」
「充分じゃないです。黙ってて」
リーナが布を裂いて傷を縛る。
男は黙っていた。痛みを表に出す気配がない。
リーナの手が止まった。
止血の布を押さえたまま、目を丸くしている。
「……あたしのステータス、上がってる」
```
——世界システムより通知——
対象: リーナ
【水魔法が7級に昇格しました】
【新技能を付与: ヒーリングストリーム】
```
```
名前: リーナ
種族: 人間
【技能】
剣技: ---
闘技: ---
火魔法: ---
水魔法: 7級 ★UP
風魔法: ---
土魔法: ---
光魔法: ---
闇魔法: ---
【使用可能技】
アクアショット / アクアシールド / ヒーリングストリーム
```
「《ヒーリングストリーム》……回復魔法? あたしに回復魔法が使えるようになったの?」
リーナの手から、淡い水の光が流れた。
止血した傷口に水の癒しが染み込んでいく。ガルドの左肩の出血が、目に見えて治まった。
「……ほう」
ガルドが初めて眉を上げた。
「治せないって言ってなかったかい、嬢ちゃん」
ベルが横から笑った。
「……うるさい。今できるようになったの」
リーナの頬が赤い。だが、その目は嬉しそうだった。
俺はベルと一緒に、倒れたダークドワーフを調べた。
黒い鎧。闇の瘴気を帯びた武器。
そして——胸に付けられた紋章。
赤い牙を象った、見慣れない紋章だった。
「ベル、この紋章——」
「見たことないね。でも……」
ベルの目が細まった。
ドワーフの戦士が、紋章を見て声を出した。
「……それは魔王直属の部隊の紋章だ」
全員が振り返った。
男が立ち上がった。
リーナの手当てが終わったのか、左肩に布が巻かれている。
「こんな辺境に魔王軍が来るなんて、今までなかった」
鉄灰色の目が、紋章を見据えている。
「ここは俺の集落だ。住人は昨日のうちに避難させた。だが——奴らの目的は集落じゃない」
「目的?」
「この山の向こうだ。国境の先に、何かがある」
男が顎髭を撫でた。
考え事の時の癖なのだろう。
「……名前を聞いてなかった。俺はガルドだ」
「レインです。こっちはリーナ、ベル、フィル。ルーンヘイムから来た冒険者です」
「冒険者が、わざわざこんな山奥まで」
「瘴気の調査依頼を受けてます。ここまで酷いとは思いませんでしたが」
ガルドが周囲を見渡した。
焼けた家屋。崩れた石壁。鍛冶場の残骸。
その鉄灰色の目に、一瞬だけ深い影が落ちた。
すぐに消えたが——見えた。
「……そうか」
それだけ言って、ガルドは黙った。
フィルが俺の袖を引いた。
小声で囁く。
「あのおっさん、すげえ強かったぞ。三対一であそこまで持ちこたえるなんて」
「ああ。俺たちが来なくても、もう少し粘れたかもしれない」
「粘れた、のレベルじゃないだろ……」
フィルの声に、純粋な畏怖が混じっていた。
夕方の山風が、崩れた集落を吹き抜けた。
煙が薄れ、焦げた木と石の匂いだけが残っている。
魔王直属の紋章。
国境の向こうに何かがある。
闇は、思っていたより近くまで来ていた。




