四人目の仲間
夜襲の翌朝、街は傷だらけだった。
南壁の石積みが数ヶ所崩れ、壁際の家屋の屋根が壊れている。
通りには魔物の血痕が残り、衛兵が消毒用の石灰を撒いていた。
「手伝おう」
壁の修繕に加わった。
冒険者も衛兵も住民も、昨夜の疲れが残る身体を引きずりながら動いている。
俺とベルが崩れた石を運び、リーナが怪我人の手当てを手伝った。
フィルもぎこちなく作業に混じっている。
石を運ぼうとして重すぎて持ち上がらず、隣の男に笑われた。
「ガキには無理だろ」
フィルの耳がぴくりと動いた。
けれど——言い返さなかった。
昨夜までのあいつなら食って掛かっていただろう。
黙って、自分に持てる大きさの石を選んで運び始めた。
小さな変化だが、確かな変化だった。
* * *
昼になって、広場で炊き出しが始まった。
住民が大鍋でスープを作り、冒険者や衛兵に振る舞っている。
温かい湯気が広場に立ち昇り、疲れた顔に少しだけ色が戻っていく。
四人で木箱に腰掛けて、スープを啜った。
具は根菜と豆だけの質素なものだが、夜通し戦った身体には沁みた。
フィルが二杯目を飲み干し、スプーンを置いた。
「レイン」
「ん?」
「お前のパーティに入れてくれ」
静かな声だった。
昨日の挑発じみた態度はどこにもない。
翠色の瞳が、真っ直ぐこちらを見ている。
「僕は強くなりたい。でも一人じゃ無理だってわかった。お前たちと一緒に戦えば、実戦を学べる」
ベルがスープの椀を置いた。
「子供は足手まといだよ」
厳しい声だった。
けれど突き放すというより、試すような響きがある。
「昨夜だって、坊やに助けられなきゃ死んでたじゃないか。あたしらは遊びでやってるんじゃないんだ」
フィルの拳が膝の上で握りしめられた。
唇を噛む。けれど目は逸らさない。
「わかってる。だから——」
「あいつの魔法は本物だ」
俺が口を開いた。
「12歳で風魔法6級。実戦経験を積めば化ける。昨夜だって、リーナと組んで壁を守り切った」
「坊や、甘いねえ」
「甘くない。あの《サイレントエッジ》を間近で見たから言ってる」
ベルが俺を見た。
琥珀色の目が、値踏みするように細まる。
リーナが手を挙げた。
「あたしも賛成。フィルくんの面倒はあたしが見る。後衛同士、連携も組みやすいし」
「嬢ちゃんまで……」
ベルが溜息をついた。
けれど、その口元がほんの少し緩んでいるのを俺は見逃さなかった。
「……まあ、確かに火力は欲しいところだけどね」
「じゃあ——」
「一つ条件だ。チビ助」
ベルがフィルに向き直った。
「あたしの言うことを聞け。戦闘中に勝手な真似をしたら、即追い出す」
フィルが背筋を伸ばした。
「僕は子供じゃない! でも……よろしく頼む」
最初は強がって、すぐに素直になる。
こいつは案外、正直な奴なのかもしれない。
ベルが肩をすくめた。
「前衛レイン、支援リーナ、攻撃フィル、斥候あたし。悪くない布陣だね」
「四人パーティ……」
リーナが小さく笑った。
「賑やかになるね」
「賑やかすぎなきゃいいけどさ」
ベルがフィルを横目で見る。
フィルは気づいていない。スープのお代わりを貰いに走っている。
「……元気な子だね」
「元気だけは取り柄さ」
リーナとベルが顔を見合わせて、同時に笑った。
フィルが三杯目のスープを手に戻ってきた頃、ベルが指を鳴らした。
「さて。パーティを組むなら戦力共有だ。新入り、ステータスを見せな」
「見せるのは別にいいけど」
フィルが胸を張った。
「驚くなよ」
指先を払う。
半透明のウィンドウがふわりと浮かんだ。
```
名前: フィル
種族: エルフ
【技能】
剣技: ---
闘技: ---
火魔法: 8級
水魔法: 9級
風魔法: 6級
土魔法: ---
光魔法: 9級
闇魔法: ---
【使用可能技】
ウィンドカッター / ヘイスト / エアシールド / サイレントエッジ / フレイム / フレイムアロー / アクアショット / ライトボール
```
沈黙が落ちた。
ベルの目が細まる。
「12歳で風魔法6級……マジかい」
6級は熟練のベテラン冒険者が到達する領域だ。
十年以上の研鑽を重ねた魔法使いが、ようやくたどり着く壁。
それを、こんなガキが——。
「風6級に火8級、しかも水と光まで……」
リーナが息を呑んだ。
「12歳でこれって、本当にすごいね」
「当然だろ。僕の風魔法に敵う奴はそうそういない」
フィルの耳の先端がぴくぴく動いている。
褒められて嬉しいのを、隠しきれていなかった。
「火魔法も8級か。副属性でこれは本物だね」
ベルが顎に手を当てた。
「攻撃特化の後衛。うちに足りなかった火力だよ」
俺も改めて思う。
昨夜の夜襲で見たフィルの《ウィンドカッター》は、俺のそれとは比較にならない威力だった。
こいつの才能は、本物だ。
「次はお前だ、レイン」
フィルが俺を見た。
翠色の瞳に、疑いの色がまだ残っている。
「全属性に適性があるって聞いたけど。七割くらい嘘だと思ってた」
「正直だな」
肩をすくめて、指先を払った。
```
名前: レイン
種族: 人間
【技能】
剣技: 7級
闘技: ---
火魔法: 8級
水魔法: 9級
風魔法: 8級
土魔法: 9級
光魔法: 9級
闇魔法: ---
【使用可能技】
スラッシュ / スティング / ツインアーク / フレイム / フレイムアロー / アクアショット / ウィンドカッター / ヘイスト / ロックショット / ライトボール
```
フィルの目が見開かれた。
「全属性……本当だったのか」
火、水、風、土、光。
適性なしの三本線は闇魔法だけ。五つの属性全てに級位が付いている。
フィルが食い入るようにウィンドウを見つめた。
そして——口元が歪んだ。
「でも、風魔法8級。僕の方が上じゃないか」
そうだ。
風魔法ではフィルが二つ上。火魔法は同じ8級。
単属性の深さでは、こいつに敵わない。
「だから補い合えるんだろ。俺は広く浅い器用貧乏だ」
「自分で言うなよ……」
フィルが呆れたように呟いた。
けれど、その声に棘はなかった。
「まあ、僕が足りない分は補ってやるよ。特に風はね」
「頼りにしてる」
「っ——別に頼りにされたいわけじゃないし」
耳が赤い。
リーナがくすっと笑った。
ベルが木箱から立ち上がった。
「戦力がはっきりしたところで——さあ、片付けの続きに行くよ」
* * *
午後、ギルドから呼び出しがかかった。
受付を通され、奥の部屋に入ると、ヨルグが待っていた。
机の上に地図が広げてある。
ルーンヘイムを中心に、西部一帯が描かれた広域図だ。
「座りな」
四人が椅子に腰掛ける。
フィルだけ椅子が高くて足がつかない。ベルも同じだが、こちらは慣れた様子で脚を組んでいる。
ヨルグが地図を指で叩いた。
「昨夜の夜襲、ご苦労だった。お前たちの働きは把握している」
「ギルドマスター、あの魔物は——」
「ああ。カーラの村で倒した暴牛と同じだ。闇の瘴気に汚染されていた」
ヨルグの指が地図の上を滑った。
ルーンヘイムから西へ。カーラの村を通り過ぎ、さらに西の山岳地帯へ。
「最近の魔物の異常は、この街だけじゃない。西部一帯で起きている」
指が止まった。
地図の西端。大山脈の手前に引かれた赤い線——国境だ。
「国境の向こう——闇種族の領域から、何かが流れ込んでいる可能性がある」
部屋の空気が重くなった。
フィルが落ち着かなそうに椅子の上で身じろぎしている。
リーナの手が、膝の上で握りしめられていた。
ベルだけが平静だ。
琥珀色の目でヨルグを見据えている。
「それで、あたしらに何をしろと?」
「国境付近の山岳地帯の調査だ」
ヨルグが机の引き出しから封書を出した。
「瘴気の発生源を特定してほしい。戦闘が目的じゃない。偵察と情報収集だ。無理はするな」
封書を受け取った。
ギルドの紋章入りの正式な依頼書だ。
「報酬は銀貨十五枚。推奨ランクはD以上だが、お前たちの実績を考慮して出す。異論はないな?」
銀貨十五枚。
カーラの村の救援依頼の三倍だ。
「受けます」
「……ふん。即答か」
ヨルグが顎髭を撫でた。
その目に、何か別のものが浮かんでいるように見えた。
心配——いや、違う。もっと複雑な何かだ。
「出発は明後日にしろ。装備を整えて、体力を回復させてからだ」
「わかりました」
部屋を出ようとした時、ヨルグが呟いた。
「気をつけろよ。国境付近は——何があるかわからん」
振り返ると、ヨルグはもう地図に目を落としていた。
* * *
ギルドを出ると、夕方の風が吹いた。
復旧作業の音が遠くから聞こえる。
壊れた壁を直す槌の音。木材を運ぶ荷車の軋み。
街は傷ついたが、止まっていない。
「国境か……」
フィルが呟いた。
「闇種族の領域に近いってことだろ。怖くないのか?」
「怖い」
正直に答えた。
「でも、放っておいたら次はもっとひどくなる。昨夜みたいな夜襲が、もっと大きな規模で来る」
カーラの村の老村長の顔が浮かんだ。
昨夜の壁の上で泣いていた子供の声が耳に残っている。
「守りたいものがあるなら、怖くても行くしかない」
「……かっこつけやがって」
フィルが鼻を鳴らした。
けれど、声色はどこか穏やかだった。
リーナが隣を歩きながら、静かに言った。
「あたしも怖いよ。でも、一人じゃないから」
「そうだね。四人いれば、なんとかなるさ」
ベルが軽く肩を叩いた。
四人で宿に向かう。
夕焼けが街の屋根を赤く染め、長い影が石畳に伸びていた。
明後日、国境へ向かう。
何が待っているかはわからない。
けれど、隣には仲間がいる。
それだけで、足は前に進む。




