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人間だと思っていた俺、実は滅びた古代種族の生き残りでした  作者: みちおもち


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10/35

夜襲

ギルドに着いた時、中はもう騒然としていた。


冒険者たちが武器を手に集まり、衛兵が早足で出入りしている。

松明の光が壁を揺らし、人々の影が不安げに蠢いていた。


受付カウンターの奥から、ギルドマスターのヨルグが姿を現した。


白髪交じりの顎髭。鋭い目。

いつもの飄々とした空気が消えて、声に緊張が滲んでいる。


「全員聞け。街の南壁から約一キロの地点に、魔物の群れが接近中だ。斥候の報告では三十体以上。通常の野生種じゃない——瘴気に汚染された異常個体だ」


ざわめきが広がった。


「瘴気汚染……?」


「カーラの村と同じやつかよ」


ヨルグが手を上げて静まらせた。


「冒険者はEランク以上、全員出動だ。衛兵隊と連携して南壁の防衛に当たる。壁の上から迎撃し、突破されたら近接で仕留めろ。——いいか、深追いするな。夜の平野で散開したら死ぬぞ」


俺はベルを見た。


ベルの目はもう戦闘の色をしている。


「行くよ」


「ああ」


リーナが杖を握り直した。

教本で覚えた《アクアシールド》、使えるか試すのは今夜になりそうだ。


ギルドを出ようとした時、フィルが入口に立っていた。


大きすぎるローブの裾を踏みそうになりながら、翠色の瞳を見開いている。


「僕だって戦える!」


「お前、実戦は初めてだろ」


「初めてだけど、魔法の威力なら——」


「威力の問題じゃない」


フィルの言葉を遮った。


「さっきの勝負を思い出せ。お前は周りが見えなくなる。群れ相手にそれをやったら死ぬ」


フィルの顔が強張った。

唇を噛む。反論を探しているが、見つからないのだろう。


「……でも」


「来るなとは言ってない。壁の上からリーナと一緒に撃て。絶対に壁から降りるな」


フィルの目が光った。


「わかった!」


「嬢ちゃん、このチビ助の面倒頼むよ」


ベルが走りながらリーナに言った。


「チビ助言うな!」


「了解。フィルくん、あたしの横にいてね」


四人で夜の街を駆ける。

冒険者と衛兵の足音が、石畳に重なっていた。



  * * *



南壁に上ると、平野の向こうに黒い影の群れが見えた。


月明かりの下で蠢く、獣たちの輪郭。

犬型、猪型、蜥蜴型——種類はバラバラだ。

共通しているのは、身体から立ち昇る黒い霧。


瘴気だ。


カーラの村の暴牛と同じ匂いが、風に乗って届いた。

腐った卵と錆びた金属。

あの不快な臭気に、胸の奥がまたざわりと反応する。


「レイン?」


リーナが俺の顔を覗き込んだ。


「大丈夫か」


「……ああ。問題ない」


嘘だ。

瘴気に触れるたびに身体の奥底で何かが応えるこの感覚は、前より強くなっている。


だが今は、それどころじゃない。


「来るよ」


ベルの声が鋭い。


魔物の群れが速度を上げた。

三十——いや、もっといる。暗闇の中で正確な数は掴めない。


「弓兵、構え!」


衛兵の隊長が叫んだ。

壁の上に並んだ弓兵が一斉に矢をつがえる。


「放て!」


矢の雨が夜空を飛んだ。

先頭の数体に突き刺さるが、瘴気に汚染された獣は止まらない。

矢が刺さったまま走り続ける。


「普通じゃないね。痛覚が麻痺してるんだ」


ベルがクロスボウに鉄矢を装填した。


「急所を狙わないと止まらない。坊や、壁際に来た奴は任せたよ」


「わかった」


壁の端に立ち、下を見下ろす。

高さは四メートルほど。石造りの壁は頑丈だが、数で押されたら持つかどうか。


最初の一体が壁に激突した。


猪型の魔獣。

赤黒い目が狂気に燃えている。

壁にぶつかっても怯まず、頭を叩きつけて突破しようとする。


「《アクアショット》!」


リーナの水球が猪の頭を打ち抜いた。

怯んだ隙に、隣の弓兵が喉元に矢を射込む。


倒れた。

だが、次が来る。

その次も。


壁の下に魔物が群がり始めた。

犬型が壁に爪を立てて登ろうとしている。


「登ってくるぞ!」


「させるか——《ウィンドカッター》!」


フィルが壁の縁から身を乗り出し、風の刃を撃ち下ろした。

三体の犬型が同時に吹き飛ぶ。


「すげえ……」


隣の衛兵が呟いた。


フィルが胸を張る。


「どうだ! 僕の魔法にかかれば——」


「フィルくん、後ろ!」


リーナの声。


壁の反対側から、蜥蜴型の魔物が這い上がっていた。

壁を登れる爪。

誰も気づかなかった方角から、二体。


フィルが振り返った時にはもう遅い。

蜥蜴の顎が開き、牙がフィルに向かって突き出される。


身体が動いた。


フィルの前に割り込み、《スラッシュ》で蜥蜴の首を薙いだ。

返す刀で二体目の顎を叩き斬る。


黒い血が飛び散った。


「《アクアシールド》!」


リーナの声と同時に、薄い水の膜が俺とフィルの前に展開された。

瘴気を含んだ血飛沫が水膜に弾かれ、じゅう、と音を立てて蒸発する。


「水の壁……!?」


フィルが目を見開いた。


「8級で付与された防御魔法。教本で練習しといてよかった」


リーナが息を切らしながら笑った。

水膜を抜けた数滴が腕に触れ、じりりと焼けるような痛みが走る。


「っ——」


「レイン!」


フィルの声が震えていた。

翠色の瞳が見開かれ、顔が青白い。


「お前、攻撃力はすげえけど、周り見えてないぞ」


「……っ」


「壁から降りるなって言っただろ。リーナの横にいろ」


フィルが唇を噛んだ。

悔しさと、恐怖と——それから、助けられたことへの戸惑いだろうか。


「……わかった」


フィルがリーナの隣に戻った。

それからは壁の縁から身を乗り出さず、リーナの指示を聞きながら撃っていた。


リーナの判断が的確だ。


「フィルくん、左の群れ! あたしが右を止めるから!」


「了解!」


フィルの《ウィンドカッター》とリーナの《アクアショット》が交互に飛ぶ。

後衛二人の連携が、壁を登ろうとする魔物を次々に叩き落とした。



  * * *



戦いは夜通し続いた。


剣だけでは追いつかない。

壁に群がる魔物に《フレイム》を叩き込み、壁をよじ登る大型種に《ウィンドカッター》を撃ち下ろした。

魔法と剣を切り替えながら戦ううちに、属性の扱いが少しずつ滑らかになっていく。


月が傾き、空の端が白み始めた頃、ようやく魔物の数が減り始めた。


最後の数体を衛兵が仕留め、平野に静寂が戻った。


視界の端に、淡い光が明滅した。


```

——世界システムより通知——

【火魔法が8級に昇格しました】

【新技能を付与: フレイムアロー】

【風魔法が8級に昇格しました】

【新技能を付与: ヘイスト】

```


二つ同時か。

だが今は、それどころじゃなかった。通知を閉じる。


壁の上に座り込む。

全身が汗と血と泥にまみれている。

腕が上がらない。剣を握る指が痺れている。


リーナがふらつきながら歩いてきた。

魔力を使い果たしたのだろう。顔が白い。

けれど、あの《アクアシールド》で何度も仲間を守り抜いた。たいした奴だ。


「……生きてるね」


「ああ」


ベルが壁に背中を預けて息をついた。

鉄矢を使い切ったらしい。空のクロスボウを膝に置いている。


「死者はいないそうだよ。怪我人は多いけど、全員助かった」


「よかった……」


リーナの声が掠れた。


フィルが俺の横に来て、黙って立っていた。


しばらく何も言わなかった。


朝焼けが平野を染め始めた頃、フィルが口を開いた。


「……助けてくれて、ありがとう」


小さな声だった。

あの自信満々の少年とは別人みたいに、肩が縮こまっている。


「気にするな」


「気にする。僕は、あの時——何もできなかった」


フィルの拳が震えていた。


「魔法の威力は自信があった。誰にも負けないって思ってた。でも、実際に戦ったら——周りが見えなくて、足がすくんで、あんたに助けられた」


声が途切れた。


「僕は、エルフの里にいるのが嫌で飛び出したんだ」


ぽつりと、零れるように。


「退屈な授業。才能があるのに認めてくれない大人たち。僕ならもっとやれるって、思ってた」


フィルが空を見上げた。

朝焼けの光が、銀髪を淡く染めている。


「でも一人じゃ何もできないってわかった。今夜、それがわかった」


俺はフィルの頭に手を置いた。


「何もできなかったわけじゃないだろ。お前の《ウィンドカッター》で何体落とした?」


「……七体」


「リーナと二人で壁の上を守り切ったんだ。充分だろ」


フィルが顔を上げた。

翠色の瞳が、朝の光を映して揺れている。


「お前に足りないのは才能じゃない。経験だ。それは戦えば身につく」


「……ふん。偉そうに」


口調は強がりだったが、声は震えていなかった。


リーナが微笑んで、フィルの肩にそっと手を添えた。


ベルが欠伸をしながら立ち上がった。


「さあて、片付けを手伝ったら飯にしようか。あたしは腹が減ったよ」


「僕も……腹が減った」


「素直でよろしい。チビ助」


「チビ助言うな!」


四人の声が、朝焼けの壁の上に響いた。


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