9.いつもとちがう時間
いつも通り賑やかな昼休み。しかし、いつもというのは簡単に変わるものだ。
…目の前の光景のように。
お弁当の包みを片手に突っ立っている学年一クールな男こと神羅玲に私は声をかけた。
「…珍しいね、一体どうしたの?」
「話があるんだ。一緒に食べないか」
神羅がお弁当の包みを少し持ち上げて言う。
「もちろん!大歓迎だよ」
にっこりとした笑顔で日陰が答えた。
たった今この瞬間まではいつも通り日陰の席でご飯にしていたのだが。
(全く、もう少し目立たないようにしてほしいよ…まぁ、無理な話なんだろうけど)
学年どころか学校でも高い知名度を持つ二人だからね。
日陰はまだしも、普段ほとんど人と関わりにいくことのない神羅が自分から話しかけてくることはかなりのレアケースと見ていいだろう。
神羅の物珍しい様子に、周りからの視線がビシビシと集中するのを感じる。
だが神羅は視線を気にする様子は全くなく、椅子をこちらに持ってくるとあっさりと腰を下ろした。
「で、話って?」
予想はだいたいつくが、この二人は誘導しないとあまり自分から本題を話す事をしない為、私は問いかけた。
「体育祭についての話だ。俺たちは男女混合リレーに出るだろ。そろそろ走順を決めておきたい」
「確かに今のうちに決めておいた方がよさそうだね。私と玲君は体育祭委員でもあるし、直前は準備で時間が取れない可能性はかなり高そう」
日陰が相槌をうつ。
あの放課後の翌日から、日陰と神羅はお互いに名前呼びをし始めた。いや、隠さなくなったと言うか…戻したと言う方が近いか。
二人の仲良さそうオーラ(いちゃついてるとも言う)を周りがそう易々と見逃してくれるわけもなく。
二人はもちろん、特に関係なさそうに見えるのに二人と割と一緒にいる私にもかなり注目が集まっているのがわかった。
最低でも学年には二人のことが広まっていると思っておいた方がいいだろう。その上でなるべく私の変な噂が広がらないように願うばかりである。無駄なヘイトは買いたくない。
しかし…先ほどの神羅の話には一つ疑問がある。
「男女混合リレーは1クラスにつき男女二人ずつの計四人だよね?私たち三人で決めていいの?」
確かメンバーは私、日陰、神羅と男子がもう一人だったはずだけど。
「あ〜…それなんだが」
「どうしたの?」
「今朝急に言われて俺も混乱しているんだが…どうやらクラスの他のやつと交代したらしい、んだよな」
「えぇ…それはまたなんで?て言うか誰と交代するの?」
「いや俺も詳しく聞けなかったんだ。理由は部活でケガをしてリレーが厳しいと言うことみたいだが…。なんだか本人が昼休みに自分で来るからその時聞いてとはぐらかされてな。追求しても無駄だった」
「まさかの口止め」
なにか意味があるのだろうか?
…て言うかそれで神羅はわざわざこっちに来たのか。納得。
とその時、それまで静かに話を聞いていた日陰がポツリと言った。
「私…心当たりあるかも」
日陰は苦笑いをしていた。
あまり仲良くない相手なのかもしれない。
「誰なんだ、日陰」
「えぇっとね…」
そう言って日陰がその人物を探そうと振り向いた時だった。
「やほやほ。仲良さそーにしてるね〜。レイレイ、ひーちゃん」
人の良さそうな笑みを浮かべて男子が現れた。ポン、と神羅の肩に馴れ馴れしく手を置いて。
「シノ君!?」
日陰が驚いたように目を見開いた。
「お前が代走か?…一体全体どう言う風の吹き回しだ」
神羅は肩に置かれた手を払い除けると厳しい顔を浮かべた。
二人にこんな顔をさせるとはかなりの人物みたいだけど…申し訳ないことに全く名前が思い浮かばない。
「えぇっと…?」
とりあえずおずおずと言った感じで話を促す。名前思い浮かばないの不便だし自己紹介してくれないかなぁ、と淡い期待を込めて。
「あ、ごめんごめん!自己しょーかいまだだったね!ボクは嘉神 忍。気軽にシノって呼んでね〜」
ヒラヒラと手を振りながら軽快に自己紹介された。初手で呼び名指定までしてくるとは…コミュ強の感じがするなぁ。
「えっと、シノ。私は…」
「キミの事はよく知ってるよ〜。揣摩 歩友ちゃんでしょ?あゆぽんって呼ぶねぇ〜」
うっわぁ…。この初手からグイグイ距離を詰めてくる感じ…かなり苦手なタイプだ。
「忍、まさかお前が代走とはな…」
「あれ?レイレイはボクじゃー不服?」
「そんな事はない。たが、生徒会の方はいいのか?」
「生徒会?」
私は思わず問いかける。
「あゆぽんは知らないかー。実はボクこれでもこの学校の栄えある生徒会の一員なんだよねぇ。意外でしょ?」
「いや、別にそんな事は…」
「別に気を使ってくれなくていーよ。皆意外っていうしね〜」
あっけらかんと返された。やりづらい。
二人が微妙な顔をしていた理由もわかるというものだ。
「それに今日はあくまで代走の話をしに来ただけだし〜。"勧誘"に関しては今はしないから安心していーよ」
「勧誘…?って?」
日陰が苦笑いを浮かべて答えた。
「シノ君はことあるごとに私と玲君を生徒会に誘ってくるんだよね。嬉しい話ではあるんだけどね…」
確かにこれまでの二人には生徒会に入る余裕なんてなかっただろう。
思ったよりも日陰、神羅とシノの関係は面倒臭いことになっているようだ。
にぱっと笑顔を浮かべて、シノが話し出す。
「じゃー気を取り直して男女混合リレーの走順きめよ〜。ボク一番目がいいな〜」
完全に場の空気がシノに持って行かれていたところを神羅がバッサリと切る。
「待て。まずは逃げ切りか追うのか、スタイルを決めないと走順は決めづらいんじゃないか」
「そうだね、玲君に賛成かなぁ」
日陰が場の空気を取り戻そうと発言する。
神羅が発言の流れを断ち切ることでシノから主導権を奪還したかと思ったけど…一見そう見えないこともないが、この二人はひたすらシノに振り回されている。
シノは圧倒的に場の流れを掴むのが上手いようだ。それに話術に長けている。
(かなり面倒なのが来たなぁ…)
仕方ない。長引かせると面倒なことになりそうだ。私が手を打つしかないだろう。
「それじゃあ私に案があるんだけど」
今この状況で自由に動けるのは私だけ。そして案があるという言い方をすれば、このまま神羅と日陰に流れを持って行かれたくないシノは必ず乗ってくる。日陰と神羅が私の意見を無視する事はないだろうし、重要なのはここでシノを納得させることだ。
予想通り三人は私の話を聞いてくれるようなので続けさせてもらう。
「まずこのメンバーなら、逃げ切りよりも遅れを最小限に抑えて逆転する方が有効だと思う。だからこのメンバーの中で一番足が速い神羅をアンカーにしたい。それでシノが1番目がいいって話だったよね。だからシノ→日陰→歩友→神羅の順番が一番いいと思うんだけど、どう?」
日陰がこくりと頷く。
「私はその順番でいいかな。みんなの要望がいい感じにかなってると思うよ」
「そうだな。いいんじゃないか」
日陰がいいと言った手前、神羅も余程のことがない限り否定する事はない。
あとは…
「シノ、私たち三人はこれでいいかなって思ってるけど…何かある?」
シノはニコッと笑みを深めると、首を縦に振った。
「ボクもその順番でだいじょーぶだよ〜。それじゃー走順はそれでいくとして〜。じゃ、練習はいつする〜?」
「そうだな…放課後でいいんじゃないか。まとまった時間が取れるしグラウンドも空いている」
「そうだね。私も放課後なら大丈夫だよ」
「了解。じゃあ私も放課後残るよ」
そんなこんなで話し合いは順調に進み、リレーの練習はひとまず翌日からということになったのだった。
校舎の端にある空き教室。基本誰も近づくことのないその場所で、とある男女が密談をしていた。
「えぇ!?代走でクラス対抗男女混合リレーに出ることになったの!?」
「えぇ。はい」
「良かったぁ…やっぱり周りがほとんど面識ない人たちばっかりだと息苦しいし…クラスは違うけど一緒に出てくれるなんて心強いよ」
「それは良かったです。もちろん僕が出るからには3組の勝利を約束しますよ」
「むぅ…それはダメだよ。全力で頑張って得た勝利だからこそ意味があるんだよ。譲られた勝ちになんて私は興味ない」
「しかし玲が出る以上苦戦することになりますよ。それにまだ不明な点の多い転校生に日陰とて決して足が遅いわけではないですから」
「確かに厳しいだろうけど…それでも頑張るよ。だからしのも私のクラスに勝ちを譲ろうとしなくていいからね。しののベストを尽くして」
「かしこまりました真央様。それでは僕、嘉神忍の全身全霊を持ってリレーに挑みます」
「そうね。お互い全力でいきましょ」
それぞれの決意を胸に。
体育祭がゆっくりと、しかし確実に近づいてきていたのであった。
今回はシノ君と真央ちゃんの二人が新たに登場しましたね!
個人的にはシノ君がみんなに独特なニックネームをつけているのがツボです。




