8.学年主席の裏側
「そして…今のわたしが生まれたってわけ!」
いつもの明るい笑顔で日陰が言う。
しかし、場の空気はいまだに重たいままだった。
「あ、え?れ、玲君〜?歩友ちゃん?」
途端に不安そうな顔に戻り、日陰はオロオロと私と神羅の顔を視線反復横跳びする。
「日陰はさ…無理してない?」
私は疑問に思ったことを聞く。
「無理って?」
分かっているだろうに、日陰は気づかないふりをした。
私は手を顎に持っていき、少し考える。
「んー…要は辛くないのかってこと。だって、本当の日陰はさっきの日陰だよね。何だか自分を偽って、無理に明るくなろうとしている気がして」
「そんなことないよ」
声が少し震えていたけど、即答だった。
まるで…迷いを断ち切るかのような。
だから私はその後に続けるつもりだった言葉を引っ込めた。
たとえ迷っていても悩んでいても。前に突き進もうと必死に頑張る日陰の姿を見て。本当にもう彼女の心配はいらないだろうと思ったから。
「そっか!」
だから私はその場の雰囲気を丸ごとグッと持ち上げるように言う。
しかし、未だ空気を読まずシリアスムードを続けている人がいた。
日陰もそれに気づく。
「玲君…私は、本当に大丈夫だから。だから…玲君には私のことなんて心配しないで自分らしくいてほしいな。…なぁんて、私が言っても説得力ないと思うけど」
日陰は複雑そうな顔をしていた。でも、一つ確実に言えることがあるとするのならば。日陰の言葉は神羅への思いやりで溢れているということだろう。
「あぁ…分かっている」
神羅は日陰から目を逸らして答えた。
(分かってないんだろうな…)
とても不器用な二人。本当は誰よりもお互いを思い合っているのに、うまく自分の気持ちを伝えられない。そしてそのままどんどんすれ違っていってしまう。
(仲直りしてほしいな)
それはダメだと分かっているのに。いけないことだと教えられたのに。
何故なら私は観察者だから。観察者でい続けなければならないから。
言われたことを思い返す。
「歩友、お前は観察者であるべきだ。観察者は干渉してはならない。何故ならばこの世に"絶対"はないからだ」
そう。この世に絶対はない。私は日陰と神羅の二人に仲直りしてほしいと思っているけれど、もうこれ以上すれ違わないでほしいと思っているけれど、それが二人にとって良いものになると言う絶対的確信はない。
むしろ下手をすれば二人の関係をこれまで以上に壊してしまう。あと一歩。ギリギリのところで踏みとどまっているこの関係を。
もしそうなってしまった時。私は責任を取れるだろうか?
そもそも私はこの二人の間に入るべきなのか?
二人にとってはこのまま不安定な関係を続けた方がいいのではないか?
(…違う!!)
大切なのは…その後の言葉だ。
あの人は…不安そうにしていた私のこえを聴いて、その後に少し言葉を続けてくれた。
「でもな、歩友。それがみんなにとって幸せであると判断したのなら。その時は必ず"介入"しろ。なに、大丈夫だ。俺は誰よりもお前のことを信じている」
そうだ。最も大切なのは、"観察者"として必ず幸せに導くこと!
パッと目の前のモヤが晴れたような気がした。あとは…実行に移すだけだ。
私は日陰と神羅の気まずい会話の流れを無理やり断ち切ることにした。
「神羅」
強く名前を呼ぶ。
「何だ?」
神羅は訝しげに私の方へ顔を向ける。
私はテーブルの上にそっと置かれている本を手で示しながら言う。
「貴方がいつも、肌身離さず持ち歩いてるその本を…見せて」
「何故見せなければならないんだ、断る」
神羅は複雑な顔をして言った。
「断るのを断る」
「ッ!」
「これでおあいこ。いいから本を見せて」
神羅は苦虫を噛み潰したかのような顔をする。彼の胸中はここで断ってもいいが、それで日陰に変に思われたりしたら困る。しかし見せるのも困る…と言ったところだろうか。
まぁ、もうすでに手遅れだけど。
私は日陰の方を見て言った。
「日陰、こっち来て」
「え?でも…」
日陰は神羅の方を見て迷うそぶりを見せた。
「止めなかったってことはオッケーってことだよ」
私は本に手をかけ、ページを開く。
最初は少しだけ白紙が続く。ぱらぱらとページをめくっていくとやがて数式や小難しげな漢字がびっしりと手書きで書き込まれているところへと到達した。ここが目的だ。
私は日陰に見えやすいように本を持ち上げて、ページの複数箇所を指差す。
「えぇっと…清楚、天真爛漫、天然、158cm、51.5kg、タピオカ…何これ?」
私は無言で、またぱらぱらとページを捲り…あるイラストを指差した。
日陰はイラストを見て驚きの声を上げる。
「え!?これ…もしかして。うそ」
私は更にページを捲り、次々にイラストを見せていく。
そのイラストにはとても上手いと言うこと以外に、とある共通点があった。全員が日陰にどこかしら似ているのである。
最初は長い黒髪のおとなしそうな子ばかりだったのが、ページをめくるごとに少しずつ表情も髪色も明るくなっていく。
最後のページに載っていたのは…肩まである茶髪をサイドテールにし、明るい笑顔でピースしている日陰そっくりの女の子だった。
「玲君、これって…」
「違うんだ、日陰!これはッ…!」
「私がかなり前に勧めたアニメ化したラノベのキャラだよね!?イラスト描くぐらい好きになってくれたんだ!嬉しいなぁ」
笑顔を見せる日陰を見て、神羅はあからさまにホッとした姿を見せる。
「あ、あぁ…そうだ。断じて日陰を意識していたわけではない」
「馬鹿なの?」
この人隠そうって気、ある?もはや不器用とかそういう話ではない。本当に神羅は…。
しかし、日陰は特に焦った様子はなかった。
「えっと…確かに私と似てる子達が多いかもしれないけど。私が明るくなろうとして参考にしたのはゲームやラノベとかだからね…ある程度似ることは普通にあるんじゃないかな」
日陰は懐かしそうにそう言った。
「それはあるかもしれないな。それに俺がオタクになったのは日陰に色々作品を勧めてもらったからだし」
神羅がしれっと同調する。
「でもちょっと驚いたかも。玲君前まで全然オタク文化に興味なかったのに」
「それは、日陰の勧め…というか布教が良かったんじゃない?」
驚いたのは私の方だ。日陰と仲悪そうにしていたり、フリーズしたりしていたのに、いつも持ち歩いている本はどことなく日陰に似たところのあるキャラクターの情報やイラストが所狭しと書き込まれているノートだったのだから。
(気付いた時は混乱なんてレベルじゃなかったよほんと…)
まさか学年一クールと言われる男が不器用さが天元突破したガチオタだとは思わなかった。
にしても…
「今までよくバレなかったね、神羅」
神羅はいつもその分厚い本を持ち歩いているし、時折書き込んだりしていた。イラストを描いていたところは流石にみていないが、普通にオタバレしそうなものなのに。
「ん?あ〜…そもそも俺にクラスメイトがあまり近付いてこないのも理由の一つではあるんだろうが…。何故か俺が机で何かしてると、勉強してるって思われがちなんだよな。ワークや参考書解いてる時も普通にあるが」
「あぁ〜…」
「玲君はテストで全教科学年主席だもんね」
頭がいいらしいのは知っていたけど、全教科学年主席とは…言葉も出ない。
(天は二物も三物も与えるんだなぁ)
まぁ、何はともあれせっかく同じ作品が好きと言う共通の趣味が発覚したのだ。二人にはこれをとっかかりにして関係を修復してもらいたいものである。
と、思ったははいいものの。私は二人の関係値を少し見誤っていたらしい。
チラリと二人の様子を伺うと、お互いに聞きたいことがあるけど、実際に聞くと言うあと一歩が踏み出せないらしかった。
(も、もどかしい…)
日陰と神羅がこちらに助けを求める視線を送ってくる。変なところで仲良しだね、君たち。
ていうか!君たちは私に助けを求めず、相手の方を見てよ!!聞きたいことあるんでしょ!?
……いや。それが簡単にできていたら今頃こうなってないか…全く。
「えーと…ラノベってことは複数のいろんなキャラがいるんだよね?二人はどのキャラが好きとかあるの?」
仕方ないので助け舟を出す。
「俺は、この子だな」
神羅が本に描いていたイラストの一つを指差す。蜂蜜色の髪をツインテールにした子だ。
「分かる!明るくてまっすぐなところが可愛いんだよね〜!」
日陰が目を輝かせながら同意した。
「そうなんだよな。思ったことをそのまま口に出すから少し相手に勘違いされてしまうこともあるんだが持ち前の猪突猛進さで突き進んで結果全てをいい方向へと持っていく…割と暴走しがちなんだが、そこもまたいいんだよな」
「急にめっちゃ早口で喋るじゃん…」
水を得た魚ってこんな感じなのかな…。
まさしく立板に水と言った感じだ。
しかし、饒舌になったのは神羅だけではなかった。
「そうそう!お互い好き同士なのに奥手で遅々として関係が発展しなかった二人に対して、"好きなら好きってハッキリ言いなさいよ"って言うシーンはめちゃくちゃ良かったよね!」
そうか…私ももどかしい二人に喋りたいなら直接話しかけに行きなよと言えば良かったのかもしれない。蜂蜜ちゃん(髪の毛が蜂蜜色だから適当につけた名前)の素直さは是非とも見習いたいところだ。
その後、私はそもそも二人の話している作品を全く知らなかったので当然の如く訳のわからない呪文のような二人の話に着いていけず蚊帳の外となった。
しかし、そのラノベを通じて神羅と日陰の仲は少し深まったのだった。
今回は神羅が実はオタクだと言うことが判明しましたね。日陰が元いじめられっ子ということは予測がついた人もいるかもしれませんが、神羅に関しては誰も予測がつかなかったのではないでしょうか。
かくいう私もそうだとは思っていませんでした。完全に神羅が自由にやった感じですね。
さて。次回からはついに体育祭へと戻っていきます。新キャラも登場する予定ですので、是非ともお楽しみに!^ ^




