7.日陰
私は前まで…といっても中学生の頃までだけれど、とても内気で暗い子だった。
いつも教室の隅でひっそりと息を潜めて目立たず日々を過ごしていた。
クラスの中でまともに喋れるのは幼馴染の神羅君だけだった。
そう…あの時までは。
とある日、私は不意に話しかけられた。
「ねぇ、天道さん。聞きたいことがあるんだけど」
びっくりした。私に話しかけてきたのは、クラスの中でもリーダー的存在の気が強そうな感じの子だったからだ。名前はたしか…勝気さんだ。私とは縁遠い存在だと思っていたのに。
「………」
私は窓の外に向けていた目を無言で勝気さんに戻した。そんな私の様子を見て、向こうは少しイラついた様子を見せたが、すぐにそれは胡散臭い笑みに上書きされる。
「天道さんって〜、もしかして玲…じゃなくて神羅と仲良いの?」
なぜか、玲…といった後に一瞬ニヤニヤとした意地の悪そうな顔で私を見てきたけど…何か意味があるのかな?目を伏せて少し考えてみたけど分からなかった。…特に気にしなくてもいいかな。
「この学校では一番仲がいいと思うよ」
そう…この学校にいる人の中で私が一番仲が良い人は紛れもなく玲君だ。
だって他の人とはまともに喋ったことないし、喋っても事務的なものだけだし。
この答え方でよかっただろうか?少し不安になった私はそうっと伏せていた目線を上げた。
勝気さんは驚いたような顔で私をまじまじと見つめていたが…少しすると気を取り直し、またニコリと胡散臭い笑みを浮かべた。
「そう。それなら貴女…私の友達になっても良いわよ」
(……?)
最初はあまり意味がよく分からなかった。言葉の意味を理解するのに時間がかかった。私は勝気さんに友達になって欲しいなんて言った記憶ないけど…でも。友達という言葉はずっと友達が欲しいと思っていた私にとって喉から手が出るほど魅力的に映って見えた。
昔から暗くて、まともに人と目を合わせることのできない私は友達になりたい人がいても、自分から友達になって欲しいなどと声をかけに行くことはできなかったからだ。
だから私は目の前の餌に食いついた。それが毒だと気づいた頃には…既に全てが手遅れだった。
勝気さんと「友達」になってから、私はただ教室の隅で静かにしているだけではなくなっていった。
たくさんの人が私に話しかけにきてくれるようになった。グループを作る時も勝気さんが率先して「一緒に組もう」と言ってくれるおかげであぶれることがなくなった。何よりも大きかったのは、勝気さんは私が返事を返すまで辛抱強く待ってくれたことだ。
今までの人たちはみんな私がうまく喋れず、暗いせいで声をかけてくれてもすぐに私から離れていってしまった。
でも勝気さんはいつも待っていてくれた。私のペースに合わせてくれた。
それまでは学校にいる時間がとても長く感じていたのに、あっという間に数ヶ月が経った。
少しずつクラスの他の人とも話せるようになってきて、嬉しかった。
私は勝気さんと友達になって心から良かったと思った。…あの日までは。
ある日、教室の中に入った私は違和感を感じた。それが何かはよく分からなかったけれど、とりあえずすでに教室にいた子に話しかけようとした。
「…おはよう」
「………」
返事はなく、その子はふいっと私から目を逸らすと何事もなかったかのように他の子に話しかけにいってしまった。
「……?」
(聞こえなかったのかな?)
そして私はその子は諦めて別の子に話しかけに行った。でも次の子もそのまた次の子も私の挨拶に返事をしてくれなかった。さすがに私も何かがおかしいと思い始めた。
(クラスのリーダー的存在の勝気さんなら…何かわかるかも?)
ちょうどその時、勝気さんが教室に入ってくる。私は躊躇なく勝気さんに話しかけにいった。
「…おはよう、勝気さ」
「話しかけないで」
ピシャリと言われる。…いや。本当は気づいていた。朝のあれも、私の声が聞こえなかったんじゃない。無視されたのだ。
最近周りの人と少しずつ打ち解けられてきていたと思っていたのは私だけだったらしい。何ということはない。来るべくして来た未来。
(ついに、勝気さんにも見放されちゃったんだな…)
仕方ない。だって私が悪いから。むしろ、暗くてまともに話せない私に今までよく我慢して付き合ってくれたということなのだろう。でももう、その我慢はなくなってしまった。ただそれだけの話だ。
「ごめんね、勝気さん」
「はぁ?」
「今まで私によくしてくれてありがとう。たった数ヶ月の間だったけど…勝気さんには数えきれないほど助けてもらったから」
「…ムカつく」
「え?」
「あんたの!そういうところがムカつくって言ったの!あんたなんかより私の方がよっぽど可愛いのに!明るいのに!努力してるのに!何であんたなんかが!私を差し置いて!私よりも!玲と仲が良いのよ!」
「???」
(玲君どこから出て来たんだろう…?いや、最初も玲君と仲が良いか云々みたいなこと言ってたような?)
よく意味はわからないけど、私の態度に向こうがキレて離れられることは今までもあった。
けれど、勝気さんは周りの全員を置き去りにしてさらにヒートアップしていく。
「玲だってアンタみたいな根暗女よりも私みたいに明るくて、みんなを引っ張れる人の方が好きに決まってる!アンタさえ…アンタさえいなければ!邪魔なのよ!消えて!」
「そこまでだ」
ガラッと教室のドアを開け放ち、怒った様子の玲君が入ってきた。
「ッ!?」
それまでトマトのように顔を赤くして怒りを露わにしていた勝気さんが驚いたように目を見開く。
「れ、玲…こ、これは違うの!全部全部天道が悪いのよ!むしろ私は被害者なの!」
「じゃあ日陰に言っていた“邪魔“だとか“消えて“という言葉は何なんだ?」
「そ、それは…」
バツが悪そうに勝気さんが玲君から目を逸らす。
「勝気だけじゃない。お前らだってそうだ。聞いていただろう?なぜ止めなかった」
私が朝話しかけた時、無視した子の一人がボソリと言った。
「だって…勝気さんにそう言われたし」
「言われたら簡単に従うのか?」
「勝気さんに逆らったら、次おんなじ目に会うのは自分じゃん。確かに悪かったとは思うけど、誰だってそうだよ。簡単に人のためにいじめられる勇気なんて出ない。幼馴染みでもあるまいし」
誰も何も言わなかったが、それはその発言への同意を示していた。
玲くんもクラスの空気を感じとったらしい。その顔は苦虫を噛み潰したかのように歪められた。
「勝気。話がある。ついてこい」
「分かったわ」
少し不満そうに勝気さんは頷くと玲君と教室を出ていってしまった。
しばらくして二人は帰ってきた。
先程までのピリピリした空気を霧散させ、仲睦まじそうに腕を組みながら。
そして私は気づいた。気づかざるを得なかった。ついに玲君も、私のことを見放したのだと。
玲君に見放されたと気づいた時、私は絶望した。裏切られたような気さえした。
玲君だけは私とずっと一緒にいてくれると勘違いをしていた。自分にとって都合のいい勘違いを。
翌朝、私はショックか疲れが溜まっていたのかは知らないが、熱を出して寝込んだ。
熱が引いたと思ったら、頭痛と吐き気が続いて私は学校を連続で休んだ。
私が学校に来ないことを心配したのか玲君がお見舞いに来ていたらしい。私はそれをどうしてこうなる前にもっと早く言ってくれなかったの?と怒る両親から聞いた。
私が学校であったことを話すと、両親は更にヒートアップした。そんなに酷い子たちだとは思わなかったと言った。心配してお見舞いに来てくれた玲君さえも恨むような口調だった。
でもそれは玲君のせいじゃない。もちろん勝気さんのせいでもないし、他の誰かのせいでもない。
全ては私が上手に喋れなかったから。積極性が足りなかったから。努力が、頑張りが足りなかったから。
そして…勝気さんが言ったように、明るくて可愛い子じゃなかったからだったのだろう。
(明るくて可愛い?)
その時、カチリとスイッチが入ったような気がした。私の中の何かが確実に変わった音がした。
(このままじゃダメなんだ。みんなから愛されるような、もっと可愛くて明るい子にならなくちゃいけないんだ)
学校に行かなくなってしばらくは、ほとぼりがさめるまでもう学校には行くなと両親に言われたので、勉強をしつつ家事を手伝ったりしていた。
でもこのままではいけない。変わらなければならないのだ。
そう思い立ってからは早かった。
まず長い髪を肩の上までバッサリと切った。そして茶髪に染めた。それまでろくにしたこともなかったメイクにも挑戦した。
そして、話し方は漫画やゲームの明るい感じのキャラが喋っているような感じを真似た。
「そして…今のわたしが生まれたってわけ!」
ぱちんとイタズラっぽくウインクをし、日陰がいつもの明るい笑顔を浮かべたのであった。
最近はシリアス回が続いていて少し辛いですね。私はずっと重い空気なのが嫌なのでついついネタを挟みそうになってしまいます。
今回は日陰の過去が明かされましたね…。実は昔から無視されたり嫌がらせを受けたりといじめられがちだった日陰ちゃん。しかし本人は全部自分が悪いんだ…と自責してしまいます。
不登校になってから日陰ちゃんは中学校には行っていないので、高校デビューみたいな感じでしょうか。
でも自分を変えることはすごく勇気がいることだと思うので、一歩踏み出せた日陰は凄いと思います。
後これは今回の制作裏話的な感じの話なのですが、(しょうもない話なので飛ばしていただいても大丈夫です)五話でチラッと言っていたかと思うのですが実は五、六、七話は約九千文字の一つの話だったんですよね。長すぎたので切らせていただきましたが。ですがまぁ、もちろん書いてる間に変なところで止めてしまい時間がそのまま経ってしまうと言うこともあるわけで。
何と止まっていたところは玲君の「そこまでだ!」だったんですよ。括弧が閉じられていなかったので何かその後に続けるつもりだったのでしょうが、忘れてしまい結局そこで切って話を続けることにしました。そこで困り果てて数日筆が止まっていたのですが、何とかいい感じにまとまってくれて良かったです。
ではかなり長くなってしまいましたのでこれにて^ ^




