6・魔導国家日本
ソ連との停戦が成立し、日本は何とか平穏を取り戻したが、その裏で、ソ連は日本の秘密を探ろうとしていた。
それまでの諜報活動において、日本がイルクーツクまで攻撃圏とするような大型爆撃機を有しているという情報が一切なかったからである。
幸いなことに、ソ連は複数の戦車や航空機の残骸を入手しており、その調査に乗り出した。戦車にも航空機にも、そのエンジンとしてガスタービンらしき機構が備わっているのだが、そもそも燃料タンクや燃料配管が見当たらなかった。
そこにあったのは、タービン機構とその補器類らしき付属物のみ。どうやって動いていたのか分からなかった。再現しようにも、燃料の供給が無いのでは動かしようがないのである。
フィリピンに舞い戻ったアメリカも、クラークフィールドで廃棄されたままとなっていた航空機の残骸を発見し、詳細な調査を行っていた。
だが、こちらも機体構造に燃料タンクを見つけ出すことが出来なかった。
エンジンはガスタービンらしい構造をしていたが、燃料系統が存在しない事を不思議がった。
燃料系統が存在しないガスタービンには一定の高温にさらされた跡があるのだが、その理由はついぞ解明できないままとなっていた。
両国とも、日本がどのようにそのタービン機関を動かしていたのか分からない状態のまま、得体のしれない恐怖に日本から距離を置く。
英国は米ソ両国の様な直接的な情報は有していなかったが、軍艦から煙突が消失していることに疑問を抱いていた。
日本が有する戦艦の中には英国で建造された艦もあり、煙突がなく煙を吐き出さないような構造に出来るとはとても考えられなかったのである。
英国は言葉巧みに日本人へと近づき、その秘密を探ろうとした。
その結果は呆気ないもので、彼らは簡単にその秘密を教えてくれた。
当然だが、米ソも知らないはずがなかった。だが、全く理解できなかったのである。それは英国とて同じであった。日本人が何を言っているのか全く理解できなかった。
さらに、日本にはこれまで見られなかった機械が巷に出現してくるようになったのだが、それらを見た日本駐在外国人は全く理解が及ばなかったのである。
なにより不思議なことに、在日外国人の多くは魔導機械が扱えなかった。
日本でも遅まきながらにその事に気付き、ある再確認をする。
「我々は神に土地と道具を与えられたのだ」
と。
この事が広く知れ渡ると、それまでの価値感がガラガラと崩れていく事に繋がった。
すでにメディアは世界から関心を失って久しかったが、思想家の多くもそれまでの主張に疑問が持たれ、宗教に傾倒していた者たちはその信頼や信仰、思想のことごとくを破壊されることとなった。
こうして、とうとう日本は完全に世界への関心を示さなくなったのである。
さらに、ドワーフやエルフから教えられ、共に成果を出している技術や理論へ傾倒し、明治以来導入して来た欧米からの技術や思想を棄て始めた。
その大きな事件ともいえるものが電気設備の廃止であった。最終的には1974(昭和49)年をめどに段階的に廃止する事が決められ、工場の動力源を電気から魔導装置へと移行する研究が始められ、これまで進められてきた全国の電化は事業を停止し、魔導化を推進していくことになった。
この決定によって台湾や朝鮮、南洋の扱いが問題となったが、多くの住民に魔導への適性があった台湾や南洋は日本領のままとなり、適性の低かった朝鮮は満州国へと帰属することとなった。
その過程で魔導を扱えない朝鮮からの労働者たちは、自然と満州へと渡って行った。
製鉄にコークスを使う事はドワーフの技術でも同様の工程がある事から続けられたが、それ以外のほとんどの分野で、欧米技術からの脱却が推進された。
もちろん、反発が皆無だったわけではない。
電気製品や電子技術の重要性を説く人たちも存在し、彼らは最終的に満州へと渡ることになる。
彼らが満州を世界屈指の経済大国へと押し上げる原動力となるのは、そのしばらく後の事であった。
もし彼らがいなければ、日本は完全に世界から隔絶されていたことも確かである。彼らによって開発された電子信号を魔導信号へと変換する装置によって、現代日本で普及している魔導通信装置でも、海外の情報を簡単に取得できるようになっているのだから。
日本が極端な政策に傾倒した事もあり、1960(昭和35)年頃までに、1千万人近い人々が満州を中心とする外国へと渡っている。
また、政府の政策によって5千余万人が渦の向こうへ向かった。
こうして2025(平成37)年現在、日本の人口は内地6千万人、台湾、南洋を含めても7千万人余となっていて、渦の向こう、天地の人口とほぼ同数である。
こうして日本は、世界から隔絶した魔導国家へと変貌を遂げたが、ファンタジーにあこがれる外国人が時折訪れる事がある。
日本の多くの施設は魔導によって動いており、外国人がやって来ても入管において魔導適正が無ければ専用の施設、指定された地域でしか活動することが出来ない。
この事は世界から差別や規制であるとの批判を受ける事もあるが、そもそも指定された地域を離れれば魔導機器しかなく、最悪命に関わる事態に陥るのだから仕方がない。
適性のあった外国人であれば、自由に活動する事が可能で、渦の向こうの天地へも渡界可能である。
現在、天地において冒険者として活動し、魔物討伐や迷宮探索を撮影した動画や画像を帰界して世界へ配信する有名配信者なども存在しており、昔ほど閉ざされた国という印象を持たれてはいないが、渡航が困難な国であることに変わりはない。




