1・はじまりは突然に
「飛びました。プロペラのない飛行機が飛びました!凄い。これは凄い!」
1942(昭和17)年3月、日本のラジオにはそんな放送が流れた。
本当は2月に予定されていたが間に合わず、特に何ら記念になる日に因んだ飛行にはならなかったが、これが世界初の飛行であった。
その写真は新聞に載り、世界へも配信されたが、諸外国の受け止めは冷静そのものだった。
機体は既存の設計の域を出ておらず、見た目は既に英独が成功したジェット機と変わらなかったのだから仕方がない。
諸外国は日本もジェット機を飛行させたのだと受け止めた。
だが、それは完全な間違いであり、諸外国はしばらくその事実に気付く事も出来なかった。
事の発端は、前年、1941(昭和16)年11月末、日本はこの時戦争を決意し、空母機動部隊を真珠湾へと差し向けていた。
しかし、出撃して程なくして随伴する油槽船から緊急事態を知らせる通信が入る。
無線封止していた部隊からの発信とあって海軍は慌てふためいた。
知らされた事態は深刻なもので、空母6隻をはじめとするほぼ全ての艦艇が、突如出現した闇の渦に呑まれたと言うのである。
攻撃の主力を成す空母6隻、戦艦2隻をはじめとする多数の艦艇が忽然と消え、海軍はもはや開戦どころでは無くなってしまった。
こうして急遽開戦が延期となり、戦闘準備を行っていた陸海軍のすべてが止まる。
だからと言って米国との交渉において妥協点があった訳でも無かった。
八方塞がりとなった日本であったが、忽然と消え失せた艦隊は12月8日未明、伊豆大島沖へと再び出現したのだった。
日本はより一層の混乱にさらされた。
出現した艦隊は消え去った時とは様相が異なっていた。
ただ、間違いなく南雲忠一が率いる艦隊であるのは確かであった。
艦隊はそのまま横須賀へと移動し、艦隊幕僚は厳しい取り調べを受けるのだが、聴取した側は何一つ理解が出来なかった。
さらに、見知らぬ人員が艦隊には乗り組んでもいた。
そして、彼らは伊豆大島沖から「元の世界」へと行き来が可能だと話すのである。
もはや理解の範疇を超える事態に、海軍は思考停止した。
話はさらに多岐に渡る影響を持っていた。
何なら、空母は4隻に減っていたが、すべての空母から煙突が消えていた。
それは他の大半の艦艇がそうで、その理由はまったくの謎としか言えなかった。
だが、それは「異世界から来た」という見知らぬ力士の様な者たちが、意味不明な説明を行い、乗り組んでいた機関科の者たちも、意味不明な話をし、取り敢えず言われた通りにやってみると、よく分からないが、燃料も無しに艦艇を動かせたのである。
こうして、缶が艦艇から取り外された。
さらに、空母に積まれた機体は最新鋭の艦載機が一切なくなり、よく分からない筒を取り付けられた飛行機へと替わっていた。
海軍軍人は砲がそのままだった事にようやく安心したが、魚雷も酸素を必要としない事に頭を抱える事になる。
こんな話をしても、現代の我々には理解すらし難い事だと思う。
機械の動力は触媒と空気中の魔素によってエネルギーを生み出すなど、常識以前の話だからだ。
しかし80年余前には、理解の範疇を超えた異常現象だったのだ。
原理は理解出来なかった海軍技術者たちだったが、石油に依らない動力機関の存在は喜ばれる事になった。
こうして、力士の様な人々、ドワーフによって日本へ魔導がもたらされたのである。
石油が不要となる。
この事実は瞬く間に海軍内部を席巻した。
そして、魔導機関の導入を推進していく事になるのである。
この頃になると、空母機動部隊は何処へ行っていたのか、ようやく皆が理解する様になった。
それと言うのも、伊豆大島沖から異世界へ行く事が出来るようになったからである。
艦隊が戻ってしばらくはそのままであったが、やがて、魔導技術をより知るために異世界へ向かうという話が出るようになり、技術者の往来が始まった。
先ずは力士の様なドワーフばかりがやって来たが、機械ばかりでなく、触媒や機関内部の加工技術の必要性から眉目秀麗な人々、エルフもやって来る。
さらに、異世界からすべてを輸入するのではなく、日本にも資源が無いかを探る為に動物の特徴を有した人種、獣人たちも招かれる様になった。
こうして、日本は地球とはまるで生態系が異なる人々の住まう場所がある事を、否が応でも信じざるを得なくなった。
そうした人々と日本の技術者が協力して生まれたのが、地球初の魔導飛行機である。




