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ゴブリンたちの1隊が側面に回るのを見たダインは、それを食い止めた。
横を突かれれば、こちらはあっという間に戦線が崩壊する。
剣を振り、敵を血祭りにあげた。
3分の1ほどの損失を出したゴブリンたちが、サッと退いた。
これも、今までなら考えられない動きだ。
余勢をかって追撃する手もあるが、ダインは「追うな!」と叫んだ。
前線を組み直す。
こちらも5人、負傷していた。
「トニオ!」
僧侶を呼び、手当てさせる。
味方は、よくやっていた。
勝利の可能性はある。
半数を失えば、敵の戦意も薄れるのではないか。
しかし、その期待は甘かった。
ゴブリンたちの背後の黒ローブの男が、何やら呪文を唱えだし、暗闇の中に10の影が揺らめいたのだ。
「ちくしょう! グールだ!」
オルソンが、地面に唾を吐いた。
そう、まさしくグールだった。
おぞましい怪物が10体。
奴らの鋭い爪は、麻痺をもたらす。
「トニオ! 祓えるか!?」
「私には無理だ!」
何故か胸を張って、僧侶が答える。
(だから神など、あてにならん!)
この窮地を救ってくれるなら、今から100回でも1000回でも祈っただろう。
ゴブリンたちが左右に割れ、グールが中央を進んできた。
この新手との白兵戦は危険すぎる。
しかし、矢で倒せるほどの射手も居ない。
案の定、怪物たちの数は減らず、前線に迫った。
もう、腹を括るしかなかった。
ダインは絶望的な戦いに身を投じた。
指揮官が逃げるわけにはいかない。
敵の邪爪をかわしつつ、2体までは倒した。
しかし、味方が次々と麻痺し、動ける者は半減している。
麻痺した者は捨て置いて、まるで誰かの指示に従うかの如く、怪物たちはこちらを包囲した。
さらに外周を、ゴブリンたちが囲む。
その向こうには、黒ローブの男が見えた。
もはや、万策尽きた。
あとは少しでも多く、敵をあの世への道連れにするのみだ。
その時。
森から、強烈な光が差した。
それは不思議と温かな、美しい光だ。
光を浴びたグールたちの醜い皮膚から、煙が吹き出した。
怪物たちは、苦しんでいる。
「今だ!」
ダインは叫んだ。
折れかけた仲間たちの闘志が、盛り返した。
動けないグールを、次々と片付ける。
ゴブリンたちも、光に眼が眩んでいた。
光が、こちらに向かってくる。
その中心に。
「女だ!」
我ながら、間抜けな声をあげていた。
まさに女だった。
馬に乗っている。
ただの馬ではない。
純白のユニコーンだ。
乗り手の10代後半、紫ミドルヘアの美しい娘は、白い軽装鎧を身に着けている。
右手に持った銀色の片手用ハンマーを掲げ、彼女は黒ローブの男に突進した。
男は何か呪文を唱えたが、それが終わる前に娘のハンマーに殴り倒され、動かなくなった。
娘はユニコーンをこちらに向け、駆け寄ってくる。
彼女の接近でグールはますます弱り、ゴブリンたちは散り散りに逃げだした。
ダインたちが怪物を2体倒す間に、娘が残りの敵を全てたいらげてしまった。
彼女はユニコーンを止め、降りた。
ハンマーを腰に帯びる。
全身を包んでいた光が収まった。
「聖女様!」
トニオが前に転び出て、深々と頭を下げる。
「何だ、そりゃ?」
オルソンが訊く。
「知らないのか、この罰当たりめ!」
トニオが、珍しく怒る。
「伝説の7聖女様だ! 善と悪の戦いに現れ、我々に助力してくださる!」
どうやら、何かの伝説らしい。
ダインも娘の傍まで進んだ。
娘は屈託のない笑顔を見せる。
「私はミリンダル」
「オルソン」
「ダインだ」
「気安く話しかけるな!」
トニオがキレた。
「良いのです」
ミリンダルが微笑んだ。
若く見えるが、瞳は落ち着き、底知れない何かを秘めている。
「あー」
ダインは右手を差し出した。
「とにかく礼を言うよ。その…聖女様?」
「それには及びません」
ミリンダルが握手に応じる。




