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それはミッドランドの物語のひとつ。
ダインは己の運の悪さを再認識した。
父親が地方都市の衛兵だった彼は、当然の如く武芸に励み、同じく衛兵となった。
24歳になった年、どうにもそりが合わない男が率いる隊に配属された時から、嫌な予感はしていた。
都市に運び込まれる重要な荷物の護衛任務についた夜、隊は厄介なダークエルフたちの襲撃を受けた。
隊長は前から無能と思っていたが、この夜はそれが極まっていた。
彼は、たて続けにバカな指示を出し、あわや全員を死の危険に晒した。
ダインは隊長を気絶させ、隊を立て直し、ダークエルフたちを退却させた。
仲間たちはダインを称賛したが、眼を覚ました隊長は、黙ってはいなかった。
ダインは父と仲間たちの弁護を受け、投獄こそ免れたものの、衛兵をクビになった。
それから、気ままな傭兵としての暮らしが始まった。
2年ほど各地を廻り、小さなダンジョンを攻略したり、ちゃちなモンスターや山賊を討伐したり、それなりに世を渡った。
この方が、性に合っている。
ここ1年は、辺境の小村に落ち着き、たまに襲ってくるゴブリンどもを追い散らす程度で、のんびり過ごしていたのだが。
急に雲行きが怪しくなってきた。
「ダイン、大変だ!」
元戦士のオルソンが顔色を変えて、やって来た。
「何だ? またゴブリンか?」
「ああ」
オルソンが頷く。
「だが、いつもと違う」
「いつもと違う?」
「妙に組織立ってる。武器も良い物を持ってるし」
この辺りのゴブリンは、大した知恵を持たない。
戦略はシンプルだ。
走って、棍棒で殴る。
集団戦を知るダインたちの敵ではなかった。
「本当か? 気のせいだろ?」
「否。パトロールの3人がやられた。大怪我だ。奴ら50匹ほどで、こっちに向かってくる」
「50!?」
ダインは椅子から、思わず立ち上がった。
「それを早く言え!」
慌ててチェインメイルを着込み、鞘に納めた愛用のロングソードを腰に帯び、村の男たちを集めた。
この村はかつて神聖な場所だったらしく、周囲を土手で盛った陣地のようになっている。
守り易さを考えれば有利だが、しかし。
オルソンの言う、敵の不自然さが気になった。
満足に戦える村人は20人。
ゴブリンたちが今までの戦い方だとしても、数的に厳しい。
それが、敵が組織的な動きをするとなれば。
ダインは土手の際にかがり火を灯させ、前方の森に続く闇に眼を凝らした。
後ろには、弓を使える者を4人、並ばせている。
森の中から、ワラワラと小さな影が出てきた。
ゴブリンだ。
確かにショートソードとスモールシールドで武装している。
しかも、陣形を組んで進んできた。
(これは…まずいな)
ダインは冷や汗をかいた。
田舎の小村で、こんなことになるとは、ついていない。
自らの運の無さを呪った。
さりとて、村には女子供も居る。
逃げ出すわけにはいかなかった。
「おお、神よ! 何ということだ!」
隣の30代前半の僧侶が両手を握り合わせ、祈る。
彼はトニオ。
戦闘はそこそこだが、少々の回復魔法が使えるので連れてきた。
普段は「神よ!」「神よ!」とうるさいので、ダインは避けている男だ。
「ダイン、見ろ!」
オルソンが、ゴブリンたちの後方を指した。
黒いローブを着た人影が立っている。
右手に持った杖を、高く掲げていた。
(あいつが、ゴブリンたちがおかしい原因か?)
ダインは眉間をしかめる。
しかし、まずはゴブリンだ。
「射て!」
ダインが挙げた右手を振ると、射手たちが矢を放った。
2匹が倒れたが、残りは盾を巧みに構えて前進してくる。
ダインは2射目を指示し、自らもロングソードを抜いた。
敵は土手を上がり、陣地に突入してくるだろう。
そこからは白兵戦だ。
予想通り、ゴブリンたちは数を減らさず、土手を駆け上がった。
オルソンの雄叫びを合図に、味方が敵に襲いかかる。
ダインは剣を両手で持ち、ゴブリンを1匹、2匹と斬り倒し、3匹目の盾を蹴り飛ばした。
転倒した小鬼が後ろの同族を巻き込んで、土手を落ちていく。
オルソンの咆哮が響いた。
トニオの「神よ!」も聞こえる。
2人とも、まだ生きている。