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card5:夕暮れ


「ねぇ、“祭り”って何?」


 とてとてと街中を歩きながら、菖蒲は振り向く。

 後ろには、相変わらずぶすっとしているバルトと、塀の上を器用に渡るグリフがいた。

 この街にはやはり“人”が居ないが、動物耳の人達がせっせっと機材を運んでいる。

 バルトはその内の一人を避けると、菖蒲の顔を覗き込んで来た。


「あれ。まだ言って無かったっけ」


「聞いてないよ。何か街の人も忙しそうだし、グリフ君やベルトも“祭り”が……なんとかかんたらって言ってたじゃない?」


「待てこら。だから俺は“ベルト”じゃねぇ、“バルト”だ」


 バルトがギロリと睨み付けるが、塀を渡るグリフはケラケラ笑っていた。

 この二人、性格も種族も全く違うのに良く友達でいられるものだ。

 バルトはため息を吐きながら、銀髪を掻く。


「“祭り”――ってのは、“虹夜祭”の事だ」


「こーやさい?」


「そ。一年に一度、レインボーティアから天に向かって虹の柱が現れる。しかも“陽が沈んだ後”にな。その変わった虹が出ないと、この街に平和は運ばれないって言われている」


 確かレインボーティアとは街の中心にある噴水の事だ。

 あの噴水から空に向かって直線の虹が伸びる。

 一年に一度、虹の使者の涙をのせて、幸せを呼ぶ為に。


――でも。


「何でそんな現象が……」


「詳しい話は俺も知らねぇけど、“虹の使者の想い”が虹となって、神サマとやらに届けてるんじゃねぇの。その辺は“親父”とか“竹じぃ”に聞けば、後で詳しく教えてくれるさ」


 菖蒲は何となく複雑な気持ちになり、軽く頷いておく。

 先ほどのヘレンの様子を思い出し、どうにも気分が上がらない。

 あの何かを求めるような哀しい目。

 名を告げた時の泣きそうな目。

 全ては一瞬の内に菖蒲へ飛び込んできたもの。

 しかし、菖蒲の心に重荷となるには十分過ぎる内容だった。


――私には関係ない。

――早く帰る方法を見つけるんだから。


 首をぶんぶんと横に振り、心の靄を振り払う。

 しかし、一歩踏み出した時に違和感を覚えた。

 一瞬空気が冷たくなり、街の騒がしさが遠くなる。


――えっ。


 いつの間にか、菖蒲は“街中”ではなく、“林の中”を歩いていた。

 さっきまで、石タイルの西洋風な街中を歩いていたのに。

 さっきまで、半獣の人々が走り回ってたのに――誰もいない。

 木々が頭上でサワサワと音をたてるだけ。

 戸惑う菖蒲に対し、バルト達は何事も無かったかのように菖蒲を追い越していく。

 しかも彼らの背後に見えるのは、ホーリータウン。

 ばっさりと、まるで色の違う折り紙を二枚で、継ぎはぎでもしたかのようだ。


「――ねぇ。ココなんかおかしくない?」


 菖蒲は小走りでなんとかバルト達に追いつく。

 隣にいたグリフは、にこっと笑った。


「だって、ボクらは人様の屋敷内に入ってるんだもん」


 “屋敷に入っている”。その一言の意味が分からず、首を傾げる。


「ココは“草壁家の中庭”だよ」


「ななな中庭?」


 菖蒲は、思わず聞き間違いかと思った。

 確かに“百合”という子に会いに行くのは聞いていた。

 つまり“草壁家中庭”というのは、その子の敷地内という事なのか。


――馬鹿な。

――私は普通に街を歩いていただけなのに……。

――何で他人の敷地内になんか。


 上を見上げた菖蒲は、目と口が同時に開く。

 何故なら門は合った。

 ちゃんと街との間に合った。

 ただ、大きすぎただけだった。


――う、そ。


 枝に隠れて見えにくいが、柱が二本ちゃんと立っている。

 だが、間は五十メートル以上で高さも半端ない。

 ここからでは単なる黒い塊にしか見えないが、頂上は屋根状になっており、大きな表札が掛っているとバルトは言う。


「な、なんか色んな意味であり得ないんだけど……」


「草壁家はこの街一番の金持ちだ。ついでにグリフがさっきまで歩いていた外壁、あれもココのなんだ」


「えぇッ」


 菖蒲は軽く目昧を覚えた。

 ホーリータウンの全部を見たわけではないが、恐らくこの街の三分の一は、草壁家ではないかと思う。

 同時に“百合”という存在が遠くに感じた。

 いわゆる“凡人”と“お嬢様”の差というヤツだ。

 菖蒲は気まずそうに目を泳がせる。


「ねぇ、グリフ君、バルト」


「なぁに?」


「なんだよ」


――会う前からこんな事聞きたくないけど……。


「“百合”ちゃんって、どういう子?」


 その質問に硬直する二人。

 バルトは無表情で頬を掻く。


「どういう子って……」


 そしてゆっくり菖蒲を指さした。


「アヤメより頭が良くて、アヤメより可愛いくて、アヤメより言葉遣いがしっかりした子」


 ブチッ。菖蒲の額に血管が浮かび上がる。

 ある程度の違いは予想していたが、ここまで言われると腹立たしい。

 グリフはその隣で苦笑いしていた。


「まぁバルト。確かに事実だけどはっきり言っちゃ駄目だよ」


――フォローのつもりか馬鹿ウサギ。


「そう、だな」


「でしょー。アヤメちゃんは、とっても可愛いいんだから――ねぇぇ?」


「……別に気を使わなくて良いわよ」


 哀れみの瞳で見られた菖蒲は、顔を真っ赤にして林の中を進んでいく。

 その後も、グリフが大声で『可愛い』だの、『愛してる』だの、赤面するようなセリフを吐くが、菖蒲は完全に無視した。

 そんなこんなでやっと見えて来た、草壁邸。

 いかにも歴史の古そうな木製の大きな家。

 明治初期の豪邸のようなデザインに、玄関にも立派な彫刻がある。

 しかも改めて扉の所に『草壁』と表札が掛っていた。


――うわ。

――本物の豪邸だ……。


 呆気に取られていると、バルトとグリフがすたすたと中に入っていく。

 菖蒲も慌てて二人を追い掛けた。


「いいの? 勝手に入っちゃって……」


「いいのいいの。いつもこんなんだし」


「そーそー」


 そうは言われても不安を隠せないのが人というものである。

 玄関に入るものの人っ子一人いないし、気配もしない。

 外見は立派だが、人は住んでいないのではないかと思うほど。

 菖蒲が不安げに背伸びしているとグリフがいきなり声を張り上げた。


「ゆぅりぃちゃぁあんッあっそびましょおおお!」


――ガキか!


 今時の子供でも、そんな誘い方はしないだろう。

 無論、中からの反応はない。グリフは頬を膨らませ再び声を張った。


「はぁやく出ないとお前の目ん玉ほじくるぞぉ!」


――なんでト〇ロ!?


 何故不思議の国でジブリアニメのセリフが出てくるか分からないが、色んな意味で不安になる。

 菖蒲はツッコミ所の多さに堪えながら、隣にいるバルトを見上げた。


「ね、ねぇ……本当に大丈夫なの?」


「大丈夫だって。いつもこんなんだし」


――いや、君から一言止めてあげなよ。


 変な所で常識に欠けているバルトに対し、菖蒲は絶望に近いものを覚える。

 一見グリフの方が常識に欠けている部分が多いと思っていたが、案外どっちもどっちなのかもしれない。

 しかしあれだけ騒いだのにも関わらず、人が出てくる気配はない。

 しーんと言った耳鳴りが、虚しく響くだけ。


「……やっぱり、いないんじゃないかな」


 菖蒲が苦笑まじりにグリフの顔を覗き込む。

 本人はぷくっと頬を膨らませているが。


「ちぇッつまんないのぉ」


「もしかしたら街中にいるのかもな」


「……わたくしは、ここです」


「だよね。あれだけ騒いだら嫌でも聞こえるもん」


「アヤメちゃん、“嫌でも”って酷くない?」


「……わたくしは、ここにおります」


「仕方ない、もうすぐ日が暮れるし噴水前に行くか」


「……無視だけは、とても心が痛みます」


「そんな無視だなんて……――ぎゃああああッ!」


 今頃になって、自分の背後に白い着物を着た少女が居たことに気付いた菖蒲。

 思い切り尻もちをつき、玄関先に転んだ。


「お、おおお化っ……」


「よォ“百合”ッ花摘みに行ってたのか」


「じゃあ呼んでも来ない訳だね」


 和気あいあいと少女を囲むバルトとグリフ。

 状況が飲み込めない菖蒲は、一人呆然とするしかない。


――えっと……

――この子が百合ちゃん?


 日本人形を思わせるような黒く長い髪。

 白い生地にピンクの百合が描かれた着物。

 百合は細い瞳を隠すように、白い頬の朱を隠すように、腕いっぱいの花に顔を埋めた。


「……わざわざ遊びに来てくれたのですね」


 ゴニョゴニョと、かすれるような声で呟く百合。

 見た目からも、きっと大人しい子なんだと思う。

 バルトは微笑みながら、百合を見た。菖蒲と出会ってから、初めて見せた優しい笑顔をだった。


「まぁ遊びに来たって言えばそうなんだけど。ちょって聞きたい事があってな」


「……聞きたい事、ですか?」


 バルトの視線が、菖蒲に移る。

 それを追うように百合も、菖蒲を見つめた。

 菖蒲は自分を指差しながら、戸惑うしかない。


――え、わわ私?


 我に返った菖蒲は、慌てて立ち上がり砂を払った。


「わ、私は……えっとそのォ」


「こいつはアヤメ。今日会った」


「そうそう。面白いし、百合ちゃんと同じ花族なんだよォ」


 隣にいたグリフが馴れ馴れしく菖蒲の腕を組んでくる。

 当然振り払おうとするが、グリフの手がそれを許さない。

 しかし動揺する菖蒲を無視して百合はにっこりと微笑んだ。


「……わたくしは、花族の“草壁 百合”と申します。同じ花族の方と会う機会があまりないので……わざわざ当家にいらっしゃった事、大変嬉しく存じます」


 深々と頭を下げる百合に対し、菖蒲はどう反応して良いのか分からない。

 確かにバルトが言ったように、百合は悲しいぐらい菖蒲よりもしっかりしている。


――私と年は同じくらいなのに……。

――しっかりしてるなぁ。


 まるで他人事のように感心する菖蒲。

 するとバルトは菖蒲の肩を叩く。


「実はな。アヤメは花族らしいんだけど、記憶を無くしているらしいんだ」


「えっ」


「はぁッ!?」


 驚く菖蒲と百合。


――てか、私は記憶喪失じゃないし!


 初耳も初耳。

 自分が花族という事になっていたのは知っていたが、記憶喪失の話は聞いてない。


「しかも、空から突き落とされたらしくてな……そのショックで今は名前しか」


「まぁ!」


「オイオイオイオイッ」


 同情の目で見られた菖蒲は、慌てて手を前に出した。

 何が起こっているのか分からないが、とにかく話が大きくなっている。

 菖蒲は三人を見渡しながら、声を荒げた。


「ちょ、ちょっと待って皆誤解してるよ。私は、記憶喪失じゃない。私は花族でもない。本当は“人間”なの!」


 暫しの沈黙。

 バルトはポカンとしており、百合は硬直。

 グリフは目をぱちぱちさせている。

 息を切らしながら、菖蒲は皆の反応を待つしかない。


「アヤメちゃん……」


 初めに口を開いたのは、グリフだった。


「頭大丈夫?」


「へ!?」


 まさかの切り出しに菖蒲は絶句するしかない。

 だいたいグリフに頭の心配されるなんて、それだけで一大事だ。


「アヤメちゃん、隠したいのは分かる。でも、嘘はいけないよ」


「アヤメさん……。なんだか可哀想……」


「ゆ、百合ちゃん!?」


「アヤメ。俺達はちゃんと分かってるから」


「ちょ、ちょっとオ!」


 菖蒲を囲み、力強く頷く三人。

 ようするに菖蒲の主張は信じてもらえなかった訳だ。


――な、なんで信じてくれないの。


 確かバルトは『不思議の国には人間はいない』と言っていた。

 恐らくその主観から、『人間だ』と言う菖蒲の主張を信用しないのだろう。

 結局、この三人に何を言っても無駄という事。


――最悪だぁ……。


 がくりっと、菖蒲はうなだれる。


「――そういう訳で、花族の百合に聞けば、何か手がかり掴めるかなって思ったんだけど……」


 バルトが申し訳なさそうに百合を見る。

 だいたい菖蒲は花族でないのだから、百合に聞いても何も分かるはずもない。

 しかしどうせ何を言っても信用してもらえないので、菖蒲はぷいっとそっぽをむいた。


「……香り」


 百合が、小さく呟いた。


「……アヤメさん、『レインボーティア』の水と同じ香りがします」


「えっ?」


 そっぽを向いていたが、慌てて自分の服の匂いを嗅ぐ。

 あまり気にならなかったが、噴水の水しぶきでも掛ったのだろうか。

 バルトは苦笑しながら、百合を見下ろす。


「うーん……。香りとかじゃなくて、アヤメを知ってるかどうか聞きたかったをだけど」


 百合は、ぽかんっとバルトを見上げる。

 隣でグリフも首をすくめて、くすくすと笑う。

 菖蒲は相変わらず、自分の服の匂いを嗅いでいる。

 バルトは、小さくため息を吐いた。


「ま、いっか」


 誰でもこんな者達に囲まれたら、聞く気も失せるだろう。

 するとグリフは、ポケットから懐中時計を取り出した。


「おやおやバルト。もうすぐ祭りの開会式が始まるよ」


「ゲッ。そういや親父に夕方までに『噴水の所に来い』って言われてたんだ」


 西の空を見れば、もう太陽が傾き、赤い海に飲まれていた。

 バルトはチッと舌打ちをしながら、翼を広げる。


「俺はグリフと先に噴水の所に行く。アヤメ、お前は百合と一緒に歩いて噴水の所に来るんだ」


「ななんでぇ!?」


 当然ながら、菖蒲は意味の分からない提案に抗議する。


――皆一緒に行けば良いじゃん。


 百合の事は嫌いではないが、二人並ぶと自分が『ガサツ女』だと皆に見られそうで少し嫌だ。

 しかしバルトもグリフも、二人を置いて行く気満々だ。


「馬鹿いうな。お前ら空飛べないだろ、歩いていたら本気で遅れちまう」


「グリフ君だって飛べないじゃん」


「こいつは『ウサギ族』だぞ? 飛べなくても“俊足”があるんだよ」


 にやりっと、バルトは笑いながらグリフの足を指さす。

 菖蒲は、ぶぅーと頬を膨らますしかない。


「大丈夫だよ。ボク噴水前で待ってるし」


「じゃあそういう訳だから。アヤメ、百合を頼んだぜぇ!」


「ちょ、ちょっとッ」


 菖蒲の静止を聞かずに、鳥は飛び去り、ウサギは走り去ってしまった。

 まさに、どひゅんッという効果音付きで。

 菖蒲は手を伸ばしたまま、人間離れした奴らの背中を見つめていたが今は何もない。


――本当に行っちゃった……。


 気まずく残る、菖蒲と百合。

 菖蒲はぎこちなく百合の方に首を向ける。


「ええっと……百合ちゃ」


「……わたくし達も行きましょう」


「へ?」


 まさかの切り替えに、菖蒲は硬直する。

 百合はにっこり微笑んでいた。


「……虹夜祭。とっても綺麗なんですよ。バルトさん達とも、あちらで合流出来ますし」


 戸惑う菖蒲に、百合は手を差し出す。


「……わたくし達は、今日から『お友達』ですよね」


――『お友達』


 この一言に、菖蒲はにっこり笑って手を取った。

 白くて、とても柔らかい手。

 礼儀正しく、でも菖蒲と同じ女の子。


「そうだね、私たちは今日から『友達』」 二人の顔が、夕日に照らされる。


「私は“宮原 菖蒲”。よろしくね」


 こちらの世界に来てから、初めてまともな自己紹介をした。


「こちらこそ、よろしくお願いします」


 百合はぺこりと頭を下げた。

 バルト達も友達だが、この世界で初めて出来た女の子の友達。

 例え自分が人間だと信じてもらえなくて良い。

 いつかきっと、分かってもらえる日がくるから。

 二人は微笑み合いながら、林の中を歩いていく。

 すると人の気配のしなかった屋敷から、一人の老人が出てきた。

 菖蒲達は話込んでいて、全く気づいていない。

 老人は、地面にまで届きそうな白い髭を撫でながら、二人の背中を見つめる。


「フォッフォ。百合も虹夜祭に行ったか……」


 だが今年は少し違うようだ。

 いつもならバルトやグリフが迎えにくるはずなのに、今回は見た事のない“女の子”。

 『レインボーティア』の水と同じ香りをした――“あの子”に似た女の子。

 閉じていた瞳が驚愕に見開く。


「あ、あの子は……」


 瞳に映るのは、菖蒲の笑顔――否、二十年以上前の一人の少女。

 しかしそんなはずがない、とでも言わんばかりに首を激しく振った。




 あの子はもういない。




 あの子は消えた。




 虹の使者・“アイリス”は、もう――……。




 記憶の光は、陸地に吸い込まれていく。




 △ ▼ △




「な、なんだよ……コレ」


 レインボーティアに辿り着いた、バルトとグリフは絶句する。

 辺りが“赤い”。

 夕日の赤より、更に深い赤。

 街の住人達が、まるで桜の花びらのように道に散っていた。

 暫し目の前の光景に硬直していたが、バルトは近くの電柱に寄りかかっていた鳥族を抱き起こす。


「おいッしっかりしろ。何が起きたんだ!」


 額から血を流しながら、男は微かに口を開いた。


「……黒い、鎧が」


「黒い鎧? なんだよそれ」


「――バルト」


 今まで黙っていたグリフが、静かな声で友の名を吐いた。

 バルトも異変に気付き、目を細める。

 じゃりっと、砂を踏みしめる音。

 夕日の陰から覗く、ぐりぐりとした赤い瞳。

 バルトは胸ポケットから銃を取り出し構える。


――数が多い。


「グリフ、何人ぐらいだ」


「分からない。でも十体以上はいるね」


 グリフも険しい顔つきで、懐から鎖のような物を取り出す。

 敵が何で、何が目的か分からないが、ホーリータウンの住人を襲ったのは明白。

 これは治安課所属する者として、黙っている訳にはいかない。


――大丈夫。

――グリフもいるし、きっと親父もすぐ来るはず。


 自分達だけで叶う相手ではないのは分かる。

 強さは道に横たわる住人達が身を持って味わっている。

 しかし持ち堪えられれば良いのだ。

 ヘレンが来るまで、応援が来るまで。


「あぁ……。ボク治安課じゃないんだけどなぁ」


 グリフが苦笑しながら呟く。


「今回だけは手を貸せ。後で礼はする」


「じゃあ今度バルトの家にお泊まり会ッ」


 いつもだったら一発ぶん殴っているが、今はその余裕もなく頷くだけ。

 グリフは分かっているので、苦笑していた。

 そして無言のまま、バルトは白い翼を広げる。


「―――行くぞ」


 夕日を背に、黒い鎧が一斉に飛び上がる。

 不気味な赤い瞳が、二人の少年を見下す。



 この時のバルトは信じていた。


 親父――ヘレンが、必ず助けに来てくれると………。




 △ ▼ △




 菖蒲と百合は、夕日に照らされながら『レインボーティア』に向かっていた。

 初めは上手くいくか不安だったが、今は何の心配もいらないぐらい打ち解けあっている。

 笑い合う二人。

 しかし菖蒲は静かな街並みを見つめ、微かに違和感を覚えていた。


――なんだか街の人もいないし……。

――凄く静かだなぁ。


 人もいないし、音も声もしない。

 昼間はあんなに賑やかだったのに、夕日に沈み、静けさに溺れる町並みはどこか不気味だった。

 隣を見ると百合は相変わらずコロコロ笑っていて、気にしてもいない。


「アヤメさん、どうかしました?」


 急に黙り込んだ菖蒲を心配したのが、百合が不安げに首を傾げた。

 菖蒲は首をすくめて、優しく微笑む。


「なんでもないよ」


「そうですか。急に黙り込んでしまったので、驚いてしまいましたよ」


「ごめんごめん」


 菖蒲は軽く手をひらひら振る。

 百合は安心したのかにっこり笑い、再び会話の続きを始めた。

 百合の話は、主にバルト達の事だ。

 バルト達は幼なじみで、友達のいない百合に声をかけてくれた。だけど女の子の友達は菖蒲が初めてなんだよ――と。

 一言一言が楽しそうで、百合は嬉しそうに笑っている。

 彼女にとって、あの二人は大切な友人なのだろう。


「そしてバルトさんが止めたのに、グリフさんったら……」


「あぁ、グリフ君ならやりそう」


 菖蒲もつられて微笑む。

 やはりこうしていると神楽や加奈りんの事を思い出し、どうしても不安になる。

 あの化け物の前に置き去りにしてしまった菖蒲の親友達。

 思わず表情も暗くなりがちになるが、なるべく百合には悟られないようにしていた。


――この子には関係ないもの。

――百合ちゃんに気を使わせるような事はしてはいけない。


 菖蒲が一歩を踏み出した時だ。


(アイリス)


 リン……と鳴り響く鈴の音。

 菖蒲は、思わず立ち止まる。


――えっ。


「アヤメさん?」


 百合はいきなり立ち止まった菖蒲の顔を覗きこむ。

 しかし、菖蒲は無言のままだ。


(アイリス)


 聞き覚えのある声が、ずっと呼んでいる。

 百合には聞こえない声が、辺りにこだます。


――この声は……。


(こっちだよ)


 声と鈴の音が重なり合った。

 菖蒲は、視線を感じて無意識に頭を上げる。


「あっ……」


 夕日で闇に埋もれた路地裏。

 そこに立つ一人の赤毛の少年。


(アイリス)


 首に付けた鈴がリンとなる。

 猫耳が風に揺れる。

 鋭い視線が、菖蒲を魅了する。

 少年はゆっくりと手を前に差し出して、微笑んだ。


(さあ――)


「――ま、待って!」


 菖蒲は考えるよりも先に走りだしていた。

 少年は再び闇の中へ歩き去っていく。

 赤い尻尾が、曲線を描いて消えていく。


「アヤメさんッ」


 百合が背中に叩きつけられる。

 しかし振り向く事も出来ない。振り向いていたら、彼を見失ってしまう。


――あ、あの子は……。


 菖蒲は息を切らしながら思う。


――夢の中で。

――旧校舎で私を呼んでいた人。


 確信なんてない。

 でも声は同じだった。

 昨日の夢の中、旧校舎に現れた“猫”の声と同じだった。

 だからこそ、彼を見失う訳にはいかない。

 全てを聞かなくてはいけない。




――何故、君は私の前に現れたのか。


――何故、私を“アイリス”の名で呼ぶのか。


――何故、私がこの世界に飛ばされたのか。



 きっと、彼に聞けば分かる。

 菖蒲は、全力で赤毛の少年を追っていく。



 血のような真っ赤な空の下――凛と響く鈴の音に合わせて銃声が鳴り響く……。



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