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たかが世界の終わり  作者: 森大洋
青に紛れて
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6 火の粉が舞っていた

ヨルシカは溜息をつき、頭を振った。

カツカツと神経質に机を指先で弾く。

ナキの森は、今どのような状態だろう。

人員は絞るべき、且つ国の主要人物が全員不在となることも避けねばならず、ヨルシカは王宮に残ることになった。

人選に異論はない。ただ、歯痒かった。

もし自分が、ルクスのように強かったのなら。

ワイザードのように立ち回れたのなら。

カザンのように能力があったのなら。

火花の如く、そんな考えがちらついてしまうのだ。

ヨルシカは決して弱くない。並の騎士ならば歯が立たない程の強さはある。だが、「優良」止まりでは不足であることを知っている。

ルクスのように、彼等のように、規格外でなければ。

そのようなヨルシカの心境を感じ取ったのか、同じく王宮に待機となったミハクが言葉をかけてくれた。

信じましょう、と。

王太子である自分に諭すような発言をする訳にもいかず、しかし励ましたいという、無表情なあの男ならではの控えめな言葉が、じわりと染み込んだ。


―俺はすぐ、同じところに嵌まる。


しっかりしろ、と自身を鼓舞し、再び書類に目を戻した時、扉が叩かれた。

「はい」

返事をすると、失礼しますという声と共にミハクが入ってきた。

「どうした?」

「修繕が完了したとのことです」

ミハクの後ろから、鞄を抱えたミレが顔を出した。軽く頭を下げ、部屋に入る。

「失礼します。あの、あ、こんな格好ですみません。ただ、急いでお見せしたほうが良いかと思って…」

「構わない。こちらへ」

ヨルシカの前まで進んだミレは、鞄から包みを取り出し、手渡した。包みを開き、小箱の蓋を開ける。

「これは…腕輪、か?」

「はい、だと思います」

それは金のような素材を加工した、腕輪に見えた。芸術品と呼べるほど精巧に彫られたそれは、幾つかの印の羅列と、ある光景が象られていた。

上部には恐らく太陽を模したと見られる、円から放射状に線が伸びた模様が。

そして下部には女性と、傍らに獣が象られていた。

それは渦状の角と4枚の翼を持つ、見たことがない獣の姿だった。




**************




割られた空の隙間から我先にと魔獣が数匹躍り出た。そして直ぐ様、鈴の音の出処を標的と見なす。

1、2、3、4、5体。


―少し間引くか。


ルクスは考えると同時に、魔獣に向けて数回斬撃を放った。殺せなくとも、傷を負わせれば動きは鈍る。多少地上戦がやりやすくなるだろう。

ルクスの思惑通り、躱し損ねた2体の魔獣が血飛沫を上げながら咆哮する。

3体はそのままルクスに向かい空を駆け降りた。


「もう少しで印を付けられる」

カザンは目を空から外さず、ワイザードに声をかけた。ワイザードも動かず、応える。

「おし。そのまま頑張ってくれ」


飛びかかった一体の攻撃を横に回転することで躱したルクスは、そのまま樹に飛び移った。そして素早く枝から跳躍する。

「…っらっ!」

背を一突きにされた魔獣は断末魔の叫びと共に消え、それを見送ることなくルクスは地を滑る。鼻先スレスレを、魔獣の爪が走った。

攻撃を躱したルクスは片手で地面を弾き、体勢を整える。そこに2体が飛びかかった。ルクスは右脚の攻撃を剣で受け、その反動を利用し、空中で溜めを作った。目の前には牙を剥き出しに地上に向けて駆け下りていた、斬撃で傷を負った魔獣。その咥内に剣を突き立てる。

あと3。

落下しながら、剣を振り下ろし衝撃波を生み出す。

魔獣はそれを避け、ルクスはそこに着地する。

少し距離をとった魔獣は、苛立つようにまた雄叫びを上げた。



「強すぎる…」

ゼンは思わず唸ってしまった。

ルクスの強さは知っているつもりだった。模擬戦のようなものは幾度となく観戦したし、後方ではあったが魔獣討伐にも同行したことがある。だが、このような激しいルクスの戦闘を見るのは、初めてだった。

大体、魔獣は本来ひとりで対処出来る存在ではない。隊を組んで対峙するものであり、それをたったひとりで、しかも複数体を相手取るなど自殺行為とすら呼べないものの筈なのに。

斬撃がこちらに飛ばないように、計算をしながら戦うルクス。

規格外、ですら表現が足りないのではないか?

そんな思いが、ゼンの頭を過った。

「ね」

隣にいるシャイネが呟く。

「…強すぎるんだよ」

ルクスから目を離さずに、シャイネはぽつりと言った。



突進してきた魔獣の額を蹴り上がり、宙を舞う。

そして肚に力を込め、回転しながら胴体を真っ二つに両断した。

あと2。  

残る魔獣に目をやったルクスに対し、一体が遠吠えのように空に向かって雄叫びを上げた。


―何だ?


ざわり、と全身の毛が総毛立つ。分からない。分からないが、早々に決着するべきだ。かちゃり、と剣を握り直し、ルクスは全力で踏み切った。先程とは比較にならない速度で間を詰めたルクスに、血を流す魔獣は対応が間に合わなかった。噛み千切ろうと牙を剥き出しにしたその顔面が、上下にずれ、弾けるように霧散する。

あと1。

こいつはさっき、何をした?


その時。

一際低い唸り声が、空の隙間から聴こえた。



「まだか!」

ワイザードの緊迫した声が響く。

カザンは応えない。


空の隙間から、火が溢れた。

視界の隅にそれを捉えたルクスは、息を飲む。



―はらりはらりと散る火の粉。

―ゆらりゆらりと舞う焔。



ルクスの脳内に、何かが流れ込む。

まるで乱暴に物語の頁を捲るように、様々な場面が散らばる。

ルクスは立ち竦んだ。



―知っている。



残された魔獣が襲いかかる。



―俺は、これを、知っている。



「よし、切るぞ!」

「ルクス!!」

カザンの声と、スゥハの叫び声が同時に上がる。



カザンが指先を縊るように動かすと、溢れた火は途端に薄れ、空の隙間は幻のように青く塗り潰されていった。


そして。


眉間に剣を突き立てられた魔獣が、ザッと音を立てて崩壊する。



それには目もくれず、ルクスは静かに空を見上げていた。



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