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たかが世界の終わり  作者: 森大洋
青に紛れて
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5 空の殻

人には恐らく無意識下で定義しているものがある。

例えば、尊きものは高みに置き、忌むべきものは地に埋めるような。

摂理とも呼べる感覚。

しかし今目の前に広がる光景は、そんな表裏の関係が崩壊した、何処か現実味のないものだった。だがそれは確実に、まるで鏡に映る自分の像が独りでに動き出すような、常識が朽ちる不吉の到来を告げていた。



青く澄んだ空に亀裂が入る。

その青の一部が卵の殻の如く、崩落する。

荒い息が聞こえた一瞬の後、爪が空を突き破った。

空の殻を破り姿を現したのは、望まれた新たな命ではなく、厄災。

それは、見たことがない魔獣の姿だった。



「嬢、ぴー!」

ワイザードの声が鋭く響く。

「っす!」

「は、ははい!」

飛び出したシャイネとゼンは地面に一本の楔を打ち込む。途端、空に向かって光の柱が一瞬伸び、直ぐ様立ち消えた。

「よし」

空に消えた光を見て、ワイザードが呟く。そして空を睨みつけたままルクスに声をかけた。

「出番だぜ」

その声に応えることなく、ルクスは静かに息を吐いた。

シャイネ達が打ち込んだ楔には紐が巻かれていた。そして立ち上った光の柱から、結界が張られたことを理解する。紐には認識阻害の術式が編み込まれているのだろう。認識阻害の結界は3点を頂点として囲うと平面に効果が、4点を頂点とすると高さを含めた空間に適応される。恐らく、予め3つの頂点には楔を打ち込んであり、この4本目を以て範囲内の空までを結界内としたのだ。


―これは想像の範疇、ということか。


ならば、自分は自分の役割を全うするのみ。

侵入者を殲滅する。


空が破られ、魔獣の上半身が姿を現す。

それは胴体は巨大な獣のようだったが、渦を巻く長い角、猛々しい鬣、そして背には4つの翼が生えた禍々しい姿だった。

魔獣は頭を撓らせるように横に動かしてから、口を開けた。

死臭満ちる牙の奥から響く、咆哮。

空間が震える。

「鳴らします」

果たしてこの型の魔獣にも効果があるか。

ルクスは腰に巻かれた音の無い鈴を鳴らす。

途端、魔獣の目は正確にルクスを捉えた。一際強い咆哮と共に、罅から飛び出す。


―そうだ、俺を見ろ。


ルクスは少し屈み、その反動を乗せて下から上へ剣を薙ぎ払った。

ふっ、と微かに漏れた息の音とほぼ同時に飛んだ斬撃が魔獣の前脚を吹き飛ばす。

魔獣が怒りの叫びを上げた。

「すご…」

思わずゼンは声を漏らしていた。

しかし、スゥハは眉を微かに顰めた。

ルクスの強さを熟知しているスゥハには感じ取れた、先の攻撃。恐らくルクスは魔獣を一刀両断するつもりで斬撃を放った筈。が、あの魔獣はそれを躱し、致命傷を避けた。


―今迄の魔獣より強い。


ルクスもそれを瞬時に把握したようで、声を上げる。

「地上で戦う。スゥハ様、周囲頼みます」

「分かった」

返事を待たず、ルクスは駆け出した。

上空にいる魔獣に斬撃が届くまでの、その僅かな間は相手に避ける隙を与えてしまう。ならば、接近するのみ。

スゥハやバクザは強いが、シャイネ達研究者は戦闘には耐えられない。カザンも動けない筈。ルクスは彼等から充分な距離を取り、空に向かって呟いた。


「来い」


その声が届いたかのように、魔獣は血と涎と咆哮を撒き散らしながら、空を蹴った。瞬きも許されない間で、地響きと共に地上に降り立つ。そして間髪を入れず巨大な爪でルクスに襲いかかった。ルクスはそれをひらりと躱し地面を蹴って宙を舞い、回転して魔獣の背に飛び乗った。

「五月蝿えよ」

そう呟き、剣を横に払う。

背に乗るルクスを噛み千切ろうと首を後に回した魔獣はしかし、目を見開く。ずり、と落ちていく魔獣の首。ルクスが背を蹴り着地すると同時に、魔獣の体は霧散した。

しかしそこに緊迫したワイザードの声が届いた。

「まだだ!」

静かにルクスは目線を上げる。

割れた空から、幾つもの声が轟く。



ルクスは剣を振り、血を払った。

そして再び、無音の鈴の音を響かせる。




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