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たかが世界の終わり  作者: 森大洋
青に紛れて
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4 こちらにおいで

ミレはばたばたと身支度を整えていた。整えたと言っても、鞄を引っ掴んだことくらいだったが。正直ここ数日は碌に睡眠をとっていないため、隈はあるわ肌はくすんでいるわで酷い有様だった。せめて顔くらいは洗うべきなのだろうが、現在彼女の脳内にはそのような婦女子の思考回路は存在しない。

迅速に、しかし慎重に小箱を包み鞄に入れる。


―急がなければ。


胸がざわめく。まるで手品師が卓に広げたカードを混ぜ合わせるように、色々な感情が入り乱れる。

シャイネから託されたものの修繕が、先程終わった。

あれが何を示しているのかは全く分からない。だが、単なる柄ではなく、間違いなく何かを表している。


急げ。


ミレはアトリエの扉を開け、外に飛び出した。

これから手品師が指し示すカードが、災いを啓示したものでないことを祈りながら。




**************




「次」


カザンの声が響く。

5つ目の方角に入った。

ペペロイカはカザンとワイザードの後ろ姿を見つめていた。

彼等の消耗は激しい筈。しかし、深く意識に潜ることで、ふたりはそれを捩じ伏せていた。

ワイザードが内包する術力は常人よりは巨大なものの、カザン程ではない。だが彼は類稀な感覚によって発動時に漏れ出る術力を限りなく零に近付け、最大限効率を上げている。

更に。

ペペロイカは傍に置かれた箱の中の遺物に目をやる。それには紐が巻きついていた。

きり、とペペロイカは唇を噛む。

人間兵器。

昔、冗談として誰かがワイザードのことをそう評した。失礼しちゃうぜ、とワイザードは笑って躱していた。

今にして思う、それは全く冗談ではなかった。

ワイザードは自身の付与術式を、何かに込めることにも成功してしまったのだ。今ペペロイカの足元にある遺物に巻かれている紐には、ワイザードの付与術式が編み込まれている。

そう。ワイザードの力は、使い勝手が良すぎるのだ。彼自身の戦闘力は高くないが、その能力を使えば戦況を覆すことも、不可能ではない。

もしこの力が他国に渡ってしまったら。

それに気付いていたからだろう、ワイザードは国外に出ることはなく、バクザもそれを理解していた。

恐らく、ワイザードの右腕的存在だった、あの若者も。だから、彼が国外に出た時は本来ワイザードの役目だったものを彼が願い出たのだろう、と思った。

ペペロイカはぐ、と肚に力を込めた。

改めて、ふたつの背中を見つめる。

なんの足しにもならないことは分かっているけれど。

頑張って。

ペペロイカは胸の中で呟いた。



カザンの眉がぴくりと動く。

薄い唇が開く。

「…捉えた」 

瞬時に、ナキの森にいた全員が臨戦態勢に入った。

「ペペロイカ」

ワイザードが振り返ることなく声をかける。

「オッケーよ」

箱の中身を掴み、縁を地面に設置したペペロイカが答える。

「まだ待て」

カザンが制する。指先が何かを撫でるように動いている。

「繋いだ」

「了っ解!」

ペペロイカは手に持ったそれをカザンが見上げる空へ翳した。

それは大きな円盤状のものだった。その円盤には、紐で巻かれた数え切れない程の赤い石が取り付けられている。

『おいで』と名付けられたこの遺物は、太陽の元で対象に翳すと、それを引き寄せる性質を持つ。ひとつひとつの力は然程大きくないが、幾つか纏めて使用すると例えば瓦礫撤去の際などに役立つ遺物だった。

「スゥハ様、もしもの際はシャイネ達を頼みます」

「ああ」

ルクスは腰に巻かれた鈴に触れながら言い、息を整えた。


―全く。なんてことを考えるんだ、この奇人達は。


カザンが捉えた空の何かを、遺物の力で引き寄せようとしているのだ。

普通、思い付いても笑い飛ばしてしまうような馬鹿げた方法と言える。

しかし、赤い石に巻かれたワイザードの付与術式が編み込まれている紐から、彼等が本気であることは明らかだった。そしてその量から、強ち不可能だと言い切れないことも。

集められた赤い石は数え切れない。更に付与術式によって強化されたそれらの効力は、数百倍にも膨れ上がる。


赤い石より束になり空に伸びる、光。

果たして、それは何かに届くのか。


カザンが口を開く。

「動いた」

よし、とワイザードが応えた。

「そのまま、耐えてくれ」

カザンは指先を僅かに曲げることで了承の意を表した。

まだ空には変化が見えない。

ルクスが空を睨みつけた時。

突如、気圧が掻き回されるような不快な感覚に襲われ、瞬時にルクスは剣を抜いた。

同時に緊迫したカザンの声が響く。


「くそ、来るぞ!」




頭上に拡がるは、青い空と白い雲。


掴むことが出来ない揺蕩うそれらに、罅が入る。


魔獣は地から這い出てくるとされていた。


しかし今、罅割れた空からは無数の咆哮が響いていた。


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