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たかが世界の終わり  作者: 森大洋
青に紛れて
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1 その天秤は置いておけ

カザンの部屋、正確には先日までカザンが閉じ込められていた部屋には今、この国の中枢たる存在が集結していた。

王バクザ、王太子ヨルシカ、第二王子スゥハ。

第1研究所所長のワイザード、第2研究所所長ペペロイカ、第3研究所所長代理となっているシャイネ。

そして個の武力として規格外であるルクス。主に補佐や後方支援としてミハクとゼン、スゥハの肩にもふんと巻き付くオーマ。ここに、強大な術力を保持するカザンが加わっている。

ナキの森での実験に参加する人員選定は、難航を極めた。この島の秘密に大きく関わることから必要以上に輪を広げることが出来ないため、当初検討された騎士団への要請は却下となったのである。正直何が起こるかは全く未知数の為武力は確保しておきたいところだったが、数を増やせない現状ならばとルクスひとりの戦闘力に絞ることとなった。尤も、何人増えようともルクスに軍配が上がるであろうことは全員が分かっていたことのため、采配として歪にはならない。それよりも問題だったのが、術者確保である。しかしこれはカザン参入により解消された。罪人という問題もあったが、バクザからの説明により、カザン参加の価値に文句をつけるものは誰もいなかった。

そして、スゥハの参加についても慎重に検討を重ねた。不明だったのが、スゥハがナキの森に行くことで白い子どもに気付かれることはないか、という点だった。しかしセイシアの「恐らくそれはないと思います」という返答から、結論を出した。その時セイシアがオーマを見ていたことに、ルクスは気付いていた。オーマの役目はスゥハの守護なのだろうと解釈しているが、それはもしかしたら本来監視という色も含まれていたのかもしれない。

何にせよ、明日。

何かを掴めれば。

ルクスは静かに拳を握った。

最終確認が終わり、解散となった空間にスゥハの声が響く。

「陛下、ヨルシカ殿下」

呼び止められたバクザとヨルシカはスゥハに顔を向ける。

「申し訳ございません、もう少々お時間をいだけますか。ルクス、お前も」

構わない、と返事をして座り直すバクザ。ヨルシカも頷き、席につく。

「じゃお宅も一緒に行くか」

ワイザードがカザンに声をかけ、カザンは肩を竦めることで了承の意を表した。


ぱたりと閉じた扉。

少しだけ、スゥハは緊張していた。

ここ数日で明かされた世界のこと、自分のこと。

そしてそれと長い間対峙してきたであろうバクザと、この国の先を担うヨルシカに。

自分の想いを伝えておきたかった。

すう、と息を吸った。

「私は空の世界、この白い子どもの枠組みに疑問を持っています。出来るなら、この仕組みを変えたいと。ですが」

ルクスはそっと半眼を閉じた。白い子どもが耳を澄ませている、ということが分かってから、会話の内容には気を配っていた。しかし、スゥハもルクスも敢えて確認をしてこなかったことがある。

「恐らく然程猶予はないのでしょう。その時は、私は白い子どもとして浄化の道を探るつもりです」

決して、死にたい訳では無い。が、自分ひとりと、この世界を天秤にかけるのだ。明白な差が、そこにはある。

隣に座るルクスの表情は見えない。だが聡明なルクスのこと、恐らくスゥハがそう決めていることに気付いていた筈だ。お互い平行線を辿ることが明白な問題を、敢えて回避していたに過ぎないのだろう。

向かいに座るヨルシカの瞳は揺れていた。この少し気障な、とても優しい兄はそうなった場合きっと深く傷付いてしまう。しかし誰がどう考えてもこの天秤が逆転することはない。

「分かっている」

バクザは静かに答えた。真っ直ぐにスゥハを見て。

「だが、独断は禁ずる。この世界を正すために、少々の犠牲はもとより覚悟の上だ」

犠牲、という単語にスゥハは恐怖を感じた。音もなく、覆い被さる膜のようなものが侵食する。

犠牲とは何を指す?それがひとの命だった場合、失ってからでは遅いのに?

「犠牲を出したくはないのです。ならばその前に」

「押し付けられたものを容易く受け入れるな」

静かに、しかし厚みのある音でバクザはスゥハの言葉を遮った。

「己を下げてはいけない。拒否は弱者の証ではない。抗え。泣き喚くのではなく、考えるんだ」

ぐ、とスゥハは唇を噛んだ。分かっている、考えている、もうずっと。

だが立ち向かうものが巨大過ぎて、見極められないのだ。最後の砦の位置を宣言しておくことで、逆に自分の心が安定することも、否定出来ない事実として認めてしまっている。

「何故、そのように…。私がそうなることが、一番確実な策です。私は陛下の息子でも、ましてや、人ですらない存在です」

「そうだな」

バクザは頷いた。ヨルシカの肩が微かに震える。

「お前を息子だと思ったことはない」

「陛下…!」

堪らず声を発したヨルシカだったが、次を紡げないでいた。

ああ、

分かっていたことだ。

スゥハはその長い睫毛を少しだけ伏せた。

バクザから、父を感じたことはない。自分はサリュウの肚に埋め込まれた、異質な種に過ぎない。元より、家族ではないのだ。

大丈夫、痛くはない。

そう自身を確認していたスゥハは、次のバクザの言葉に固まることになる。


「だが、お前を大切に想う」


それはまるで知らない国の言葉のようで、噛み砕けないでいた。

「…え?」

「私はこの国の王。そして、お前はこの国で生まれ、育った子だ」

バクザは目尻に皺を寄せ、スゥハを見つめた。

「お前は私にとって、充分に守るべき存在なんだよ」 

動けないでいるスゥハに、バクザは顎に手を当てながら話し続ける。

「だから、お前のこともこの島のことも、無碍に扱われると虫唾が走る。どうにかして抗ってやろう、とな」

「…そんな、」

スゥハは自分の眼球の輪郭を感じるほどに、それが熱を持っているのが分かった。じわり、と視界が滲む。声を出すと、決壊してしまいそうで言葉が続かなかった。

「お前の覚悟は預かる。それでしか対応出来ない事態となったら、私も王として決断をするつもりだ。だが、それは今の問題だけではなく、この先の世界にも大きく関わる。早々諦める訳にはいかんのだよ」

分かったか?

そう問いかけるバクザの声は、まるでスゥハの頭を撫でるかのようにふわりとしたものだった。

決して触れられてはいないのに、バクザの温度をスゥハは初めて知った。

はい、とちいさく返事をする。

「はい。…ありがとう、ございます」

意地でも涙を零さんと堪えるスゥハは、震える声で答えた。ヨルシカはその様子を見て、ほっとしたように眉を下げた。

うん。さて戻るとするか、と立ち上がったバクザは、「あたた、また腰が痛い」と先程と同一人物とは思えない拍子抜けしたことをぶつぶつと呟く。顔を伏せたスゥハは、口の端だけで笑った。



ただひとり、ルクスはスゥハの肩に乗るオーマをそっと見つめる。

以前オーマが言っていた言葉。

その可能性について、思考を巡らせながら。



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