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たかが世界の終わり  作者: 森大洋
森のなか
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5 人形は其処で待つ

ヨルシカはカザンを嫌っている。

それは、敵視と表現することも出来る感情だった。

理由のひとつ、スゥハを軽んじたこと。腸が煮えくり返る、まさに臓腑が熱を発する程の怒りだった。

そしてもうひとつ。バクザから認められていること。バクザがカザンの部屋を訪ねたあの日、自分だけが退室を促された。今なら秘密裏に動かねばならなかった事情は理解出来る。だが、一度胸に燻ってしまった火種はじわりじわりと内面を焼く。それは即ち、自身の愚かさに等しいと分かっていても、処理出来ないでいた。

しかし。

目の前の男、カザン=コートリアスをヨルシカは改めて見つめた。

リラは王族は家族とは違うと言っていた。恐らくリラ自身の継承権は低いにも関わらず、問答無用で潰しておくべきと考える者たちに排斥されるのだろう。

だがもし、ちいさな島国とはいえ他国の王族と婚姻関係を結べばその野蛮な視線から逃れることが出来る。

「これからも、お前自身が護り続ければ済むのでは?」

話にならないとでも言うようにカザンは鼻で嗤った。

「世界を性善説で見るのは危険ですよ。俺は目的の為にあの女の傍にいただけです。この島に辿り着いた時点で、用済みだ。ああでも、自分の作品として証は施しましたがね」

「作品?」

「あの女は十に満たない頃、殺されかけたんですよ」

「…」

ヨルシカは言葉を発さず、目で続きを促した。

「ウォルダは王位継承権を持つ者が困ったことに多いんです。すると、王座には就けずとも少しでも自らの派閥の勢力を上げようと、それはそれは醜ーい潰し合いが常に起こります。あの女の母親は側室で、早い段階で死亡。死因は事故という、まあ珍しくもない結末です。後ろ盾もこれと言ってないあの女は大人しく生きていたようですが、継承権を持つのなら取り敢えず喰い散らかしの対象になりますからね。拉致され、森に棄てられたんです」

特段面白くもなさそうにカザンは話し続けた。

「俺はその森に暮らしてましてね。歩いていたら襤褸切れみたいなのが落ちてて何かと思いましたよ。顔はボコボコ、片脚はほぼ切断されて血だらけ泥だらけ。てっきり死体だと思ったんですが」

世界から虫螻と烙印を押されたその存在を見て、明確な感情が湧き上がった訳では無かった。それは善意ではなく、ただただ気紛れだったように思う。

「自分の術を試したいこともあり、持ち帰って治療を施しました」

リラが十に満たない頃なら、カザンもまだ子供の筈だ。そのような年齢から切断状態にあった脚の怪我を治療出来たのか。リラは歩行に支障があるようには見えなかった。完璧に治療をしたということになる。そもそも、治療分野の術式は希少性が高い。更に治療系の術式を得意とする術者は、ほぼ例外無く攻撃系は苦手な筈だ。


―この男は一体何者なのだ?


「俺が作り直したという証を、あの女の脚に刻んでいます。まあ記念ってところでしょうか。適当に放り出す予定だったんですが、いやまさか王女様とは」

カザンは口を曲げ、肩を竦めた。

「そこからはお互いを利用する関係となった訳です。あの女は自分を脅かす者から守れ、代わりに俺の願いを叶える為、協力は惜しまない、と。王族の護衛なんて真っ平でしたが、権力を振るえる人材を好きに動かせるなら、まあ妥協出来る線ですからね」

「…お前は何を求めてこの島に来た?お前の願いとは?」

ゆっくりとカザンは首を傾けた。髪が揺れ、数多の入墨が顕になる。


「この世界が気色悪くて堪らないんですよ」


「…何故?」

「おやおやおやおや、これはまた平和な疑問だ。まあ無理も無いでしょうね、貴方には理解出来ない。生まれたことそのものが、苦痛な存在だっているということですよ」


―ああ。

―そうか。


ヨルシカは繋がった気がした。何故リラがカザンを庇うように恨まなかったのか。

きっと、リラとカザンは根本が似ているのだ。この世界に存在していることが激痛となり、その痛みの中で世界を憎んでいる。命を繋いでくれた恩人だから、だけでは無い。彼女はきっと、カザンと共に居ることで居場所を創ったのだ。そこでなら自分は守られ、そして彼を護れる、と。

「まあ無知な幼い頃は、発散の対象を定めることすら出来ませんでしたが。ですがバクザ王からの情報で、俺の願いは形となりました」

カザンは宙に浮かぶ何かを毟り取るように、指先を丸めた。

「この世界をね、壊してやりたいんです」

指先を擦り合わせることにより、まるで何かを粉々にするような仕草をして、カザンは笑った。



「バクザ王も、そう思っているのでは?」


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