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たかが世界の終わり  作者: 森大洋
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14 このまま

スゥハは自分の身体が脈打つのを感じた。

そしてルクスが辿った思考を追走する。

確かに、出会った頃のオーマはルクスに対して警戒とも呼べる態度をとっていた。


―もう、だいじょうぶ。ルクス、いない。スゥハ、だいじょうぶ。

―ルクス、いらない。ルクス、いない。スゥハ、あんしん。


ルクスが下に墜ちた時、オーマはそう言っていた。ルクスが居なくなればスゥハは大丈夫、安心、と。つまりルクスがそれを脅かす存在である、と見做していたことになる。

そんな馬鹿な。

スゥハの心はそう叫んでいても、どくどくと血の巡る音が耳元で響いていた。

「ルクス?」

オーマはきょとんと返す。そ、とルクスは微笑む。しかしその微笑みは何故か遠く感じた。

「しってる」

「教えて?」

ん、ん、とオーマは体をちいさく揺らしながら答えた。


「ルクス、スゥハのいちばんのすき」


「…え?」

説明出来ることが嬉しいのか、誇らしげにオーマは頭を揺らした。

「スゥハ、ルクスいるからいきる。ルクスいるからげんき。ごはん、ルクスいるとたべる」

「ちょ、ちょっと待て…」

慌てたスゥハが小声で制そうとしたが、自信たっぷりなオーマは止まらなかった。

「ルクスも、スゥハいちばんたいせつ。こいばな、オーマとのひみつ。オーマも、ルクスとごはん、すき」

まるで笑うようにオーマは目を細めた。


「スゥハとルクス、いっしょいる」



部屋の中は思いがけずほんにゃりと生温かくなっていた。

ワイザードは「おじさん恥ずかしい」と目を覆い、ゼンは幾度か咳払いをする。シャイネは「ほお」というよく分からない顔をしており、セイシアは変わらず凪、スゥハは小刻みに震えている。

ただルクスはその空気には頓着せず、下を向き思考を纏めていた。

オーマは、世界樹に何かを捧げたことにより以前感じていたルクスに対する違和感が消えてしまったのかもしれない。だから、先程のオーマの言葉はルクスという存在の立ち位置、輪郭ではなく内情からのものだ。

そうだ。自分という存在の出自が何であれ、それこそ役割があったとて。

スゥハと共にある。

これがルクスの全てだ。

ばちん、と頬を叩き、へにゃりとルクスは笑った。

「オーマ、ありがと」

ただただ感謝を受け取ったオーマは嬉しそうにん、ん、と答えた。

そんなオーマを肩に乗せ、代理公開告白のような事態に晒されたスゥハは目をぎゅっと閉じ、顔を赤く染めていた。


「さて、」

シャイネは会話を再開した。

まだ赤味を残すスゥハの頬が不思議なのか、オーマは頭を擦り付けている。

ナキの森については、可能な限り迅速に準備を進めたい。恐らくワイザードもそうであろう。

眠りたいと言ったセイシア。強く影響を与えたのは、サリュウ。朧げではあるが、全体像が姿を現し始めている。

現時点で特に欠けている要素は…。

「セイシアさん、紋の者たちとは関係がありますか?」

「いえ、特には」

「彼等はいつから現れたんすかね?」

「…恐らくこの国が興ったあたりかと」

「彼等は空の存在を知っている?」

「はい」

ふむ、とシャイネは考えた。白い子どもやサリュウについてと比べるに、明らかにセイシアの回答の歯切れが悪い。予想でしかないが、紋の者たちは白い子どもに対する集団心理から生まれたものなのではないだろうか。となるとそれは非常に人間的なものであり、セイシアにはうまく理解出来ない部分かもしれなかった。少し角度を変えて確認をする。

「紋の者について、陛下はご存知っすよね?」

「はい」

シャイネは頷いた。空の世界に対して人間が興したものについては、バクザから確認した方が的確だろう。尤も、彼がいつその機会を作ってくれるかは定かでないが。

「ありがとうございます」

シャイネは礼を言い、スゥハを見た。ワイザードも時計を見て頷く。

今日は世界樹の元にミハクを向かわせている。観察の体であるため、不自然な程の長時間にはしない予定だった。頃合いでは、という意味である。

スゥハも2人の意見に賛成だった。

「セイシアさん、本日はここまでにいたします」

変わらない表情のまま、セイシアは目を伏せた。



**************



スゥハはルクスと共に執務室に戻っていた。

オーマには鳥になって、セイシアとの対話が終了したことをミハクに伝えに行ってもらっている。

スゥハは執務机に後ろ手をつき、寄りかかった。

「…流石に少し頭が疲れた」

ルクスはへにゃりと笑い、スゥハの蟀谷をくりくりと揉んだ。

「情報量が鬼畜ですからね」

「…お前もな」

ルクスの手に、スゥハは自らのそれを重ねた。そして目を閉じる。

「オーマにはしてやられたな」

目を閉じたまま、スゥハは笑った。その赤みの消えた頬を、伏せた長い睫毛を、ルクスは改めて見つめる。

「スゥハ様」

ん?と目を開けたスゥハの手を優しく握りながらルクスは跪いた。そして、そっと手の甲に口付ける。

「俺の存在が何であれ、スゥハ様と共に在ります」

す、とスゥハを見上げた真剣な表情のルクスに思わずスゥハは吹き出してしまった。

「え?ちょっと何で!」

「畏まってる…」

「俺の決意を改めて伝えたのに!格好良かったでしょ?」

ふふふ、と笑いながらスゥハは答えた。

「普通がいいよ、私たちは」

ちっとも普通じゃない自分たちは、素で居られるお互いを愛おしむのだ。

ひょいと肩を竦め、ルクスは立ち上がった。

「たまにはこういうのも惚れ直しません?」

スゥハはルクスの頬に手を伸ばした。

「これ以上か?」

微笑んだスゥハに、ルクスもふわりと笑みを返す。

「狙うは日々更新です」

ゆっくりと顔が近付き、こつりと2人の額が重なる。

「知らなかった、勤勉だな」

「嘘、俺のこと良く分かってるくせに」

「…そうだな」

「今は、分かる?」

濡れたようなルクスの目を見つめ、そしてその瞳の中に映る自分の姿をスゥハは見つけた。

ん、とスゥハは答えた。

「分かる」

スゥハはルクスに見つめられることによって体内の粒が震えるのを感じた。ぱたりぱたりと裏返るそれらは、風が吹くように、花開くように、スゥハの季節を、景色を変えていく。

薄氷の上に立つ2人は、一歩でも踏み抜くと冷たい湖に堕ちてしまう。その一歩を間違えないように、お互いを伝え合い、確かめ合うのだ。

「叶えて?」

ルクスの声が優しく響く。

それは情欲からではなく、呼び声。

ここだよ、飛び込んで大丈夫だよ、というスゥハの導の光。

「仰せのままに」

スゥハは悪戯っぽく笑って答えた。


そして目を閉じ、少しだけ背伸びをした。



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