13 温度のない陽だまり
肌で、スゥハは隣に座るルクスの空気が変わったことを感じ取った。
「…ルクス?」
ルクスは視線を真っ直ぐ前に向けてはいるが、思考は別のところに行っているようだ。
「どうした?」
ルクスは静かに思考を深めていた。
自分が発見されたナキの森は、白い子どもの根の穴だった。
言葉を知らず、しかし躾はされているようだった幼い自分。
孤児院の呼びかけに応える存在はいなかった孤独な自分。
仕立ての良い服に包まれ、しかし薄汚れていた自分。
空の世界と、白い子どもと、関係はあるのか?
分からない。
この情報をここで共有する必要はあるか?
―共有することで、危険はあるか?
ナキの森のことを聞いたほぼ直後にカザンの事件が起きたため、スゥハに話すことを後回しにしていた。
ここで話す利点は何よりも白い子どもの干渉を警戒せずにいられること。
逆に不安点は?
―俺の存在の不明瞭さ、か。
ようやっと解明が始まった今、新たに謎を投下することになる。
謎、と定義してしまっている時点で、ルクスは自分がナキの森にいたことに何らかの意味があると考えていることを客観的に理解した。
そう、自分の内のみで答えを見出せることなどほんの僅かだ。表に出し、多角的に検証をした方がいい。
何よりも、スゥハに隠し事をすることは望んでいない。
つ、とルクスは焦点を戻し、スゥハ、そして部屋の面々を見回した。
「少し脱線、いいでしょうか」
**************
「成程」
ワイザードが腕組みをしながら後に仰け反った。シャイネは顎に人差し指を付けたまま静止している。
ルクス同様、ここに居る全員が『たまたまナキの森で迷子になった』という解釈を選択していないことは明らかだった。
「セイシアさん」
セイシアは声をかけたルクスに顔を向ける。
「俺は空の世界の存在ですか?」
微かにセイシアは顔を傾けて、回答をした。
「いえ、違うと思います」
ルクスは頷くのみで、その答えを受け取った。
やはりそうではない。そうだ、もし自分が空の世界の存在、人ではないものであったならば、カザンから早々に指を指された筈だ。リラに引き摺られ散々行動を共にしていたが、カザンはルクス自体には然程興味を持っていない様子だった。
自分に対して異質な態度をとった存在は…。
ソファが軋む音がした。どうやら仰け反っていたワイザードが姿勢を戻したようだ。しかしその表情は先程までとは違う色を宿していた。
「嬢」
ワイザードは隣のシャイネに声をかける。いつの間にか、シャイネの表情も変化していた。彼女は目だけでワイザードに反応する。
「多分俺等は同じとこに行き着いてる」
「…っすね」
「スゥハ殿下」
ワイザードは続けてスゥハに声をかけた。
「第1、第2、第3、全研究所合同調査の必要があります。場所はナキの森、近日中に。それから嬢に第3の権限を」
「分かった。本日付けでシャイネは第3研究所所長代理、私の許可が無くともシャイネの判断が第3の決だ。書面は追って起こす」
「ありがとうございます」
スゥハは頷いた。
2人が何に気付いたのかは分からない。しかし2人共に行き着いている場所ならば、正解に近いのだろう。そしてそれをこの場で説明しない、ということはおいそれと語れる予測ではない、と結論付けている証拠だ。
スゥハは少し上を向き、空気を多めに身体に取り込んだ。スゥハの肩に乗っていたオーマはその揺れに合わせて自らも上を向いた。
その仕草を横目で見ていたルクスは突如思い出した。
自分に対して異質な態度をとった存在。
オーマ。
世界樹の実から誕生したオーマは、明らかに線引きがあった。
スゥハと、それ以外。
しかしルクスはそのどちらにも属していなかったように思う。オーマはルクスに、他の人間に対する意識とは違うものを張り巡らせていた印象だった。
それは観察するような、スゥハから離そうとするような。
スゥハに害を成す可能性を保持している存在と見做されていたような。
だが次第に、オーマはルクスと打ち解けていった。切欠はルクスが下の世界に墜ちた時期だ。帰還し、その直後オーマは世界樹に何かを捧げた。青白い瞳は黒く変わったままだ。
下の世界。
自分を陥れた紋の男は、何故自分を狙った?スゥハの近くにいる存在が邪魔だった、と解釈していたが、それは正しいのか?
スゥハは白い子ども。世界を浄化する。
紋の者も世界を守るため行動しているという。なら、スゥハの犠牲を阻むであろう自分を排除しようとした、この構図自体は成り立つ筈だ。
―本当にそれだけか?
ルクスは掌を一度開く。汗ばんだ皮膚に空気を当てる。世界と触れ合う。
そしてまた、掴み取るように拳を握る。
「オーマ」
ルクスに声をかけられ、オーマはん?と首を捻った。
「オーマは、俺が何だか知ってるよね?」




