11 逃れられない影のよう
シャイネは檻を模した自らの掌を、あっさりと解いた。
「とまあ、これはあくまで予想っす」
飄々とした態度そのままに、掌を膝の上に置く。しかし目はセイシアを真っ直ぐに見つめていた。
「本当のことを知りたいんです。何故なら、命がかかっているから。セイシアさん」
静かに2人の視線は交わった。
「白い子どもは、何故人々の会話を聴いていると思いますか?」
やがてセイシアは目線を外した。
「…仰る通り、監視、と呼ぶのが正しいのかもしれません。ですが、全てが敵意かどうかは、私には分からないのです」
「セイシアさんは白い子どもと意思疎通が出来る?」
「世界樹に触れると、白い子どもが聴いた島の声が響いてくることがあります。それで、島の出来事は共有されていました。また私の言葉も恐らく伝わっています。ただ、白い子ども自身の声は聞こえません。枝の揺らめきなどはありますが…」
「成程。白い子どもの耳から逃げる術はありますか?」
セイシアは少し考えた後に言った。
「全てを同時に聴いている訳では無いので、何かの音に意識が固定されれば、掻い潜ることは可能かもしれません」
「より重要な話題、とかですかね」
「いえ、寧ろ…唄、などかもしれません。分かりませんが」
シャイネはスゥハをちらりと見た。スゥハは頷く。
サリュウは昔、世界樹の元で唄っていたという。関係があるのかもしれない。
「ありがとうございます。世界樹から響く島の声とは、白い子どもや空の世界といった内容に限定されますか?」
「そうだと思います」
「セイシアさんのような存在は他にも?」
「…おりましたが、今は分かりません」
「セイシアさんたちは、島の外に出られますか?」
ぴたりとセイシアは止まった。考えたことすらないその質問を、反芻しているようだ。
「…分かりません」
ふむ、とシャイネは人差し指を顎に当てた。
「遺物が島の外では機能しない、これは遺物って空の世界と関係があるってことじゃないっすか?空の世界の影響が強いこの島以外では、停止してしまう。空の土のような存在だったというセイシアさんたちも同様なのか、それとも活動可能なのか…。昔は居たその存在が今はどうなっているか分からない、となると島外に出た可能性も視野に入れなければなりません」
「…」
「そもそもセイシアさんはご自分の役割を『継続』と呼びました。それ以外はしてはならないのに、と。何故、そのように決められていたのでしょうか?」
「存在するものは全て役割があります」
「それは持って誕生する、ということっすか?」
「…その為に誕生する、でしょうか」
スゥハはルクスを下の世界に閉じ込めた紋の男の言葉を思い出していた。
―私は盤上にすら上がれない。この世界には、指し手がいないのです。だが、貴方は駒だ。
盤上の駒は、それぞれ動き方が決められている。それ以外の動きは出来ない。
ルール外。
スゥハを駒と呼んだ。それは間違いなく白い子どもという駒として、だろう。白い子どもの役割は世界の浄化。その役割のために創られた存在。
―この世界はとても優しく、とても美しい。…ですが、世界とは、集団とは、なんと薄気味悪いのでしょう。
薄気味悪い。
そうだ。
目的地を知らぬまま集団は走り続ける。止まることを赦されず、走り続ける。
やがて脚は縺れ、皮が捲れ、肉が剥がれても。
勝手に修復が行われる。
修復されたその脚に鱗が生え、粘土が詰め込まれていても。
与えられた役割のみを持つ脳の無い集団は、盲目に走り続けるのだ。自らの姿が化物に成り果てていようと気が付かずに。
空の世界は、この地に蓋という役割を課した。
そして置き去りにされたセイシアは、その蓋という存在の継続を担ったのだろう。
縫い付けられた役割は外せないとでも言うのか?
巫山戯るな。
「セイシアさん」
スゥハは呼びかけた。セイシアは変わらず静かに首を捻り、スゥハを見る。
「セイシアさんは、空の世界は正しいと思いますか?」
ぴくり、とセイシアが震えたように感じた。
「いえ、言い方を変えます。セイシアさんは、どうしたいですか?」
「私は…」
セイシアは言葉を継ごうとし、しかし口から出そうになったその言葉に、驚いているようだった。飲み込み、もう一度確かめる。
幼子が泣いている理由を母から問われ、必死に説明しようとするように。
自分に起きたことを、感情を、改めて見つめる。
初めて、セイシアの眉が苦しそうに顰められた。
「私は、もう眠りたい」
数百年を生きるその存在は、とてもか細く見えた。




