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たかが世界の終わり  作者: 森大洋
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8 そこにある命たち

ぷすり、とスゥハは果物をフォークで刺し口に運んだ。

果汁が口の中に広がる。小さな種が時折歯にあたる。

こくり、と飲み込む。


この世界は魔獣が空の世界に侵攻しないために創られた蓋。

その蓋に、意味もなく発生した生物たち。

無意味に生まれた人は無意味に生まれた食物から栄養を得て、無意味に生きている。

果物が身体の内部に入っていく感触を、今までどう受け入れていたのか少し分からなくなってしまいスゥハはフォークを置いた。

「もういらないんです?」

もしゃもしゃとサンドイッチを頬張っていたルクスが、しっかり飲み込んでから声をかけた。

「お前はよく食べるな」

「元気な男の子ですから」

スゥハは小さく笑った。

ルクスのこういう部分は、自分よりも圧倒的に長けている。

スゥハは自らの存在の不透明さからか、些か考え込んでしまいがちな性格だ。だがこのルクスという男は、問題を抱えているとしても「それはそれ」として脳内を整理し無駄に立ち竦むことをしない。

「逞しいことだ」

早くも二切れ目を完食したルクスは悪戯っぽく笑った。

「難しくすることなんて、ないです。飯がうまい、これは幸せですよ」

「ルクスさん、眩しいです」

手を顔の前に翳しながら目を細めたスゥハに対し、悟りを拓いたかのようにルクスは上を向いて巫山戯返す。そして2人で吹き出した。

テーブルの上に座りそんな2人を見ていたオーマはルクスの手を前足で踏み、催促をした。

「それ、オーマも」

恐らくオーマは食物から栄養をとって活動している訳ではない。だが最近、美味しそうに食事をするルクスに度々食べさせろと強請ることがある。

ちょっと待ってね、と言いながらルクスはパンを千切る。その上にハムの欠片を乗せ、オーマに差し出した。

「召し上がれ」

すんすん、と匂いを嗅いだオーマは小さな口を開け、もももっと食べた。

オーマですら食べるのだから、自分が喉を通らないなんて言っていられない。

再びフォークを持ち果物を口に運んでいるスゥハを見て、でかしたぞとばかりにルクスはオーマの顎についたパン屑を払った。しかし褒められたとは理解していないオーマはもっと頂戴とばかりにルクスの手をぽむぽむと叩いていた。

昨日、セイシアの部屋にはオーマを連れて行かなかった。あまりに全員出払ってしまうのもよくないと判断し不測の事態に備え部屋で待機させていた。だが、次からはオーマも連れて行こうと思っている。

世界樹、白い子どもに何かを捧げることで猶予を作ってくれたであろうオーマ。うまく理解出来ないかもしれないが、オーマにもオーマ自身のことを改めて知る必要が、きっとある。

オーマはルクスに撫でられ、気持ち良さそうに目を閉じている。

そうだ。

始まりはなんであれ、どう生きるかは自分たちにかかっている。

選ぶことは赦さないと阻害されるなら、それに抗うのみだ。

スゥハは生命力に溢れた瑞々しい果実にフォークを突き刺した。




********************




チャコチャは数人と共に建物の外に出た。

今日は各領地にある遺物管理局と遺物を研究する第2研究所が合同で行っている定例報告会の日だった。

眩しい陽射しは、疲労が蓄積している身には少々辛い。チャコチャはこっそり溜息をついた。

「お久しぶりです」

突然声をかけられ、顔をあげる。そこにはスゥハとルクスがいた。思わず背筋を伸ばし、一礼をする。

「お変わりございませんか?」

スゥハはにこやかに会話を続けた。

「はい。殿下もご健勝のことと存じ、安堵いたしました」

堅物丸出しなチャコチャの返しが、逆にスゥハには嬉しく感じた。この不器用で誠実過ぎる人物には信頼を置いているだけでなく、少しだけ自分に似た部分を感じるのだ。

「ジルキドさんは、その後如何ですか?」

ヒュンケの葬儀に参列して以降、風の領には行っていない。王族が出向くと労力をかけてしまうし、息子を失った父を王宮に呼び出すのも憚られたため、距離をとったままとなっていた。

領主として力のあるジルキドだ、恐らく管理体制などに歪みは出ないだろう。そう踏んだ上での、半ば確認のような質問だった。

しかし真面目が擬人化したような男チャコチャは、どういうわけか言葉に詰まっていた。

「…まさか、御身体の具合が?」

「あ、いえ!失礼いたしました。そのようなことはございません。お変わりなく過ごされています」

慌てたようにチャコチャは否定した。スゥハはそうですか、と返事をする。

「…何か、気になることでも?」

ルクスが伺う。歯切れの悪いチャコチャは、明らかに何かを抱えている。チャコチャは何度か微かに口を開閉し、伝えるべきか迷っているようだった。

伝えるべきだろうか、この予感でしかない違和感を。

曖昧な個人の意見を、推測の域を出ない不躾な感覚を、王族に伝えるのは躊躇われた。

しかし、以前も確実な証拠を握ってから、と報告を延ばした結果ヒュンケが亡くなっている。

同じ過ちを犯すわけにはいかない。

「…大変、無礼なことを申し上げます。そしてとても奇妙なことです」

「構いません」

スゥハは先を促した。

意を決したチャコチャは真っ直ぐスゥハを見つめて言った。

その口から出た言葉は、確かに奇妙な表現だった。


「ヒュンケさんの存在だけが、ぽっかりと消えたように感じるのです」



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