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たかが世界の終わり  作者: 森大洋
花と蛇
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6 そして冒頭へ

その部屋は折角の高い天井を生かさない、薄暗い空間だった。

数々の美術品、装飾品、武器というよりは拷問具よりのもの、動物の剥製、そしておそらく遺物たち。

本当に見た目を裏切らない悪趣味な人物のようだ。ある意味、幸運なのかもしれない。この見た目で実は善人であった場合、その人生はかなり過酷なものであろう。ただ、この蛇は嬉々として自分の趣味に邁進しているようなので、そのような心配は無用である。

「さて」

どうやらこの部屋は執務室も兼ねているのか、奥に鎮座している机の引き出しから一枚の書類を出し、蛇はこちらに歩いてきた。

スゥハ達が座っているソファの向いに、この屋敷の主人は悠然と着席した。革張りのソファの片側にスゥハら3人が並んで座っている。テーブルの上には灰皿なのだろうか、置物があり、その縁には上半身が人間の女性で下半身が蛇のよう、という不思議な生き物が装飾されている。女の口が大きく開いていて、それが角度的にこちらを向いているため非常に気持ちが悪い。

「好きなだけ、確認を」

テーブルの上に契約書を置く。スゥハがそれを持ち、じっと見つめる。

「なるほど。タグリットさんの字で間違いないですか?」

契約書を渡されたタグリットは、署名されている自分の名前を見、少しだけ悔しそうに答えた。

「はい、俺の字だと思います」

「分かりました。ですが、御本人が覚えていないということは締結の効力としていささか覚束無いのではないでしょうか。状況如何では、違法となりますね」

「これは心外。証拠もなしに言い掛かりとは」

「証拠、ですか…」

スゥハはぐるりと部屋を見回した。

「見たところ、かなりの数の遺物をお持ちのようだ。希少なものもお持ちでしょう。ただ、もし規定によって所持が禁止されているものをお持ちでしたら、それは重大な罪となります。国に報告することなく、発見したものを隠蔽していた場合も、重罪です。一度検閲をしていただくほうがよろしいかと」

蛇が、初めて少々煩わしそうに首を傾けた。

「ご存知かと思いますが、遺物の能力は強い。普通の人間ではその能力に抗うことは不可能でしょう。強制的に、その能力を個人的に使用しているとなると非常によろしくない。もしご多忙なのでしたら、私から管理局に検閲申請をして差し上げましょうか」

「よく動く唇だ」

蛇がにい、と笑いながら言った。

「可憐だな」

タグリットが悪寒に耐えきれず、肩をびくりと震わせた。そして、自身の違和感に気付く。

「あっ…」

タグリットの身体は、彼の意思通りに動くことが出来なくなっていた。かろうじて漏れた声を最後に、指先すら、思い通りにいかない。自由を奪われていない目だけ動かし、隣のスゥハらを見つめる。スゥハ、ルクスともにじっと蛇を見つめていた。ピクリとも動かないところを見ると、彼らも身体の自由が利かないのであろう。蛇が楽しそうに、くくっと笑った。

「私は美しいものを愛している。しかし、悲しいことに生きるということは老いると同義。そこでこの男の能力を試してみたくてな。美しいものを美しいまま、少しでも永く保てるのであればこんなに素晴らしいことはないわ。ああ、しかし」

立ち上がり、灰皿に手を伸ばす。そして、縁の装飾の女の顎を触り、く、と上に動かし口を閉ざした。

なるほど。

ルクスは合点がいった。その装飾はギミックで、恐らくその中には遺物が入っているのだろう。能力の方向をこちらにのみ絞る位置で配置していたのだ。

「今日はなんと素晴らしい日かな。そなたほど、美しい人間を見たことがない。無謀は罪だが、愚かにも、自らこちらに堕ちてくる様すら愛おしい」

蛇は入っていた上着をはらりと床に落とした。

大きく胸のあたりが開いた服の下からは、青白い肌が見えている。悠然と歩き、スゥハの前で止まった。見下ろすように屈み、スゥハの白い頬を触る。

中指の先、薬指、人差し指、やがて掌…。

その頬の温かさ、滑らかさに、蛇は明らかに興奮していた。色がついていないのが不思議なほどの、毒のような息が漏れる。頬を撫でていた手を首へ、肩へ、二の腕へ、と下ろしていき、ぐいとスゥハの手を引き上げる。

その時、蛇の胸元から金の鎖の首飾りがふわりと乱れ出た。立ち上がらせたスゥハを後ろから抱きとめ、首に顔を埋める。はぁ、と恍惚とした息を漏らす。ゆっくりと震える舌を伸ばし、スゥハの首筋にぴちゃり、とつけた。顎を押さえていた指を動かし、スゥハの下唇を下に引き下げる。赤い唇が捲れ、白い歯が中から覗く。首を舌でなぞりながら、スゥハの少し開いた口を見て、あぁ、と蛇はうめき声をあげた。蛇は勃起していた。

「素晴らしい…。お前はどんな声で鳴く?どんな風に善がる?ああ、早く私の下で揺すってやろう」

つと目を上げた蛇は、噛みちぎらんばかりの激情を発しているルクスと目が合った。

「ほ。なんという顔よ。これはお前の男娼か?いや、お前が、か。哀れよなあ。愛を請うために尻尾どころか腰を振り、しかし助けられなんだなあ。冥土の土産とやらに、お前の主人が乱れる様を見せてやろうか。そら」

蛇が背後に向け声を上げると、部屋の扉が開き蛇の護衛が数人を引き連れて入ってきた。そのまま進み、部下2人がルクスに剣を抜く。後ろに回り込み、首元で剣を交差させた。

「ほ ほ」

笑いながら、蛇がスゥハの胸元に手を差し込もうとした瞬間。

2人の護衛が、後ろに吹っ飛んだ。

「ああもう!!もう無理です!!」

怒りに塗れたルクスは立ち上がりながら大声で捲し立てた。

「もういいですよね!これ、違う!ただの変態!!殺していいです?!」

その言葉に、素早く長身の護衛がルクスを間合いに入れた。タグリットは、相変わらず動けない自分となんでか動けるルクスにびっくりし、心の中で、え、え?と大混乱していた。

予想だにしなかったルクスに一瞬呆けた蛇だが、すぐにハッとすることになる。その理由は、自分の腕の中にいる、動けないはずの美しい猫が震えていたからだ。

「ああ、もしやと思ったが完全に大外れだ。でも殺すな。話を聞かなくてはな」

スゥハは笑いを堪えきれず、震えていたのだ。タグリットはまたしても、え、え?!俺だけ?!と大混乱継続中だ。

丸腰のルクスに、長身の護衛の一閃が放たれた。横、突き、全て正確に急所を狙う攻撃をす、す、と最小限の動きで躱していく。

「おっせえよ」

何発目かの攻撃を躱したルクスが呟き、強烈な肘鉄を護衛の顔面に食らわせた。そして流れるように剣を払い、自分より大柄な護衛の頭をつかみ床に叩きつける。大きな衝撃音の裏に、鼻の骨が砕ける音がした。そしてルクスはすぐに顔を顰めた。

蛇が長い針のようなナイフを、スゥハの首元に当てていた。そして蛇の左右には、数人の新たな護衛が剣を構えている。ゆっくりと立ち上がったルクスは、両手をゆっくり上げ顔の横、掌が蛇に見えるような形で止めた。

「これが大事だろう?鎮まれよ」

形勢逆転ならず、といったところか。と蛇が笑った。見せつけるように、スゥハの首元に針でゆっくり円を描く。

早く終わらせよう。

ルクスはそう思い、掌は蛇に向けたまま人差し指をく、と曲げてスゥハを指した。

「何勘違いしているか知らないけど、その人俺より強いよ?」

は、と蛇が疑問を言葉にする前に、針を持った蛇の手首がぐるり、と尋常でない方向に曲がった。

「あっ、あがぁっ……!!」

後ろにたたらを踏み、蛇が顔を歪める。額に一気に脂汗が滲む。

悠然と、スゥハは蛇を振り返り、見下ろした。

く、と顔をあげ、周りにいた護衛たちを見渡すと彼等は喉を掻き毟って溺れるように喘ぎ始めた。

「弱いものいじめのような形になり、申し訳ない。貴方がもしやあちらとの繋がりを持っているのであれば、と思ったのですが…全くの見当違いだったようで」

護衛たちは息が出来ず、失神している。

床にペトリと座り込み、喘ぎながら涎を垂らす蛇の胸元からは金の首飾りが見えていた。その装飾は、一振りの剣に巻きついた蛇だった。これではないのだ。スゥハ達が求めている情報のひとつは、これではない。

ああそうだ、と思い出したようにスゥハは続けた。

「お詫びを兼ねてと言いますか、些か性欲が溢れているようにお見受けしましたので、心ばかりに…」

スゥハがす、と蛇の股間を指さすと、鈍い音がした。蛇の股間から赤い染みが広がる。

「あぐぁ、あっ、あっ、あっ、…」

「治療を施しました。最も、もう人の一生分は使ったのでしょうから、充分でしょう」

にこり、と天使のように微笑んだスゥハは、まるで午後の一仕事を終えたとばかりな気軽さで、ルクスを振り返った。

「オーマが報告をしているだろうから、もう少ししたら風の領の警備隊が到着するだろう。それまで…」

言葉が途中で途切れた。駆け寄ったルクスが、スゥハをぎゅうっと抱き締めている。

「俺、こういうのやです…」

スゥハよりも背が高いルクスは、頭を首筋に埋め、苦しそうに呟いた。

「ん…。悪かった」

スゥハはルクスの髪をクシャリとし、目を閉じた。心なしか、頬が色づいているように見える。一方、犬のようにスゥハの肩口に額をグリグリ押し付けたルクスは、ガバリと顔をあげ、おもむろに自分の袖でスゥハの首筋を拭い始めた。

「もうすぐ帰りましょ。風呂入りましょう、俺洗うから!」

「嫌だよ、お前大きいから湯舟が狭くなる」

「ぎゅうっとすれば大丈夫です!」

「てか痛い」

スパン、と頭を叩かれたルクスが、だってやなんだもん、と駄々を捏ねている。

館の外が騒がしくなってきた。恐らく、警備隊が到着したのだろう。

手首と股間を潰され、息も絶え絶えの虫のように這いつくばっている蛇と、床に血溜まりをつくって動かない護衛、一発でのされたその部下たち、そしてそんな状況なのにどう見てもイチャイチャして見える男2人。

相変わらず動けないタグリットは、なんかもう帰りたいな、と思っていた。

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