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たかが世界の終わり  作者: 森大洋
番外編:青く、澄んでいた
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2 いい趣味してるね

街中に陽気な音楽が鳴り響いている。

空の祭はこの国最大の祭である。そしてこの国ならではなのだろうが、たとえ国最大の祭だろうと王族が出張ることはない。バクザも毎年普通に街で楽しんでいた。

隣にはキズィルがいる。彼は意中の女性を誘おうと台詞の練習までしていたのだが、どうやら実家が何かの店らしく寧ろ本日は残念ながら大忙しのようだ。どうも女性があまり得意ではないバクザは隣で「きっと嘘じゃない、断り文句じゃない…」と呪文のように自らを励ましているキズィルが少し羨ましかった。

しかし王太子という身分からいつまでも他人事のようにのらりくらりとしている訳にもいかない。国の為にも身を固めることは大切だ。

だがどうしてもぐいぐいくる御令嬢や、気合の度合いが香水の強さに比例するかのような夜会はほとほと疲れ果ててしまう。まあ、いつかどうにか考えよう。苦手な分野を頭の片隅に追いやったバクザの鼻を香ばしい匂いが擽る。そう言えば、小腹が空いてきた。

「キズィル。奢ってやるからもう前を向け」

何でお前は傷口を抉るのよう、と泣きべそをかくキズィルを引き連れ、屋台に並ぶ。

「二本頼む」

はいよ!と威勢のよい声と同時にずいと串焼きが渡される。

「熱いから、気を付けてな!」

額に汗を滲ませながら店主がにかっと笑う。つられてバクザも微笑んだ。

空からは光が降り注いでいる。

そっと空を見上げ、続け街並みを眺める。

きっとこれが平和というものだろう。

だから、自分の予感はきっと、何かの間違いなのだ。

数年閉じ込めている、その荒唐無稽過ぎる違和感を改めてバクザは宥めた。

そうだ、そんな筈はないのだから。

隣を見ると、キズィルが涙を浮かべながら「美味しいね、ありがとね」ともしゃもしゃ串焼きを頬張っていた。

うん、これが現実だ。大丈夫だ。

そう決着をつけ、あんぐりと口を開けた時。

くい、と服が引かれた。お?と思い目をやると、ちいさな男の子が涎を垂らさんばかりに串焼きを見つめている。どうやら思わずバクザの服を握ってしまったようで、本人はバクザと目が合うと、びっくりして手を離した。

「腹が減っているのか?」

屈み込み、話しかける。おど、とした男の子は今度は自分の服を握りしめ、目を泳がせている。

「逸れたんかね」

キズィルが言う。周りを見ても家族らしき存在は見当たらない。

「家族はどうした?」

「…にいちゃん、いなくなった」

ふむ、とバクザは考える。そのにいちゃんからしてみれば、居なくなったのはこの男の子の方であろう。そしてにいちゃんということは親は一緒ではないようだ。これはにいちゃんはさぞかし焦っている筈である。

「よし」

ひょい、とバクザは男の子を肩車した。わー!と男の子は歓声を上げる。

「にいちゃんを探すか」

気を付けて食べろよ、と串焼きを男の子に渡し、バクザは歩き出した。



**************



「そんでね、ミイちゃんはおれのこといちばんすきっていったの」

ほほう、とバクザは相槌を打った。先程から男の子は只管に恋愛事情を開示してくれている。

「ではチッカもミイちゃんが好きなのか」

チッカと名乗った男の子はぐにぐにとバクザの頬を引っ張る。

「ちーがうー!おれはランちゃんがすきなの!」

「そうか。じゃあミイちゃんにはごめんなさいしないとだな」

「なんで?おれのことすきなままでいいじゃん!」

「それは誠実ではないんじゃないか?」

「せいじつ?なにいってんの?おれのきもちがかわるかもじゃん!あったまわるー!」

「…そういうものか?」

バクザはキズィルに助けを求める。しかしキズィルは涙を溜め「こんなチビの時からモテるなんて、碌な大人にならん。今ここで呪うべきだ」と呪詛を零していた。バクザは疎い恋愛について、考えながら言葉を紡ぐ。

「好きという気持ちは変わってしまうのか?」

「だっておれまだわかいもん!うんめいのひとにあってないかもしれないじゃん!」

「運命のひと、か…」

果たして自分にもそのような存在がいるのだろうか。それは砂漠から一欠片の塩を探し出すが如く、出逢うことは到底不可能に思えた。

ねえ、もてないのー?と言いながらチッカはバクザの髪の毛に戯れている。すっかり懐かれてしまった。

「おい、ちゃんとにいちゃん探してるか?」

あ、そっか、とチッカが呑気に返事をした時、「チッカ!!」という声が響いた。

「お前、どこ行ってたんだよ!この…馬鹿!!」

走り寄る少年はどうやら探し求めていた兄のようだった。よいしょ、と膝をつきチッカを降ろす。先程までの恋愛マスターの面影が吹き飛んだチッカは、泣くのを堪えて兄にしがみついた。子どもは感情の起伏が激しいというが、くるくると変わるその色がバクザには眩しかった。

「あの、すみませんこいつがご迷惑を…」

「いや、構わない。見つかって良かった」

「良かったねえ!」

兄の後ろから女性の声がした。

「本当にありがとうございます、手伝ってくれて…」

いいよいいよう、とさばさばと手を振る若い女性。バクザは息を呑んだ。

その女性は長い髪をふわりと風に靡かせ、屈託なく笑っている。その立ち姿は、世界に同化することなく我ここにありと言わんばかりの明確な輪郭で、浮き出ているようだった。

「ほら、行くぞ」

ぺこりとバクザ達にお辞儀をした兄に手を引かれ、チッカはバクザにふるふると手を振りながら去っていった。

「ではでは」

女性もバクザ達に軽く頭を下げ、くるりと踵を返す。その後ろ姿を見たバクザは堪らず声をかけた。

「すまない、待ってくれ」

え?と振り返った女性に、バクザは懸命に言葉を選びながら話しかける。

「その…もしかして、最後の1枚だっただろうか」

「ん?」

「その服…」

そう、女性が着ていた服にバクザは釘付けになっていた。それはほんの数日前キズィルと訪れた店で、腕を上げた暁にお迎えしようと心に決めていたあの服だったのだ。

一瞬きょとんとした女性はすぐに理解したのか、にやりと笑いながらバクザに背中を見せ、両手の親指で指し示してみせた。

「お兄さん、お目が高いじゃん」

その女性、サリュウの背中には涎を垂らしたそれはそれは獰猛な獣が刺繍されていた。


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