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たかが世界の終わり  作者: 森大洋
番外編:青く、澄んでいた
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1 バクザくんお洒落を学ぶ

くあ、と見事なまでの欠伸をした猫は続いてぐねんと横になった。腹を出し、別に撫でてもいいけど?という表情でバクザを見上げる。許可をいただいたバクザは手を伸ばし、腹を撫で始めた。態と毛を逆立てたり、もにゅもにゅ揉みしだいたり暫し幸せな感触を堪能する。次第にごろごろという音が響き、猫は安心しきって目を閉じた。

「お前何してんの」

後ろから声をかけられる。振り返らずとも、その声の主を間違えることはない。バクザはわしゃわしゃと撫でながら答えた。

「いや、この子に誘われてしまって」

「一国の王太子たる者が、締まらないねえ」

ふむ、とバクザは考える。確かに自分は王太子だが、猫を撫でたっていいじゃないか。

「俺は締まらないそうだぞ」

両手でこにょこにょと腹を撫で、仕上げとばかりに猫の眉間をちょいと突いて立ち上がる。

「さて、行くか」

「行くか、じゃねーわ」

きり、と前方をみたバクザに対し、男が自らの癖っ毛頭をくしゃりとしながら突っ込む。

「どっち行くか分かってんのか?」

「いや、分からん。どっちだ?」

「ったく、しゃーねーなあ」

こっち、と男は顎で示し歩き出した。行き交う女性達がちら、とバクザを見る。その視線は王太子と気付いたからではない。単純にその立ち姿に目を奪われているに過ぎず、男にとっては自分の隣のみに注がれる熱視線に慣れきっていた。

今日はそんなバクザからのお願いで買い物に付き合っている。最近大陸で流行っているという柔らかい素材の服を着ていた時、バクザが俺もそういうのが欲しい、と言ってきたのだ。だいぶ身分については緩いこの国ではあるが、王族であるバクザの服装は確かにかっちりした物が多い。涼しそうだし楽そうだな…と、じーっと見てくるバクザに負けてしまい男2人で仲良くお買い物、というわけだ。

このバクザという男は見目は確かに整っており、かつ文武共に長けている。然しながら、どうも盛大にポンコツな時があるのだ。嘘だろ、という程の食べかすが頬に付いていても気が付かず、歩いている最中に考え込みすぎて樹に当たるなんてことは日常茶飯事だ。だがしかし世の女性達はそんなところが寧ろ可愛いらしく、バクザという存在は只管に女心を擽り続けている。

世の中ってのはままならないねぇ…。

隣を歩くバクザを横目に、男は溜息をつく。

俺はどうしてこんなにモテないんかな。

隣ばかりに注がれる秋波に嫉妬もせずにやれやれと思うで済んでしまうあたり、彼自身もバクザに心を許してしまっている証拠なのだが、その辺りは無意識に考えないようにしている。

「ほれ、ここだ」

目当ての店に到着し、中に入る。

「何か気になったのあったら試着してみ」

おお分かった、とバクザは答え、店内をゆっくりと歩いて行く。さて、折角だから俺も何かいいのあるかな、と男はざっと見回す。

「キズィル」

バクザから呼ばれ、癖毛の男キズィルは「ん?」と振り返った。

「これ、格好いいな」

目を輝かせてバクザがずい、と差し出した服の柄を見たキズィルはぎょっとした。それは背中に大きく獰猛そうな獣が刺繍されており、折角の薄手素材を完膚なきまでに台無しにする暑苦しい服だった。

「お前、マジか」

店員もまさかそれを手に取るとは思っていなかったようで、若干口の端がふるふるしていた。店によっては客を楽しませるために態と笑いになるものを置くことがある。恐らくこれもその一環で、客同士の会話の種となれば、くらいの存在だったのだろう。しかしバクザは大真面目に「試着を」と店員に話しかけていた。

「ごゆっくりどうぞ」

試着室の仕切布を引き、店員は下がる。キズィルと店員は目が合い、お互い申し訳なさそうに小さく頭を下げた。

あいつはなんかどっかズレてんだよな。

だが、とんでもない方向に進んでいるなと思っていてもその遠方から突然核心を射貫く言動をすることも多く、友人となって久しいが未だにバクザの思考回路は掴めない。まあ別に掴もうと思っていないが。

「着た」

シャ、と布を引きバクザが出てきた。

「う、うおお…」

キズィルは思わず唸る。何でこれを着こなせるんだこいつは。しかし「鏡鏡…」と歩き出すバクザの背中には、まるで獲物にむしゃぶりつこうとしているかのような獣の姿。

「お、いいなこれ」

満足気なバクザだったが、キズィルは国王の顔に泥を塗るのは避けねば!と食い下がった。

「いや、これはまだお前には早い。かなりの上級者でないと無理だな。何事も先ずは基本を押さえないと、足元を掬われるぜ?」

お、そうか…。と少ししょんぼりとしたバクザは「確かに俺にはまだ早いか」と何故か謎理論に納得し「基本となるのはどんなものだ?」と聞いてきた。

王様、お宅の息子さんの矜持は守りましたぜ。

キズィルは胸を撫で下ろし、よし来たとばかりに服を見繕う店員と微かに笑い合った。



*****************



「ありがとな」

服の入った小袋を手に持ち、バクザが礼を言った。

結局、さり気ない柄が小さく入っているだけのシンプルな服を数着購入するに留めることが出来た。

「もう少し腕を磨いたらまたあれを買いにいく」

店の場所を覚えておこう、と呟くバクザに呆れてしまう。突然街の風景変わっちまわないかな、と周囲を見回したキズィルの視界に広場が目に入った。

「もうすぐ空の祭だな」

広場には舞台が設置され、そこでなにやら演者たちが打ち合わせをしているようだった。

この国には空の祭というものがある。特段祭の内容は変わったものではないが、今年は異国から劇団やら踊り子が参加すると聞いている。平和なこの国らしく、その数日はほぼ祝日扱いだ。バクザもキズィルも、何回も祭に参加しているから自然とその期間の過ごし方も型となっている。

「そうだな」

舞台からは笑い声が聞こえる。祭自体も楽しいが、その準備もまたかけがえのないものだ。舞台に立つ彼等にとっては、輝く時間だろう。

「今年も楽しみだな」

そう言い、2人は広場を過ぎていった。



打ち合わせが一段落したのか、舞台は降りる者、上がる者が交差していた。

「サリュウ」

声をかけられ、ひとりの女性が振り返った。

「今日はこれで終わりだよ!あとは装置出来次第だから明日の確認。あたしら一旦宿に戻るけど、どうする?」

サリュウと呼ばれた女性は元気よく答えた。

「街散策してくる!」

じゃあね!と大きく手を振り、サリュウは弾むように広場を後にした。



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