11 紡がれていく
突きつけた願い。
打ち捨てられた存在。
壊してやると呟いた日。
問い詰めず、見送った背中。
救われたことを知らない光。
狭間に浮かぶ、哀れな姿。
細く繋がり続けた賭。
角度によって世界はまったく別の姿になる。
乱反射を繰り返す景色。
幸福も災悪も総量はない。際限はない。
いつか受皿には限りが来る。
降り注ぐそれは不可避のものと諦めて。
視線を移し、目を凝らした先に。
蛆の湧いた花畑が。
涙に濡れた墓穴が。
美しく薄気味悪く、何処かに潜んでいる。
スゥハとルクスはセイシアを見つめている。
そしてセイシアは静かに息を吐いた。
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穏やかな海の上。
ゆっくりと進む船の甲板にて、ひとりの男が空を眺めていた。
島国で生まれた彼は子供の頃、いつか海を超え広い世界を見て周るんだ、と夢を語っていた。彼の頭の中では様々な冒険が繰り広げられ、その奇想天外な世界は心躍る日々の筈だった。
眩しい夢物語は、残酷な現実に塗り潰された。
決して波の上だからではない、肚に力を込めないと足元がふらついてしまう程の、この目で見た世界の事実。しかしここで自分が躓く訳にはいかない。彼は柵を握りしめ、空を睨む。
自分を信じ、任せてくれた彼等の元へ還る。
「ほい」
後ろから声をかけられ、振り返ろうとした頬に冷たい小瓶が触れた。
「ありがとうございます」
小瓶を受け取り、喉を潤す。飲んでから、喉が乾いていた事を実感した。ちらり、と隣の男を見る。彼よりも年上でもじゃもじゃした癖っ毛のその男は瓶を片手に持ち、もう片手で頬杖をついていた。半ば独り言のように、癖毛の男は言う。
「長かったなあ」
「…そうですね」
「皆、元気かな」
若めの男は口の端で笑う。
「簡単にくたばる人達じゃないですよ」
思い浮かぶは彼が全幅の信頼を置く、王たる男。そして奔放過ぎる上司の男。
「…だな」
同じく皮肉混じりに笑い、こくりと瓶を煽った。酒が飲めない癖毛の男は昔ぐびぐびと酒を煽る男達に憧れており、ただの水を飲む時もその仕草を真似ていた。その仕草に対し恥ずかしいから普通に飲んでよ、と小言を言われていたことを思い出す。
「…元気かな」
もう一度、同じことを呟く。しかし若い男は、思い浮かべている対象が違うことを悟ったのだろう。何も言わなかった。
癖毛の男はずるずると頬杖を崩し、甲板にもたれ掛かった。そっと右手を前に伸ばす。
風を感じる。見えない程ちいさな海の飛沫を感じる。
世界はこんなに息をしている。息をしているのに。
癖毛の男は親指で人差し指の腹を撫でた。
くるり、くるりと円を描く。
まるで愛しいものたちを手繰り寄せるように。




