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8 偶然の花

「しっかし、いまいち分かんねーな」

ワイザードは小指で鼻をほじり、椅子を後ろに揺らしながらぼやいた。

「そっすね」

シャイネは腕組みをして、目を瞑りながら上を仰ぐ。

ミレの能力についての調査は行き詰まっていた。色々な角度から検証したいのだが、最大の障壁はミレの消耗だった。繰り返すごとに明らかに成功率は低下している。元々保持している力に差があるからなのか、タグリットよりも実験が乱発出来ないためすっかり停滞してしまった。見かねたゼンによりミレは変人2人から救出され、タグリットと共に研究所の外で休憩中である。

「ちょっと現状をまとめてみましょうか」

ゼンは提案する。本来、この変人2人の頭脳であれば改めてまとめることなど不要である。しかし元々違う研究所にて、独自に邁進することが通常運転である2人は実は全く違う地図を頭に広げていてもおかしくはない。ここらできちんと擦り合わせをすることも決して無駄ではないはずだ。何より、ゼン自身が現在地を整理したかった。

「先ず、ミレさんがどう物の姿を把握しているかは不明、ですよね」

「そうだな。観察する、何となく分かる。これ止まりだ」

そう、タグリットは動作として親指で人差し指の腹あたりに円を描く。その意味は植物の精神世界を泳ぎ、時の糸を探すというものらしい。だがミレにはそのような基本動作と呼べるものが今のところ見当たらない。本人が無意識にやっている可能性は勿論あるのだが、浮き出てこないのだ。

「そもそも物の創作になるから、正道邪道が分かんねんだよな」

「そっすね。芸術に対して書き順を問われても知らんし、ってなもんだし」

ふむ、とゼンは頷く。ここに関してズレは生じていない。

「どう調べていくのがいいでしょうかね」

「能力を使用して修繕した物と、一から創作した何かの工程を比較するか」

鼻の穴から抜いた指先を見つめながらワイザードが言う。

「あと、能力で見えた姿がどうなっているのかも言語化したいっす」

「つまり?」

ゼンがシャイネに質問をした。

「つまり、たとえばこのカップの姿が見えたとする」

シャイネが目の前の空になったカップを手に取った。そして描かれている花を指差す。

「この花柄、という枠組みはまだ分かるっす。だけど、この色は?紫で見えるんすかね。紫って言ってもピンキリすぎる。この色が見えて、それを目指して修繕するのか。それともこのくらいの青とあれくらいの赤が混ざった色、と把握しているのか。もし前者だったら、通常の人には再現が不可能っす」

ゼンは思い出す。豊穣の絵の下に隠されていた、あの白い少女と白い竜の絵を。修繕した際ミレは配色は正しい筈、と告げていた。今思えばきっとあれも無意識に能力を使用していたのだろう。確かに、形が分かってもそれに辿り着く道順が分からなければ、美術品など修繕出来る筈もない。

「後者であれば難しいだろうが、誰でも可能性はあるってことか。突っ込んでみたい部分だな」

鼻をほじり切ったワイザードは続いて耳をほじり始めた。

「前者で気になることがある。ひとつ、偶々ミレさんが芸術に特化していたから、能力に結びついた。これは逆も言えるんじゃねえか?」

「逆と言いますと?」

「実を結んでいない能力が、他にもあるんじゃねえのってこと」

ゼンはハッとした。

確かに。ミレの親族に術者はいない。そして、芸術家も。芸術に富んだミレにこの能力が備わっていたのは、奇跡に近いのかもしれない。とすると、花開かなかった奇跡が、存在しないとは言えない。小さな音でも聴き取ることが出来る能力が、耳の聞こえない人間に宿ることだって、あり得るのだ。

ワイザードは耳穴から出した小指にふっと息を吹きかける。

「ふたつ。ミレさんが芸術に特化していたから、偶々美術品に結びついている可能性だ」

「そっか」

シャイネが呟く。

「対象を限定するのは時期尚早っすね。それは生物にも及ぶかもしれない。骨を見て、生きている頃の姿が分かるのか。更には触れることが出来ないものにも及ぶのか」

「触れることが出来ない…」

ゼンは言葉を零す。シャイネは頷いた。

「触れない。例えば欠けた音とか、いなくなった存在とか」

ギ、と椅子を傾けたワイザードの足元で床が鳴る。

「消えた歴史、とかな」


まるで薄暗い物語に放り込まれたように、ゼンは背中が寒くなった。

それは計り知れないほどの広い世界で感じる、恐怖に違いなかった。





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