5 緊張と緩和は良いバランスで
この国には遺物と呼ばれるものがある。
昔々、世界はもっと様々な存在たちの輪郭が曖昧模糊とした、しかし色鮮やかなものであった、とされている。そんな時代は幻獣種が息づき、摩訶不思議なものが溢れていた、はずだ。詳しく語るものなど、最早存在しない。夢物語のように語り継がれてきたそれらはしかし実在したのだろう、とされている。何故なら、「遺物」と呼称されるものが、その物語が実在したことを証明しているのだ。
遺物は多種多様だ。ひたすらに泡を吹き続ける杯のように使用方法が分からないものから、非常に実用的なものまである。例えば、今スゥハ、ルクス、タグリットが乗っている馬車にぶら下がっている「目」と呼ばれるものなど、その最たるものだろう。小さい鳥籠のようなものの中に、目玉が入っている。目は二匹一対とされている遺物だ。瞼は見えないが、たまに瞬きのように、一瞬目玉が見えなくなったりする。それは事実目であり、今見ている光景を対となる目に映すのだ。まあ、平たく言えば移動中の彼等は蛇男から監視されているわけである。
「これ確か音は向こうにバレないんですよね」
ルクスは頬杖をつきながら言った。
「通常はね。でもあちらは遺物収集家のようだし、どこにどんな性能のものがあるか分からないから、聞いているかもね」
そもそも、遺物が何種類あるかは誰も分からない。いまだに発見されることもあるし、一見して遺物と分からないものの場合、気付かれずに風景と同化していることだってありえるのだ。
面倒だな、とルクスは口をぐにゃりと曲げた。
「あ、あの…」
話し出すタイミングを見失っていたタグリットが自らを鼓舞して話し始めた。
「本当に、すみません、こんなことになって…。おふたりは帰していただけるよう、蛇さんにはお願いしますんで…」
蛇さん。なんか可愛い。
しかし、先程から気になっていたことがある。
「なんかさ、あんた、思ったより肝据わってるよな。ぶっちゃけやばい状態だけど。もっとびくびくすんのが普通だと思うけどなあ」
「あ、やっぱり危ないですか…。いやまあ、怖いんですけどまあ最悪俺はどうにかなるかなって。おふたりを巻き込んじゃったのが、ちょっと」
「え、あんた実は強いの?」
「いや全くこれっぽっちも」
今日イチの、毅然とした回答だった。
何かに気づいているらしいスゥハは、ふふと笑いを堪えきれなかったようだ。
「でも、タグリットさんの契約書はしっかり破棄したほうがいいですよ。どんな効力を持っているか分からないから」
「そそうですよね。いやあ、しまったなあ…」
「なんか緊張感ないなあ」
「お前が言うな」
くい、と耳を抓まれたルクスは、あ痛い痛いズミマゼン、と悲しい声をあげた。耳を擦りながら、窓のない馬車の中を見回す。
「これどこに向かっているか、見当つきます?」
「タグリットさんの家からおそらく北に向かっているから、風の領あたりかもしれないな。北の港は国外との交易が他に比べて多い。個々で懐を温めている輩もいるかもね」
「ま!変態お金持ちさん」
「それはさておき、私達は蛇の後ろ盾が何かを知りたいんだ。もし、それが私達と関係のあるものだった場合、少々厄介なもので。だから、こんな形ではあるけれど、私達は私達の目的があるから、気にしないで大丈夫ですよ」
にこり、とスゥハは微笑んだ。何かを言おうとして、タグリットは言葉を飲み込んだ。今、問い質すことは最善ではない、と理解しているのだろう。おどおどしてはいるが、状況把握は迅速だ。頭の回転が速いことは、とても好ましい。
「分かりました。でも本当に危ないと感じたら、俺のことは気にせず逃げてくださいね」
まるで頼んだぞ、とでも言うようにルクスをちらりと見た。返事代わりに、ひょいと肩を竦めてみせる。
「じゃあ時間潰しに、なんかゲームでもしようか」
「いや、流石にそれは厳しいです…」
そんなこんな、状況とは不釣り合いないささか和やかな会話をしているうちに、どうやら目的地についたようだ。
ゆっくりと馬車が止まる。