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1 問うてその先

かちゃりと開いた扉にカザンは目をやった。

「おや、貴方ですか」

入ってきたヨルシカはその言葉に表情を変えず、カザンの前に座る。つまらなそうにカザンは肩を竦めた。

カザンは今、拘束されている。と言っても地下牢に閉じ込められている訳でも、鎖に繋がれている訳でもない。王宮内の一室に結界を張り、その中に監禁されている状態だった。部屋は外界から遮断されており、室内で起こることは外に漏れない。恐らくカザンが本気で結界を解除しようとすればそれは可能であろう。だが、その間に次の結界が張られることが容易に想像できる上カザン自身がここを脱走したいと思ってはいないためされるがままにしており、ヨルシカたちもそれに気付いている。

「スゥハ王子はお元気です?」

ゆっくりと頭を傾けながら質問をする。

ヨルシカは静かにカザンを見返した。

柔らかく、時に少し気障な洒落っ気を出して他人と接するヨルシカ。だがこの場では、その色は微塵も残されていなかった。それは、底冷えするような色。

しかし目の前のカザンは動じない。ふるふると頭を振りながら芝居がかった口調で話す。

「まあ、お元気ではないでしょうねえ。なにせ御自分のことを人だと思っていたようですし。その衝撃は計り知れない。さぞやお辛いでしょう」

肺の中が焼け爛れる感覚にヨルシカは襲われていた。しかし王太子としての矜持でそれを体内にて鎮火させる。シャイネから聞かされたスゥハのことは慎重に扱うべきだったのに。全く関係のない、他国のしかもこのような巫山戯た人物から指をさされ、笑いながら告げられてしまった。

その事実に対し驚きも、恐怖も当然ある。だが、スゥハのことを考えると余りにも悲しく、また防げなかった自分が情けなく、抉ったカザンが許せなく、そして呪い殺してしまいたいほどこの運命に怒りを覚えていた。

可能性としては、全員が頭の片隅にあったことだ。だが共に過ごした時間が、それを小さな可能性として箱に仕舞うことが正解であると思わせていた。

愚かな自分への後悔に思考を占拠されてはそれこそ愚者だ。私はこの国の王太子であり、そして今でも―。

「お前は何が目的でこの国に来た?」

ヨルシカの言葉に対し、カザンは小馬鹿にしたように顎を少し上げた。そして口の端で笑いながら返答をする。

「貴方も、何も知らないんでしょう」

ヨルシカは表情を変えない。

「貴方はこの国の王太子。立派ですねえ。だが、この島の出来事からは、蚊帳の外だ。所詮端役止まりということかな」

落ち着け。

こいつは何を知っている?そしてその範囲は何処までだ?終着まで知っているのか、一部なのか。冷静に分析をしろ。幸い、問答を避けている節はない。こちらを遮断するでもなく、寧ろ何かをちらつかせることで楽しんでいるように思える。俺の誇りなんて、今はどうでもいい。端役?上等だ。滑稽に踊り狂ってやる。道化に成り下がろうとも、こいつから何かを掴む。

「では質問を変える。何故、ミレを襲った?」

ミレ?と眉を少し上げたカザンは、あーあの女ね、と軽く頷いた。

「別に、ちょっとした興味ですね」

大したことなかったな、とカザンは呟く。

ヨルシカはふと疑問を持った。何故、こいつは質問に答えるのだろう。この国に来たという行為を考えてみる。カザンは何かを知っている。その上でこの国に来たということは、更に知りたい何かがあるということか、この国で叶えたい何かがあるということか。何かを知りたい、持ち帰りたい情報があると仮定してみよう。違和感がある。カザンの行動は破滅的と言えよう。例えリラという後ろ盾があろうとも、他国でこのような暴挙を犯せば帰国が困難となることは明らかだ。となると、持ち帰りたい、とは思っていない?では、この国で叶えたい何かがある、とすると?

カザンは街を散策していた際、何かを探っていたように思える。そして糸口のひとつとしてミレに目をつけた。しかし今「大したことなかった」と表現をした。叶えたいことは現時点のカザン単独では実現不可能で、補完出来る何かを探している?それをミレに期待したが、当てが外れたということか?この国で叶えたいこと。遺物関連か?遺物なら、その能力はこの国限定だ。未だに原因は解明出来ていないが、この島から出ると遺物は機能しなくなる。

そこでヨルシカはハッとした。今、無意識に自分が脳内で言葉にしていたことを思い返す。

能力はこの国限定。この島から出ると―。

国と島。さして深い意味はなく、感覚としての表現の違いでしかない。しかし、先程カザンは何と言った?

―貴方はこの国の王太子。立派ですねえ。だが、この島の出来事からは、蚊帳の外だ。

この国、この島。この線引きは何だ?

この国は200年前に興った。しかし、勿論島はそれ以前から存在している。何故か、全く情報が残っていないという形で。

―そうか。この国が目的なのではない。この島自体か。

この男は、200年以上前の何かを知っている。そして、何かを求めている。

問答を遮断せずに曖昧ながらも言葉を交わすのは、自身が求める場所に辿り着くため、カザンも探っていたのだ。誰が何を何処まで知っていて、共犯者足り得るかを。

「随分危険な狩をする。餌はお前か」

ぽつりと零したヨルシカの言葉にカザンはふと動きを止め、そして面白そうに笑った。

「舐めていました。貴方みたいな人は、嫌いじゃないですよ」

どうやら自分が投げた小石は的に当たったようだ。しかし、ヨルシカにはカザンが求める共犯者としての資格がない。さて、どう攻める?


その時、唐突に部屋の扉が開いた。振り返ったヨルシカは驚き、立ち上がる。

「陛下」

入ってきたのはバクザだった。ん、と軽く頷き、どっこいしょ、と座る。そして静かな目でカザンを見つめ、バクザは口を開いた。

「鳥の種を?」

何のことだ?混乱するヨルシカはしかし、目の前のカザンが息を飲むのが分かった。いつも想定内の道を歩んでいた彼が、初めて道を外れてしまったかのような、戸惑いの表情をしていた。

バクザは目だけでヨルシカに退室を促した。拒否の反応を出しかけたヨルシカだったが、それが叶わないことを瞬時に理解し、拳を握る。唇を噛み締めたヨルシカは一礼をして出て行くしかなかった。


「正直、驚きました」

カザンは暫しの沈黙の後、そう言った。

それには答えず、バクザは両手を軽く合わせた。

「さて、擦り合わせといこうか」



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