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たかが世界の終わり  作者: 森大洋
番外編:花の咲く風
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2 変わらない憧れ

それはヨルシカにとって激動の夏だった。

休暇に入って僅か数日後、顔も知らない弟が閉じ籠もっていた部屋から出ることになった。何故自分は今まで会わせてもらえなかったのかは不明だが、何かしらの持病などで距離を置かれていたのだろう、と解釈をしていた。しかし、弟との対面の際そういった予想が間違っていたことを知ることになる。

その時のことを、鮮明に覚えている。

扉が開き、バクザに連れられて部屋に入ってきた弟。

息が止まる、という経験をヨルシカは初めて味わった。

弟は、纏う空気が違っていた。

澄んでいて、そう例えば雲の隙間から真っ直ぐに伸びる光を見つめた時のように、自分の身体の中が照らされる感覚に陥る。

白い髪、白い肌、薄赤い瞳。

そうか。

だからだったのか。

ヨルシカは思った。

この特別な容姿。きっと弟が隠されていた理由は、これだったのだ。しかしなんて。

なんて、綺麗なんだろう。

ヨルシカは釘付けになっている自分に気が付き、慌てて切り替えた。

「はじめまして。やっと会えたね。私はヨルシカ」

少し屈みながらやや大人ぶって挨拶をする。弟は瞳をヨルシカに向けた。

「……はじめ、まして」

たどたどしく言葉を発する。緊張しているのだろうか。当たり前か。解きほぐそうと、更に言葉をかけようとしたヨルシカだったが、ふと違和感を覚えた。

緊張からなのだろうか?どこか、焦点が合っていない気がする。視線の焦点ではなく、何というべきか。そう、誤った位置に置かれ、戸惑っているかのような…。ヨルシカはそちらに思考が向きかけたがバクザの言葉により早々にこの場は締められてしまった。

「名はスゥハという。慣れるまで時間はかかるかもしれないが、頼んだぞ」

はい、というヨルシカの返事に頷いたバクザに連れられ、弟は出ていった。


そしてその数日後、事件は起きたのだ。

ヨルシカは今、自室にいる。

ようやっと事態が収束し、今日は久しぶりにバクザと昼食を共にすることになっている。

ヨルシカは机の引き出しから小さな袋を取り出した。それを購入したのは休暇に入った直後辺りの筈なのに、遠い昔のように感じる。

そう、あの日ヨルシカは店内で混乱していた。何せこういった方面にはてんで疎く、目当ての方向性も曖昧なのだ。せめて休暇中でなければ、友人から助言を求めることが出来たのに。気恥ずかしさから護衛は店の外に待たせているが、聞いてみるか…?そもそもここは男が入っていい店なのか?目を回し始めたヨルシカに、女性の店員が声をかけた。

「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」

王太子とは全く気付いていない店員は、明らかにオロオロしている少年が微笑ましく、手助けをすることにしたのだ。ヨルシカは助け舟に有り難く乗せてもらうことにした。

「あの、贈り物を探していて」

あら、なんて微笑ましい。意中の女の子かしら、それとも母親に?心の中で少年の淡いときめきを想像しながら、店員は質問を続けた。

「素敵ですね。こんな感じのものを、などご予定はございますか?」

「ええと…」

ヨルシカは身振り手振りを交えつつ、一生懸命に伝えた。それが叶うものがあるのかすらよく分からなかったが、その説明に頷いた店員が、幾つかの商品をヨルシカの前に持ってきてくれた。先程まで眼前に断崖絶壁が広がる感覚だったのだが、選択肢か絞られたことによりヨルシカは心底安堵したのだった。

その時に購入した物が、この袋に入っている。バクザは喜んでくれるだろうか。そして、今これを渡すことは正しいのだろうか。

ちらりとヨルシカの心の中に、申し訳なさが顔を出した。俺は大変な思いをした弟に、何もしていない。父には贈り物をしようとしているのに。これを購入した時はこんな事態になると予想することは不可能だった。だが、口の中にじわりと苦い物がこびりついている。

俺は一体、弟とどう関わっていけばいいのだろう。



*****************



王宮敷地内のガゼボにて、バクザとヨルシカは昼食をとっていた。

この場所は風通しがよく、夏の陽射しの中でも割と心地良く過ごせるため、ヨルシカのお気に入りだった。久しぶりに父と過ごせる時間に心は弾む一方、弟は同席しないのだろうかと気になっていた。何となく、弟に関しては気軽に聞くことが出来ない。

食後の紅茶を飲んでいる時に、恥ずかしさを必死で隠しながらヨルシカは小さな袋をバクザに渡した。

「ん?これは?」

「以前、紙を捲り辛いと仰っておりましたので…。よろしければお使いください」

「お前が買ってくれたのか?」

「…はい」

おお、ちょっと待て手を拭こう、とバクザはいそいそとナフキンで指先を拭った。まるで宝物を汚さないように、というような仕草にヨルシカは擽ったくなる。そっと包みを開け、小さな容器の蓋を開ける。中には保湿剤が入っていた。優しく少量を掬い、バクザは手の甲に乗せ馴染ませた。

「凄いなこれは。全くぬるぬるしないぞ」

「はい、ですので周りに跡がつくことも少ないと思います」

す、と鼻を手に近付けたバクザは微笑んだ。

「香りも仄かで気にならない」

そう、店員には保湿出来るものがいいが、あまりベタベタしないものがいい、と伝えていた。その時幾つか案内されたものがどれも花のような香りのもので、父にあげたいので香りは強くないほうがいい気がする、と伝え再度探してもらったのだ。

当たって良かった。ヨルシカは身体がむずむずした。

「おかげで捲れない地獄にはもう嵌まらないな。どうしたものか、仕事が捗ってしまう」

ありがとう、とバクザは目を細めた。ヨルシカは笑った。

「でもこれ以上、お忙しくなりませんよう。ただでさえ父上は重責なのですから」

ヨルシカの何気ない言葉に、バクザは自らの手の甲を撫でながら呟いた。

「…重責か」

どうしたのだろう。不意に考え込み始めた父の姿をヨルシカは黙って見つめた。

「少々難しいかもしれんが、今から私が話すことを種として心に宿しておけ。やがて繋がり、花となれるよう」

「…?…はい」

「先ず、私とお前は違う」

ヨルシカは固まった。自分は父のようにはなれないと宣告されたようで、一瞬で身体が冷たくなる。

「勿論別人だから当然なのだが、時代が変わるはずだ。私を追う必要はない」

突き放す意はないと言外に伝えるように、優しいバクザの声。それに情けなくも安堵しつつ、言わんとしていることを掴めずヨルシカは黙っていた。

「過去はひとつの見本として距離を置け。模倣を前提としてはいけない。情報として、咀嚼を心掛けろ。全ての過去は、見つめる時代によって色が変わってしまう」

「色が変わってしまう?」

「例えば戦時中に英雄として崇められた人物が、平和な時代では大量殺戮者と後ろ指を指されるように。…我が子を、守ろうと必死に立ち向かった母の慈愛が、100年後には魔女の狂気と評されるかもしれない。変わらない解釈などないんだ。お前が選ばなければならない瞬間が来た時、信じられるものは何なのか。お前は自分の選択をしろ。その為には、視野を広く持て。何かが大きく変わる時、お前が先頭に立てるように」

よく分からなかった。しかし、バクザが特別なことを伝えようとしていることは、彼の目から感じていた。

「父上もそうしているのですか?」

「努力をしている。そして私にはこの潤った指先があるからな、更に力が増してしまった」

「ならば私のおかげですね」

ふふと笑ったヨルシカの頭を、バクザの大きな掌がグリグリと撫でた。

追う必要はないと言われたが、やはりどうしたって、バクザはヨルシカの憧れだった。

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