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たかが世界の終わり  作者: 森大洋
花と蛇
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4 地獄のお誕生日

お誕生日席ってあるよね。

小さい頃、孤児院で生活していた日々をルーク改めルクスは思い出していた。

誕生日、といっても正確な日付が判明している子供などほぼ居なかったが、暫定誕生日を迎える主役がテーブルの短い辺に座り場の中心となる、あれだ。

本来なら一番にこにこと幸せの絶えない席であるにも関わらず、今この場では吐きそうな顔色のタグリットがお誕生日席に座っていた。

小さな四人がけのテーブルでは収まらなかったため、お誕生日席に家の主たるタグリット、片側にスゥハが座り、後ろにルクスが立つ。もう反対側には蛇男が座り、同じく後ろに長身の男が控えている。そして、扉の外にはおそらくもう数人がいるはずだ。

なるほど、良い線を突いている。蛇の装飾の首飾りというものは上着を着ているためか今は確認が出来ないが、紛うことなき蛇顔の男だ。目頭、目尻が異様に切れ長で、何故か長い髪も濡れているようにテラテラと光っており、青白い頬はこけている。これで舌先が2つに分かれていたら逆に称賛に値するわ、お前は新人類第一号だ、とルクスは思う。

後ろに控えている男、これはただの真っ当な護衛ではないだろう。恐らく対人に特化した、それも公式剣術などではない、武力行使に慣れ親しんでいる質と見た。つまり、蛇男は時には表立ったことではない、暗殺といった類を必要とする世界にいる人物ということだ。

嫌だなあ…。

スゥハはフードを被っているが認識阻害の術式を切っている。タグリットは看破したが、通常であれば術式発動中はそこにいる、という認識をようやく持たれる程度の存在感となる。鈍い人間など、存在すら認識できない。だが、こと交渉となるとそれでは不具合が生じるため、ただフードとして被っているという訳だ。つまり、相手方からするとやや礼儀に欠く行為となる。ところが、蛇男は面白がるように顔の見えないスゥハをじぃっと見つめているのだ。それはまさしく蛇が獲物の価値を測っている最中に見え、ルクスは内心胸を掻き毟っていた。毟り過ぎて、もう焼野原だ。

「さて、とっとと話を進めましょうか」

恐らく観察されることに飽きたスゥハが、まず口火を切った。蛇男の耳がピクリと動いた気がした。耳までもが意志を持ち、スゥハの声を舐めるように触っている気がする。気持ち悪い奴。耳から舌が伸びてきそうだ。

「私共といたしましては、是非ともタグリットさんにお仕事を依頼したいと考えております。報酬や職場環境などは、可能な限りご要望に沿わせていただくつもりです」

こいつ瞬きしないのかよ。

じいっとスゥハを見つめ続ける蛇男の目が、だんだんとガラス玉のように見えてきた。瞳孔はやや縦長で、それも相まって気色悪い。タグリットに至っては元々意味が分からない状況がさらに混沌としているので、ほとんど泡を吹いている。哀れ極まれり、だ。

「貴方がたは、どのようなご依頼をなさっておりますか?タグリットさんに選択いただくためにも可能な範囲で開示していただけますと幸いです」

まるで糸に引かれたように、蛇男の頭がカクンと左に傾いた。

「交渉とは、ことほど粗いものか?」

まあ、そうだろう。なにも差し出しもせず、情報が貰えるとは思っていない。スゥハはそれを百も承知で、態と一歩譲歩した、という形を作るためだったのだろう。こちらがカードを一枚見せたのだから、そちらも見せよ、という意図だ。

ゆっくりとスゥハがフードを落とす。

空気が汚れた気がした。大気に散らばる粒子が舌を持ち、スゥハを舐めんとするような、そんなぬめりのある興味。

蛇男の唇が横に伸び、目が三日月のようになった。それはまさしく、探し求めていた極上の獲物を見つけたような、簒奪者の喜び方だった。

こいつ、やっぱり関係者か…?

気取られぬよう、ルクスは体内の筋肉を臨戦態勢に切り替える。

「失礼を。不要な問を避けるため、癖になっておりまして」

「これはこれは麗しい。致し方なし。さて、そちらの依頼とは?」

「国の穀物収穫量を安定させるため、研究をしております。タグリットさんの協力が得られれば、国力の増強を望めるはずですので。そちらもお伺いしても宜しいか?」

「なに、私の方はそのような崇高なものではないので、いささか心苦しいものがありますな。そうさな、個人的な収集癖、といったところか。遺物商を営んでいる関係でな」

その集めたものを想像しているのだろうか。蛇男の指先が何かを掻き出すように、細かく動く。その行為が何を模しているのか、知りたくもない。

しかし、遺物商ときたか。これまた胡散臭いことこの上ない。

「それはタグリットさん以外では解決出来ない類でしょうか」

「残念ながら、今のところ」

ふむ、とスゥハが首を傾けた。

「困りましたね。ですが、こちら側が論を重ねるよりも、御本人に決めていただくのが筋としては正ですね」

突如視線が集中したタグリットは、ひぃっと小さく声をあげてしきりに眼鏡や髪を触りながら、強制的な新陳代謝によって大汗をかいていた。

流石に気の毒だなぁ…。

ルクスは子兎のようにキョトキョトとしているタグリットを見て、少々申し訳なさを感じていた。

明らかに、蛇男の依頼を受けると今後陽の光の元に戻ってこられる保証はない。かといって、タグリット的にはスゥハの依頼もまだこちらのほうが安全だ、と確証を得られるものとはとても言えない。そしてこの場では両者とも、完全な嘘は言わないが真実も明かさない、といった具合で話が進んでいる。つまりは上っ面で話し合い、という形を作っているだけなのである。この気色悪い蛇と麗しい猫の寸劇自体、タグリットが理解しているかも怪しい。あまりそういった駆け引きに精通している人間とは思えないし、判断することは難しいであろう。

しかし、ルクスはタグリットに対する評価をすぐに改めることになる。

「あの、俺、は…。今も、これから、も、植物のために働きたいです」

ルクスは内心口笛を吹いた。実際、少々口を窄めてしまったほどである。

こいつ、なかなか肝がすわってるな。

もじゃもじゃ頭をしっかり上げ、蛇男に向かってそう告げたタグリットの拳は、彼の膝の上で震えていた。

蛇男に向かって発言したということは、自分はそちらには従わない、という決意表明である。そして、その表情は自分の発言が単に「依頼を断る」を超えた危険を生むことを理解していた。そう、恐らく蛇男が残念そうですか、と引き下がる訳がない。裏の世界に通じているであろうこの男が、タグリット以外の人間に顔を見せ、自分は彼に依頼をしている、ということを隠しもしていない。それは即ち、この繋がりが外に漏れることはない、と思っている。いや正確には漏らすことを許さない、だ。

タグリットがそっとルクスを見た。

了解、とルクスは思う。出来ればスゥハの手は汚したくない。タグリットを守りつつ、さて最善は、と巡らせていた思考は次の瞬間ふつりと切れた。

「それはあんまりというもの。既に契約済みだというに」

は、とタグリットは蛇男を見た。

「契約…?嘘ですよね、俺はそんなことまだなにもしていないです!」

間違いなく記憶にはない、だがこの嫌な予感はなんだ?焦り始めたタグリットに、スゥハの落ち着いた声がかかる。

「確か声をかけられたのが3日前、と言っていましたよね。逃げた、と」

「は、はい」

「その時のことを詳細に覚えてますか?」

「は?勿論…。」

えと、と説明しようとしたタグリットの顔色が変わる。

「え…?」

口に手を当てたタグリットの顔が白くなっていく。

「成程。私達は夏の虫だったわけですね」

面白くなさそうにスゥハが言った。

蛇男の口が横にくくっとのびる。種の萌芽のようだ。割れた裂け目から、毒が育つ。

「虫だなぞ。二匹の兎を追おうとしたら、片割れが猫だっただけのこと」

くそ。ルクスは歯噛みする思いだった。

つまりは3日前、恐らくその数日前からオーマはタグリットを見つめていた。そして3日前タグリットの能力を確信し、スゥハの元に飛んだ。そして同様にタグリットを観察していた蛇男は、彼の能力に気づいたこちらと態と接触をするために、この3日間を空けていたのだ。そして契約に関しても恐らく事実であろう。タグリットと接触した時、なんらかの術を使って既に契約をさせ、その記憶を消していたのだ。

考えれば分かったことだ。この蛇とおそらく同行していたであろう後ろの護衛から、タグリットが逃げ果せる訳が無い。泳がされていたことに腹が立つ。自分、というよりもスゥハに対してそのようなことをしたこの男の無礼さに。

汚え目で見やがって…。

スゥハがふわりと左手を動かし、その後こめかみを押さえた。ルクスはおっと、と冷静さを取り戻す。スゥハの動きは、こめかみを触るのはただの結果として、目的はルクスへの牽制だ。落ち着け、という意味である。

すみません。この蛇があいつらの関係者か、調べないとですよね。

「タグリットさんが契約なさったことを覚えていらっしゃらないようです。果たして、正当な契約と呼べる代物でしょうか?」

「おや心外。商いを始めて長い時間がたっておりますが、基本を疎かにしたことはないと言うに」

くくく、と蛇が笑う。

「怪しまれるのであれば、確認いたしますか?勿論、持ち歩くようなことはしておりません故、多少のご足労はいただきますが」

スゥハは動じず、いけしゃあしゃあと答えた。

「ありがとうございます。是非お伺いししたいと思っております。なぜだか大人数でいらっしゃっているようですし、今更我らが加わっても問題なさそうですね」

にんまり、と蛇が笑った。獲物を丸呑みする準備が整ったとでもいうような、実に満足気な表情だった。

タグリットが慌ててルクスを見る。お前は主人を護れるのか、とでも思っているのだろうか。

当たり前だ。何に代えても、護る。

そう、何に代えても、だ。

蛇男が、すと立ち上がる。

「それではご案内いたそう。日も沈んでしもうた」

続いてスゥハも立ち上がる。つられるように、タグリットも立ちはしたが、スゥハに話しかけてよいかどうか測りかねている様子だった。

お誕生日席を立ったとて、まだ宴も酣、とはいかないようだ。


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