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たかが世界の終わり  作者: 森大洋
御伽の国
47/97

6 矢印

「ねえ、まだ続けるのこれ?」

街中を歩きながら、リラは小さくカザンに問いかけた。ルクスが外れてしまったため、新たに3人、案内人という体の護衛をつけられている。まあ他国の王族に何かあっては堪らないので、当然といえば当然の処置である。

ルクスという男は相当信頼されているのだろう。彼が欲しいと言った時、それ以上の人員を用意されることはなかった。彼がいれば事足りると信頼していることの表れである。実際、ルクスの実力がかなりものであることはリラも感じていた。そんな彼が隣からいなくなり、リラの手は空いてしまった。掴める、力強いものは彼女の手の中には誰もいない。

「…」

カザンは何も答えなかった。何処を見るでもなく、ただ歩いている。

「ねえってば」

「うるさいなぁ」

カザンはまた目だけをリラに向けた。彼が手や身体ごと彼女に向けることは滅多に無い。リラに向けるのは首から上の、最小限。

「帰りたいなら帰れば?」

リラはそっと目を閉じた。

それは、何処に?

散策を止め、王宮に?

それとも、ウォルダへ?

―約束したのに。

口の端だけで、自嘲気味に笑う。

「うそつき」

小さく呟き、首に絡みついた髪の毛を払う。

そして彼女はしっかりと前を見た。



*****************



世界樹の衰弱は確かにゆっくりと進行していた。国内の治安に関しては目立った乱れは今のところ起きていない。しかしそれも予め対応策を講じていなかったら、どうなっていたかは不明だ。そして僅かではあるが、魔獣の世界と繋がる穴が開きかけている箇所が発見されており、塞ぐ処置を施しに術者達が派遣されている。

今は対応出来ている。今は。

手記から想像されるのは、恐らく民の暴動。予兆はないが、油断することは出来ない。

スゥハがどのような役割を果たさなければならないかは不明だ。セイシアの行方も辿れず、正直八方塞がりだったのだが。

あの男、カザンは何を知っているのだろう。

スゥハは自室のバルコニーで考えていた。

認識阻害の術式を看破したことから、術者であることは間違いない。それも、相当高位の。そしてスゥハの存在を知っているような口振りだった。しかし知っていたのは『第二王子のスゥハ』ではないのだろう。スゥハという存在の、別の部分。きっとそれはスゥハに欠けているピースの、心臓部なのではないだろうか。

「……檻の子、か…?」

相手が相手だ。聞き出すにも、考慮すべき点が多すぎる。

ふぅ、と音の生まれない息を吐く。

空を見上げたスゥハの耳に、窓を叩く音が届いた。

途端、スゥハの体内の血液が波立つ。皮膚から、感情が漏れ出してしまいそうで、スゥハはそっと腕を撫でた。

「風邪ひいちゃいますよ」

少し窓を開け、ルクスが声をかけた。そのいつも通りの声色に対し安堵と共に、少しだけ違う感情をスゥハは覚える。

「ん。戻る」

部屋に入ったスゥハの腰に、ルクスは自然な流れで手を置く。そしてふたりは寝台に腰掛けた。

「スゥハ様の部屋、なんか久しぶりな感じ」

にひ、とルクスは笑った。

「お邪魔してまぁす」

なんだそれ、とスゥハは笑った。どこかしら緊張していた自分が、解けていく。もしかして、少し固くなっていた自分に気付いていたのだろうか。本当にこの男は、どこまで聡いのだろう。

「…あの男なんですけどね」

ルクスが本題に入る。

「今日の態度を見て、少し繋がりました。恐らく街を散策していたのは、リラの希望ではないと思います」

スゥハは目で先を促す。

「カザンは何か目的があり、その手段として散策の場をリラが作っていたのでは、と。護衛だから特別不審な点ではなかったのですが、いつもカザンがリラの前に立っていたので、恐らく向かう先もあいつの判断に沿っていたのかと思われます」

そうか、とスゥハは返事をした。

「恐らく、今後も接触してくるだろうね」

「そうですね。しかし難儀な相手ですね…。下手に何も分からない、ということを明かしてしまうと、煙に巻かれる恐れがある。対等に会話をしようにも、差し出せる札がこちらには無いですしね」

「だな」

スゥハは後ろ手をつき、体を支えた。ルクスはふむ、と考えた後、口を開く。

「リラから聞き出してみましょうか」

スゥハはルクスを見た。ざわり、と心の中が乱れる。

「多分リラも何かを知っています。そして、カザンとは違いリラは恐らく言わない、という選択はあっても嘘はつかない印象です。」

「…随分彼女を評価しているんだな」

「まあ、3日も一緒にいたら何となくの性格は掴めます。問題はどうやって、ということろですが…」

「折角離したのに、また近付くのか?」

「いや、俺のことをどうこうってのは多分時間稼ぎのダシにされただけで、実際何もないと思いますよ?」

「どうかな」

自分が制御出来ていない、感情が先立ってしまっていることをスゥハは分かっていた。でもどうしてだろう、止まらない。ルクスが再びリラの元に行くのが、堪らなく嫌だ。

「何もない相手にあそこまで執着するか?ずっと触られていたじゃないか」

「あれはパフォーマンスのようなもので」

「人目がないところでもか?」

スゥハは苛立つ心の捌け口とでも言うように首を手で包み、努めて冷静な声で話した。そして不意に、今自分の手が触れている箇所を自覚する。

昨夜のことが瞬時に蘇り、心臓がドッと音をたてた。触れてしまった昨夜の痕に、指先が吸い付いてしまったかのように動かせない。

「…や、すまない、」

頬が、本当に火傷をしているかの如く熱かった。

私は何をしているのだろう。こんな時に、何を言ってしまったのだろう。

「スゥハ様」

ルクスの手が伸び、首に巻き付いて離れないスゥハの指に触れる。スゥハはびくりと震え、つ、と指を引き寄せたルクスを見上げた。

美しすぎる顔が赤く火照り、羞恥と後悔で歪んだ瞳は潤んでいる。

「…それは駄目」

ぽつりと呟いたルクスの言葉の意を汲み取れず、スゥハは口を開けた。

そんなスゥハを見つめたまま、ルクスはゆっくりとスゥハの指に唇を寄せた。

あ、とスゥハは小さく声をあげる。

ルクスの唇は指に、手の甲に、触れては離れ、進んでいく。新雪の世界を歩くように、慎重にしかし痕を残すように。踏みしめる足跡の如く、その唇の輪郭がスゥハにははっきりと感じられた。やがて優しくスゥハの手を返し、視線はスゥハに絡めたまま掌に口付けた。ぞくり、とスゥハの背中を走る感覚。ルクスはゆっくりと舌を出し、スゥハの掌をなぞる。舌と、唇と、熱と、視線と。真っ白な雪は溶けていく。ゆっくりと染め上げられていくスゥハは、どくどくと体内を巡る血と、それから快感以外分からなくなってきていた。ルクスから目が離せない。ゆっくりと進む彼の舌はやがてスゥハの指先に届き、舌で包んだまま指を口に含んだ。ぴり、と感じる歯の感触。そして舌は指の間をちろりと撫でる。

「ルクス、待て…」

スゥハは声を絞り出した。自分の声ではないようだ。

「…お願いだ」

涙ぐみながら、スゥハは訴えた。ルクスは動きを止め、最後に優しく手の甲に口付けて、離れた。

スゥハは真っ赤になり、苦しそうな表情をしていた。ルクスは微笑み、スゥハの頬を包む。

「スゥハ様」

普段の声色で呼びかけられ、スゥハは顔を上げた。その不意を突き、ルクスはスゥハの額にちゅ、と口付けをした。

びっくりして固まってしまったスゥハに、ルクスは笑いかける。

「えへへへ」

「お前…!」

もう駄目だ。いつだって自分はこの男に翻弄されてしまう。悔しさと、羞恥と、そして喜びを処理出来ず、スゥハは肩を震わせながら声を出した。

「だって、スゥハ様がいけないと思う」

「私の何がだ。だいたい、昨日から、お前は、その…」

ん、と笑いながらルクスは膝に顎を乗せる。

「俺は様々なところから学ぶのです」

「…どういう意味だ?」

ルクスは寝台のシーツの皺を伸ばしながら、言葉を続けた。

「俺ね、綺麗じゃない部分は見せちゃいけないって思ってたんです。でも、そういう部分も伝えていこうかなっていう、心境の変化?みたいな?」

だからね、とルクスは話す。

「隙あらば、ね」

くしゃ、と笑うルクス。少年のような笑顔だが、話している内容は青天の霹靂だった。

「ちょ、ちょっと待て…」

「はい。待ってます」

笑うルクス。

待っている、の意味に気付かないほどスゥハは鈍くない。本日のスゥハのお肌は、更に白くなったり赤くなったりと、それは大変お忙しい日となった。



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