5 奇術師は踊る
くそ。
ルクスは歯噛みした。
スゥハが見つかった。認識阻害の術式看破がおよそ不可能と言い切れるこの距離で、あの男は平然とやってのけた。猫背の護衛は、やはりリラの隠し玉だったということだろう。
どうする?
ここでルクスがスゥハに駆け寄れば、それは即ちスゥハという存在が要人であることの証明となる。加え、リラはルクスの腕に絡みついたままだ。ただ会話の流れのままの姿勢、ではない。意志を持ってルクスの動きを封じている。その証拠に、リラはルクスを見ることなく無表情でスゥハ達を眺めていた。
こいつらは、何なんだ?一体何を求めている?
―いや、何を知っている?
ルクスの目の先にいたミハクは、何よりもスゥハの身の安全を最優先と判断した。す、と猫背の護衛とスゥハの間に入ろうとしたが、スゥハに手で制され、止まる。
「失礼ですが、貴方は?」
真っ直ぐに猫背の護衛からの視線を受け止め、スゥハが問いかけた。すると、恭しくも嘲るような、まるで奇術を披露するかのような動きで猫背の護衛は右手を胸の前に置き、左手を横に広げた。
「お初にお目にかかります。カザン=コートリアスと申します。…ああ、本当に」
カザンと名乗った男は、上を向き顔を両手で覆った。指の隙間から、うっとりと笑っているのが垣間見える。
「貴方のような存在に出逢えるとは!いやあ、俺にも運がまわってきたか」
喜劇の開幕を彩る口上でも始まるかと思えば、突然切り替わったように静かな呟きで終わった。
この男のペースに飲まれてはいけない。スゥハは問を重ねた。
「貴方はリラ殿下の護衛ではないのですか?些か配慮が欠けているかと」
「あ?はい特には」
全く興味がないような回答だった。白けた声色が、口を開くとがらりと鮮やかに暴れる。
「それよりも!貴方はここで何をしているのです?」
にこやかに笑い、カザンは両手を広げた。まるで子供が親に自分が作ったものを見せつけるようで、それは世界が自らの掌の上にあるかのような仕草だった。
さて、どうするか。
スゥハは思考を巡らせる。そして、瞬時に誤魔化すという時間稼ぎは悪手という結論に達した。恐らくここで答えを濁したとて、カザンはそう時をかけずに突き止める。
「第二王子のスゥハと申します。ご覧の通りこの容姿、人を不快にさせてしまうことも屡々ございますので控えておりました」
「は?」
カザンはぴたりと動きを止めた。どこかしら彼には根源的な違和感を覚えてしまう。畏怖、なのだろうか。次々と回路が切り替わるようで、目の前の姿は残像でしかなく、本当の形というものは永遠に掴めない不気味さがある。
「第二王子?」
演劇めいた仕草を纏っていたカザンが、初めて生々しい感情を曝け出していた。その全身からは懐疑、嫌悪、失望、明らかな負の感情が溢れている。
「マジで?おいおいおいおいおいおいおいおいなんだそれ」
呟きながら両手で顔を隠し、体をくねらせたかと思うとザッと髪を掻き上げ、スゥハを改めて見つめる。長めの髪で顔が隠されていたが、顕となったカザンの顔はスゥハやルクスとそう年齢が離れていない印象だった。耳には様々な耳飾りがつけられており、首や腕には入墨が入っている。スゥハは何故か、痛みを感じた。
一通りスゥハを観察したカザンは、弾けるような笑いを小さく吐き出した。
「流石御伽の国ってか」
どういう意味だ?問おうとしたスゥハはカザンに遮られる。
「ところでどちらに行かれるのですか?」
「視察です」
「同行しても?」
「残念ですが」
「カザン」
食い下がろうとしたカザンを、今度はリラが遮った。ルクスに腕を絡ませたまま、スゥハたちの元に悠然と歩いてくる。
カザンは眉を上げ、首をゆっくり傾けた。その様を見ていたリラはスゥハに向き直る。
「ウォルダ国第9王女、リラ=ゾルトレイです。私の部下が失礼いたしました」
「ご挨拶が遅れました。第二王子のスゥハと申します」
にこり、と2人は笑い合う。
「では、私達も出発しましょう」
リラはルクスを見上げる。スゥハは笑みをたたえたまま呼びかけた。
「ルクス、お前はこちらへ」
リラは片眉を上げた。何故?という目をスゥハに投げる。
「この者は私の従者です。そろそろお返しいただきます」
スゥハはルクスを見て言った。
「ルクス、来い」
「承知しました」
ルクスは腕に意志を込め、それを感じたリラは静かに絡めていた手を解く。それを待ち、ルクスはリラに礼をしスゥハの側へと移動した。
リラは表情を変えず、少し顎を上げて2人を見た。
「…そう。カザン」
唇を触っていたカザンは眼球のみ動かし、リラを見た。
「行くわよ」
さっと翻り、リラは歩いていった。
ひとつに束ねられた長い髪が揺れる。彼女の歩みに沿い、規則正しく。
右に、左に。
揺れていた。




