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たかが世界の終わり  作者: 森大洋
御伽の国
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3 純粋な欲望

目の前で色男がしおしおと萎れている。

つい先程、この死人のような男と遭遇したゼンは「ぴーちゃん、時間あるよね…?」と腕をつかまれ、ずるずると引き摺られ今ここである。

死人もといルクスは相当疲弊しているようだった。それは体力面ではなく、主に精神面からだろう。まあ、気持ちも分かるのでゼンはぽんぽん、と背中を叩いてやった。

「モテる男は辛いっすね」

「」

「いやあ、罪なもんですね」

「」

「言葉すら失ったんすか」

しょもしょもとしたルクスがゆっくり顔を上げた。

「…もうやだ」

「まあ美人な方じゃないですか。しかも王族から口説かれるなんてなかなかない体験ですよ」

「たまたま俺だったってだけで、あんなの運じゃん…。自然災害の被害に遭いました…」

んー、とゼンは考える。誰でも同じだった、はないのではないだろうか。正直、男のゼンから見てもルクスはいい男だと思う。見目は文句無しに最上、流石にゼンやシャイネほどの知識は無いが頭の回転も早く加えて武に優れており、更に性格は愛嬌がある。あれ、なんだこの人。改めて分析すると様々なところから嫉妬を買いまくっていそうだが、何故か嫌われていない、という点がこの男の最大の強みなのかもしれない。要素からではない、人としての魅力があるのだ。そんなルクスだからゼンが知る限りでも本当に様々な女性から熱視線を向けられている。だが、殆ど拗れたことのない理由は「無理だ」と分かるからだろう。ルクスの一番には、絶対に自分はなり得ない。そういったことを痛感するので、追われすぎることがないのだ。まあ、追われたとてルクスにとって逃げることは容易いため、彼の中でも問題としてあがったことがなかった。

しかし此度は大国の王女。地位は圧倒的にあちらが高く、邪険にすることが出来ない。躱すことが許されないのだ。そしてあの変わり者の王女様は隠す気など微塵もないようで、正面切って猛アタックをするという大国の王族とは思えない蛮行に出ている。

王女をルクスが助けてしまってから早3日。ルロワナ=タルセイルなんてどこへやら、ルクスを呼び出しては街を散策している王女リラに、ルクスは振り回され続けている。リラに気に入られてしまった今、ルクスはスゥハのもとにいられなくなってしまった。嘗てないほど、ルクスの身体はスゥハ成分が枯渇した状態になっている。

しおしおルクスに、これ以上のからかいは残酷だなと感じたゼンは、彼が知りたいであろう情報を進呈することにした。

「所長は仕方ないね、って笑っていましたよ。特にお変わりない感じですね」

どちらかと言うと様子がおかしいのはシャイネなのだが、これは今言うことではないだろう。

ルクスはゼンの言葉を受けて目を瞑る。スゥハの性格は分かっている。スゥハの為にも、何とかこの状態に早く終止符を打ちたかった。

「ん、ありがと」

ルクスは礼をいい、のそりと立ち上がった。

「今日は何処へ?」

「また街だよ。全く何がしたいんだか」

ひらり、と歩き出しながらルクスは手を振った。

そう、何がしたいんだ。

ルクスは違和感を感じていた。リラがルクスを気に入っていることは確かなのだろうが、本当の意図は違うところにある気がしている。

余計な事をして更に興味を持たれては堪らないと思っていたのだが、そろそろ踏み込んでみるべきなのかもしれない。



***************



「可愛らしい庶民的な街ね」

ルクスの肘に腕を絡ませ、リラは言った。

街は民のものなので、庶民的なのは当たり前だろが。そう思いつつも、ルクスは無の心で返事をする。

「小さい国ですので」

つれないルクスが面白いのか、リラはふふと笑った。

「一度我が国に来てみたらどう?驚くことばかりよ、きっと。まあ一度と言わず、そのまま住んでもらっても構わないし」

どうしてこんなに恥ずかしげもなく口説けるのだろう。それとも、似たことをよくしているのだろうか。いつもリラに付き従う護衛は2名。入国した時から顔ぶれは変わらないので、専属なのだろう。1人はいかにも騎士、といった雰囲気だが、もう1人は少し変わっていた。やや小柄、そして猫背。とても騎士とは思えない。この変わり者の王女のこと、個人的に引き抜いた人材なのかもしれない。そんな2人にちらりと視線を投げるが、当然ルクスに助け舟を出してくれることはなかった。音もなく溜息を漏らす。

「いつまでそのような御冗談を続けるおつもりですか?」

「冗談?」

「殿下と私ではとても釣り合いません」

「バランスが取れていないといけないの?」

ルクスはちらりとリラを見た。リラは真っ直ぐにルクスを見つめている。

「私は欲しい物は欲しいと言う。対価が発生するなら払う。困難であるなら、交渉をする。お前はそうではないの?」

「何でも手に入れられる訳では無いでしょう」

ハッとリラは小馬鹿にしたような音を出した。

「だとしたら、偶然それがお前の掌に転がり込むのを待ち続けるの?それとも、ただ指を咥えて見つめるだけ?鑑賞物のように?それこそ傲慢、怠惰、無責任よ。欲しいのなら恥も外聞も知らないわ。私は私が、手を伸ばす。相手の迷惑なんて知らないの」

ルクスを見あげながら、リラは微笑んだ。

「だって手を伸ばせるのは、欲しいと伝えられるのは、生きている今だけなんだから」

ルクスは何も言い返せなかった。王族の言葉としては、傍迷惑で奔放な言い分に過ぎるだろう。

だが、ルクスにとっては。自分の中に、核として存在している彼のことを聖域にし過ぎているのだろうか。欲望を照らしてはいけない、そう思っていたのに。

無意識に靄をかけていた領域に、血が通ってしまいそうだった。

黙り込んだルクスを観察していたリラは、しかしふっと視線を外しただ一点を静かに見つめた。


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