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6 大義の仮面

「なんてことだ」

ヨルシカの言葉は何にも反射することなく、それぞれの身体に、部屋の壁に染み込んでいった。

ルクスが持ち帰った幾つかの資料、情報は更なる混沌の幕を開けさせた。セイシアは行方を眩ませ、急ぎ捜索した自宅は既に主が消えた状態となっていた。

しかし、だからといって止まることも、放り出すことも許されなかった。スゥハは小さく息を吸う。

「考えられることを挙げていきましょう」

スゥハの声が静かに響いた。部屋の中にいるヨルシカ、ルクス、ミハク、シャイネはそれぞれの形で了承の意を表した。

「先ず世界樹が擬態した何かだった、と仮定する。つまりセイシアが擬態した何かである、という可能性がある」

ルクスが言葉を継ぐ。

「俺とスゥハ様は以前一度セイシアに会っています。外見は黒髪細身、これといった特徴があるわけではありません。そして残念ながら孤児院の過去職員の、外見が記された資料はありません」

ミハクが口を開く。

「擬態だったとしたら、何故セイシアを繰り返したのでしょう?」

ヨルシカが顎に手を添えながら話す。

「過去のセイシアが全て同一個体とは限らないが…。擬態するには何か条件があるのだろうか?」

スゥハは机の上に座っていたオーマに声をかける。

「オーマ、どうだ?」

オーマは小首を傾げた。

「オーマ、それしっていれば、へいき。でもオーマ以外のこと、分からない」

スゥハはありがとう、とでも言うように軽くオーマを撫でた。

「ちょっといいすか」

シャイネが手を挙げた。一同の視線を集めしかもその中には王太子と第二王子という大物がいるにも関わらず、特に気負うことなく話し始めた。

「この国はなんで家名がないんすかね」

急に思いもよらぬ角度の疑問に、皆一瞬ぴたりと動きが止まる。シャイネは続ける。

「擬態には何か条件があり、それに当て嵌まるセイシアの擬態を繰り返していたとする。ま、セイシアのみを繰り返していたのかもしれないし他にも擬態してたのかもしれないっすけど。ただ、名前を変えないってことは恐らく変えることが出来ないのかもしれません。すると、これは勘ですが姿も手を加えることが出来ない、と考えることが出来るっす。そう例えばセイシアの黒子の位置を変える、とかね」

シャイネは人差し指を目の下辺りから、唇の横に滑らせながら話す。

「そしてこのタイミングで行方を眩ませたということは、セイシアは単独じゃない。他と連携を取っている筈っす。ということは、他にも擬態がいる、と仮定出来る。今回は孤児院という限定的な範囲だったので、違和感に辿り着けました。でも、これが200年という時間で国全体が対象となると、不可能に近いっす。名前が同じってだけで混乱が起きるのが目に見えてる。せめて家名があれば、だいぶ違ったでしょうね」

ヨルシカは黙っていた。スゥハは部屋の温度が下がったように感じた。それなのに、肌の表面は汗が滲むような。まるで滑稽な踊りを昼の仮面を被った夜に嘲笑われているような、奇妙な焦りに襲われる。

「確か身分に囚われない国に、でしたっけ。そんな大義っすよね。この国の興りは誰も知らない。でも今の王政になった200年前から、歴史は残り始めた。孤児院設立もその新体制の一環ですよね。200年前、孤児院が出来て、セイシアが繰り返されて。そして昔から豊穣の絵は孤児院にあった。何故か、白い少女と竜を塗りつぶした状態で」

シャイネはヨルシカを真っ直ぐ見つめながら言葉を続けた。

「紛れやすいように家名が無く、隠れ蓑のような孤児院。これは国が作ったものっすよね」

スゥハは拳を握りしめた。シャイネは表情を変えない。

「この国自体がおかしいっすよね」


誰も音を発さない。

この沈黙は、低い位置で何かを押さえつけているような、じりしりと重たいものだった。

ややあって、ヨルシカが両掌を顔の横で開いてみせた。

「すまない、分からん」

軽口ではあったが、彼の瞳の奥には悲しみが見え隠れしていた。

「だが、私も概ねシャイネの意見に賛成する。何か初めから設計されているように感じるね。そこで今思いついたのが継承の儀のことだ」

「継承の儀…」

呟いたスゥハに、ふっとヨルシカは笑いかけた。

「そう。王位を引き継ぐときの、あれだよ。王と次期王が一晩かけて儀式をし、継承する。その内容は伏せられていて、形式的なものだと思い込んでいたが…」

ヨルシカは机の上に戻した両手を合わせた。

「この国は、王族が絶対のものではない。他国ではおよそ存続不可能なほどのこのおおらかさは平和の証拠だと思っていたが、事実、王族が変わっても問題ないとしたら?」

「…つまりどういうことでしょうか?」

意を掴みきれなかったミハクが尋ねる。

「王が誰、なんて関係ないんだ。重要なことはその継承の儀で伝わる。それを継承していくことが、何より重要だとしたら?」

「そうやって守ってきた何かがある、ということですね」

スゥハの言葉に、ヨルシカは頷いた。

「そう。そう仮定すると、何かを知っている、ということになるよね」

ヨルシカは再び掌を開いた。

「我が国の王、我らが父上は」



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