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5 繰り返される

「元気そうじゃん」

庭に出ていたダルクを見て、ルクスはにやりと笑った。

ルクスは孤児院に来ていた。どうやら体調が回復したらしいダルクは、庭で遊ぶ子供たちと少し話していたようで、突然の訪問者に気付き形だけの顰め面で出迎えた。

「この忙しい日にまた煩いのが来たな」

言葉は厳しいが、目が笑っている。子供たちに向こうに行くように示し、ルクスのところまでゆっくりと歩いて来た。

「今日はどうした?」

「ちょっと調べ物があって。書庫借りてもいい?」

「駄目だと言っても聞かんのだろう」

ついてこい、というようにくい、と顎で示す。

「前もうちのが何人か調べに来たと思うけど、孤児院の資料を改めて見たいんだ。あと、子供たちの資料もある?」

「勿論あるが…」

「それ、預けられた経緯とかも記載されてる?」

「ああ」

「じゃ、それもお願い」

ダルクは少し黙っていたが、ルクスにとって重要なことなのだろうと納得をし、答えた。

「それらは書庫にはない。私の部屋にあるから、後で持っていこう」

「ありがと」

「大丈夫か?」

不意に息子にかけるような声で、ダルクが尋ねた。血の繋がりはないが、ルクスにとっても彼は父親に等しい存在だ。ダルクに対し、誤魔化すようなことはしたくなかった。

「頑張るさ」

ひょいと肩を竦めたルクスに、ダルクは軽く目を閉じることで相槌とした。

「先に入っていろ」

書庫の鍵を開け、ルクスを誘ったあとダルクは執務室に向かった。中に入り、きょろりと見回す。感傷に浸るのは今じゃない。さて、早速始めるとするか。ルクスは書棚から孤児院設立時の資料や、運営記録などを抜き出し、手近な椅子に座った。

孤児院が設立されてから、200年近くの時が経っている。国の体制が変わり、その一環として始められた事業だったようだ。大きくはない島国とはいえ、様々な家庭環境がある。孤児院という存在に助けられた命は幾つになるのだろう。そして、自分もその内のひとりである筈だ。

暫くして、ダルクが書類を持ってやって来た。

「これだ。何を調べているか知らんが、一応職員のもある」

「助かる」

「私は仕事に戻る、施錠するから帰る時は声をかけるように」

「ありがと」

ぱたり、と扉が閉まったことを確認してから、ルクスは書類に手を伸ばした。ふう、と息を吐き、ページをめくる。先ずは自身について、調べなくてはならない。物心ついた頃からここに居たので、どういう経緯で自分が孤児院に行き着いたのかをルクスはよく知らなかった。それを知る必要性を感じたこともなく、自分の出身はここ、始まりはここからで何も問題はなかったのだから。

あった。

自分のページを見つけ、目を走らせる。

ルクスを発見したのはダルクだったようだ。森の中で子供らしき姿を見たという報告があり、捜索に出たところひとりの子供を保護した、と記載されている。そしてその子供にルクスと名をつけた、と。

森の中という記載に背中の皮膚がざわつく。しかし、場所的にそれはユール大森林ではないようだった。発見当時、恐らくルクスは2歳ほどの状態で、木の根元に座っていたらしい。肉親が誰なのか、逸れたのか捨てられたのか、判然としなかったものの孤児院で育てることにした、ということのようだ。

ルクスは髪の毛を掻き上げた。他の子供のページをめくる。だいたいが籠に入れられ孤児院の前に置かれていたり、両親が死亡し孤児となったため引き取ったりと、その前の人生の足跡程度は感じられる。だが自分はその足跡が感じられない。まるで、突然そこから開始されたかの如く、どこかしら歪だ。

ルクスは額に手を置き、呼吸をした。

俺は、本当に俺か?

堕ちる訳にはいかないその穴からは、強い風が吹いている。そこに引き込まれてはいけない。まだ、全てを等しく見るべきだ。ひとつに目を奪われ、盲目になるのは愚者の行動だ。

軽く頭を振り、ルクスはダルクが持ってきたもう一つの書類に触れた。ページをめくる。

職員の資料と言っていたそれは、歴代の孤児院の長を含め1年ごとの名簿になっているようだ。名簿と言っても職員の名前程度の情報だが、やはり子供を預かる施設なだけあり、丁寧な資料と言えよう。

ぱらり、ぱらり、とめくった先にダルクの名前があった。年代的に自分を保護した時には既に孤児院の長だったようだ。そのあたりから、ルクスにも馴染みのある名前達が並ぶ。知らない名前は、ルクスがスゥハの元に行ってからこちらで働き出した職員達だろう。

ぴたり、とルクスの手が止まる。

ザッとルクスの脳裏に大雨のような音が現れ、たちどころに消え失せた。

は、は、と呼吸が乱れる。目の前が少し暗くなる。急いで表紙に戻り、まためくり出す。

ここ。

めくる、めくる。

ここ。

めくる、めくる、めくる。

ここ。

そして、

ここ。

ルクスはがたんと立ち上がった。椅子が後ろに倒れるのもそのままに、書庫を飛び出す。

これは偶然か?何を意味している?

執務室の扉をノックもせずに開ける。ダルクはいない。窓の外から子供たちに混ざりダルクの声がした。ルクスは踵を返し、外に飛び出した。

庭で子供の世話をしていたダルクに走り寄る。

「じいさん」

息を荒げた珍しい姿のルクスに、ダルクは心配そうに声をかけた。

「どうした?」

「セイシアさんって…」

ああ、とダルクは頷いた。

「お前も以前、話したことがあると思うが」

そう、以前スゥハと共にダルクの見舞いに訪れた際に応対してくれた職員はセイシアと名乗っていた。

「今どこにいる?」

尋常でない様子のルクスを心配することと、答えの申し訳なさからダルクは眉根を寄せた。

「それが昨日突然暫く暇が欲しいと言われてな。今日から不在なのだが」



風が、吹く。

汗ばんだ身体をあっという間に冷やしていく。

ルクスの手の中には職員の資料があった。

200年近く歴史のあるこの孤児院の職員を、1年ごとに記した丁寧な書類。まるで何かを隠すようなその丁寧さに紛れていた違和感。

その1年ごとの記載のどこかに幾度となく。

セイシア、という名の記載が繰り返されていた。





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