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1 いま掌にあるもの

天気が良い朝。

スゥハは自室のバルコニーに出ていた。少しひんやりとした純度の高い空気を体に取り込む。自らの体内を清掃するかのように、深く吸って、吐く。

何処からか鳥の鳴く声がする。世界は今日も歩調を変えない。スゥハは自分の手をじっと見つめた。そして掌を開き握る。もう一度、開き、握る。今、自分の手の中にあるものを確認する。


オーマとの出会いから時は流れ、再び世界樹は微かにだが衰弱し始めていた。

王宮の書庫にあった手記は、およそ200年ほど前のものとみられている。200年前に一度世界樹は衰弱し、そして回復した。この島国が興った時期の書物はほぼ残されていないが、200年前の記録は多少残されている。今とは国の体制が異なることが要因なのか、物事の立ち位置が若干読み解き辛い部分があるものの、情報として皆無でなかったことは僥倖だった。少ないながら、分かったこともある。例えば何故だか他国との交易が止まっていた時期があり、それと200年前がほぼ重なること。国が荒れていたからだろうか。その時、何が起きて世界樹、そしてこの国は立ち直ったのだろう。

世界樹のもとで事切れた男は、スゥハを檻の子と呼び、貴方が選ばなければならない、と言った。スゥハはそっと目を閉じる。私が何かを選択し、そうすれば事態は回復するのだろうか。自分にはそれが何を指すのか分からない。そして、選択ということは正解以外の可能性がある、ということだ。しかし恐らく200年前に、自分と同じ檻の子と呼ばれる存在がおり、その人物は正解を選び取ることができたのだろう。オーマはスゥハがかけている、と表現した。何故自分はそんな重要な部分が分からないのだろうか。そして、欠けている、ということは満ちていることが正常のはず。生まれ落ちた時から満ちている筈だったのだろうか。生まれた時から知っている、なんて状態は異常だ。200年前の檻の子。そして、豊穣の絵に隠されていたあの白い少女。スゥハと似た容姿の、少女。200年前の檻の子が白い人間だったのかは分からない。だが、きっとそうなのだろう、と思っている。檻の子とは、白い子供のことなのだろう。白く生まれたから檻の子なのか、檻の子だから白く生まれるのか。一体『檻』とはなんのことなのだろう。自分はその過去の檻の子の生まれ変わりか何かなのだろうか。役目を抱え、それを全うする為に生まれてきたのに、それを落としてしまった、愚かな存在なのだろうか。

再び衰弱を始めた世界樹は、やはりというか通常樹木が弱った際に散布する薬品などは全く効果が無かった。あの死んだ男は、「時が戻った」と表現したことからもしかしたら世界樹は治癒したのではなく、ただ衰弱前の時間に巻き戻っただけなのかもしれない。

時間を戻す…。恐らく、オーマの目が変化したことと関係があるのだろう。あの子はきっと、何かを犠牲にした。私が何も選べないから。あの青白い瞳。そう、その青白さは豊穣の絵の下に隠されていた皮膜の色ととても似ていた。シャイネの分析結果によると、青白い粒子の正体は分からなかったが、その他は混ぜ込んだ樹液を糊の役割として、絵に塗布していたと見られている。そしてその樹液はママドの樹のものであり、それはユール大森林に群生している樹木だ。そして、世界樹もこのママドである。

長い時間をかけ、やっとちいさなちいさな欠片たちが集まってきた。そして今日、スゥハは新しい欠片を手に入れるつもりだった。

「スゥハ様」

いつの間にか窓際に来ていたルクスか声をかけた。

「そろそろ行きましょう」

スゥハは振り返り、もう一度掌を開いて、握った。

「ああ」


今日はタグリットを世界樹のものに連れて行く。

再び時間を巻き戻してやる。

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