2 お喋りは適切な場所で
小高い丘。高い木々が無いため、今日のような天気の良い日は心地よい陽射しが降り注ぐ場所だ。
等間隔に並ぶ、似たデザインの石。それぞれに名前が刻まれている。綺麗に磨かれたもの、苔が生えているもの。設置されて間もないもの、長い年月ここに置かれているもの。人々は何を思い、ここを訪れるのだろう。変わらぬ愛を囁くため?触れない寂しさを零すため?受け渡された苦しみを恨むため?他人には分からない、心の内。人は同じ大地を踏み、同じ空の下に生きながら、別の世界を進んでいる。隣人との小さなズレを、日々微調整しながら生きるのだ。譲歩し、諍いを生まず、少量であるならば飲み込んで。それがきっと上手な生き方というものであろう。それはきっと
「こういうことじゃないんでしょうねえ」
体を可能な限り丸め、墓石の陰に隠れたルクスは呟いた。
「もっとこう、なんかないですかねえ。小粋な作戦」
何を言う、とでも言うような真剣な表情をしながら隣の墓石に隠れたスゥハがこちらを見た。
「何を言うんだ」
あ、本当に言ったわ。ははは、と心の中で笑いながらこりゃ駄目だ、とルクスは諦めた。自分の主は、その完全無欠な容姿から理路整然とした人物として認識されがちだ。しかし、彼と付き合いのある人間なら誰しも痛感していることであろう。彼が、非常に悪戯好きであることを。その証拠に、膝に顎をのせながら真剣な表情をしてみせてはいるが瞳は完全に子供のようだった。
ま、楽しいならいいんだけどさ。ただ、いい歳をした男2人がどう考えても隠れきれていない墓石の後ろにしゃがんでいる様を客観視すると、その絵面の辛さか身に染みる。そしてそれを実際に見せられている存在がいることに、ルクスは居た堪れない思いであった。ま、あいつはあいつで精神年齢低めだからいいか…。
「そもそも隠れきれてないから、不審者と思って避けられないでしょうか」
「ふむ。私はこのフードを被っているから然程問題はないだろうけどね。問題はお前だな。全くどうしてそんなに大きくなったのだか」
「秘訣はよく寝ることですね。あとはよく食べることですが、あれもしかしてスゥハ様どちらも苦手でいらっしゃる…?」
元々が夜型のきらいがあり、書物に没頭しがちなスゥハには気付けば朝が訪れていた、ということがしばしば起こる。そんな時はいつもルクスにお肌の大敵は睡眠不足なんです!とぶつくさ嫌味を言われるのだ。別に男なのだから多少の肌荒れなぞ気にはしないのだが、どうもこのルクスという男はスゥハに対し過保護な点が多い。かといってちやほやするばかりではなく弄りたおしてくることもあるので、なかなか曲者と言わざるを得ない。
「人にはそれぞれの生活習慣があるのだから、ストレスを溜めないで生きるのが一番ではないかな」
「それは同感です。そしてその理論によりますと、スゥハ様はずぅっとオーマの寿命を縮めていると思います」
「あれはまた視点がズレているから、そんな程度痛くもかゆくもないさ」
「きいい!ああ言えばこう言う!全く誰が育てたらこうなっちゃうんでしょう!あ、俺だわ」
「おい心外だ。私はお前に育てられたことは一度たりともないぞ?」
「俺が作った飯が一番好きなくせに」
「それは否めないな。確かにお前の料理の腕はなかなかのものだ」
「いやん、そんなに正面切って褒められると照れちゃう。今度何が食べたいです?」
「林檎のパイがいいな。カスタードクリームがたっぷり詰まったもの」
「合点!じゃあ、帰りに林檎買って帰りましょ。ザガン産のがあるといいな」
「ではまず真面目に仕事だ」
「あ、」
そう言って見上げたルクスは、目の前に立つ青年と目が合ってしまった。もじゃもじゃした髪にほぼ隠れている目は、まじまじとルクスを見ていた。青年はそれは奇妙なものを見る目をしていた。それはそうであろう、墓の後ろに隠れている体で実際全然隠れきれていないうえにやかましいことこの上ない、一体何をしているのか不明な彼らである。
「え、あの」
後ろずさりながら、青年がどもる。猫背で、手を胸の前に握りながら。そしてその手の中には、青白い花があった。
月路花。
彼か。
「失礼そこの貴方、ちょおっとお時間よろしいですか」
逃がしてはならない。その焦りから、何故かルクスは左手を額に翳し、右手を墓石につきながらドラマチックな通せんぼをした。ひっと小さく息を飲んだ青年は、今にも踵を返してかけだしそうなびびり具合である。そりゃそうだ、俺だってこんな変な人達に声かけられたくないもん、第一なにこの体勢…。
「ああちょっとまって、決して俺たちは怪しいものではなく、いやこれ絶対怪しい奴がいう台詞だわちょっとまってね、本当に。ただ君のことを知りたいんだ」
本格的に血の気が引いてきた青年と、泥沼の中でもがくルクスを見て堪らずスゥハはふふっと笑ってしまった。その笑い声に気付き、青年がスゥハの方を見る。
青年が息を飲んだのが分かった。なにせ青年の瞳には、白い肌、白い髪、薄く赤みがかった瞳のこの世のものとは思えないほどに美しい人物が映っていたのだから。
スゥハは認識阻害の術式が編み込まれたフードを被っている。その術式を突破できる人物など、そう存在しない。国に数人レベルの、相当高位な術者と能力が比肩しない限り。
「ルクス」
桃色とは全く異なる、薄い赤の瞳。その瞳を青年から外すことなく、スゥハは嬉しそうに笑った。
「大当たりだ」