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3 花ひらく果実

「もうすぐ到着します」

ミハクの言葉に、スゥハは小さく頷いた。手綱を握る手に力を込め、隣にいるルクスと目を合わせる。ルクスは口の端をほんの少し横に伸ばし、了解の意を伝えた。

一行は王都の南側に位置する、ユール大森林を進んでいた。スゥハが見つけた手記に繰り返し描かれていた樹。それが何を意味するのかはまだ分からない。だが、無関係と断定することは出来なかった。樹の種類や太陽との位置などから場所を推測し、捜索を始めて2週間。それと思われる樹を発見した、と報告を受け、ルクス、ミハク、数名の護衛と共に向かっていた。

過度に期待をしてはいけない。だが、どうしても縋る藁が宝剣であることを夢見てしまう。しっかりしなくては。そっと深く息を吐いた。

ユール大森林は鬱蒼とした森ではなく、木漏れ日を感じるどことなく朗らかな森林だ。だが、都から離れているため余程の目的がなければ人は立ち入らない。手記の主は何故ここに出向いたのだろう。思考を巡らせていたスゥハだったが、前からの光に目を射抜かれ、森が拓けることを理解した。


そこは不思議な場所だった。

ユール大森林が途切れた先は拓けた草原になっており、そこにそっと、しかし揺るぎなく佇む一本の樹があった。まるで光という粒子が意思をもって舞っているかのように、その樹の周りは光に溢れていた。確かに一度目にしたら、その姿を描き留めたいと思うかもしれない。それ程までに、なにか神々しさに近しいものがその樹には備わっていた。

ゆっくりと馬をとめ、地面に足をおろす。スゥハは樹に近づいていった。手記と見比べる必要はない。間違いなく、この樹だ。あの手記がどれほど昔のものかは分からないが、寸分変わらぬ姿でここに存在している。幹に触れてみる。樹木特有の、乾いたような湿ったような、触感。ふと小さく振動した気がして、思わずスゥハは手を離した。不思議に思い、樹を見上げながらぐるりと一周する。そして気がついた。果実が成っている。見上げた先、一本の枝に一つだけ。

「スゥハ様」

ルクスが後ろに立つ。

「絵と同じだ」

スゥハの言葉に、ルクスは頷く。

「落とします?」

さてどうしたものか、と逡巡したスゥハは次の瞬間、文字通り凍りついた。

さわさわさわ、と風に葉が揺れる音と共に、果実を宿した枝が、動いた。まるでその一枝だけ別の生き物のように。

瞬時にスゥハの前に立ちはだかったルクスは「下がって」と鋭く言葉を発した。その言葉に反応するかのように、枝が動きを止める。目の前の自分を守護する背中に、スゥハはそっと触れて呟いた。

「大丈夫だ」

ルクスを制し、枝を見上げたスゥハに、それが再びゆっくりと動き出す。そしてスゥハの目の前に、果実を差し出す形で動きがとまった。

ルクスが腰の剣に手を伸ばし、スゥハに頷く。スゥハはそれを確認し、手を伸ばし果実に触れた。

まるで蕾が花開くように、果実の皮が上から一枚一枚剥がれていった。剥がれた皮は、落ちることなく萎んで消えていく。そうして残った果実の芯は、白く濡れているように見えた。その芯にスゥハが触れると、濡れていた表面が一気に白く柔らかい毛並みに変貌した。それはふわり、とスゥハの手に擦り寄り、掌に乗る形になった。

「あえた。あえた。あえた」

それはくるくると掌の上で転げ周り、甘えた子供のような声で繰り返した。

「まってた、ずっと。まってた」

全身で喜びを表現するかのようなその生き物。


それがオーマとの出会いだった。


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