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5 万全な死

それは静かな、とても静かな雨だった。

ゆっくりと進む参列者は皆傘をさしていた。だが、傘で弾ける雨粒の音は全くしない。傘の布にぶつかることなく滲むように、または参列者の身体に吸い込まれるように、何にも抗わない雨。無抵抗な雨粒は、水ではない何かに変化をしながら人々の体内に溜まっていくようだった。

この国では葬儀は白い服装で参列する。無言の白い列はやがて目的地に到着し、自然と半円の形に拡がった。スゥハとルクスはその後方、端あたりに留まっている。本来の地位からするとスゥハは最前列で然るべきだが、今日はジルキドも何も言わなかった。スゥハの心情を理解してくれているのだろう。人々の中にはチャコチャの姿もあった。眼の下にうっすら隈がみえる。彼の性格から察するに、自分がもっと迅速に調査出来ていたら、などと存在しない自らの責に苦しんでいるのかもしれない。あるはずも無い自分の穴を見てしまうと、際限のない闇に囚われてしまう。そうなる前に、もう一度彼と会話をしなければ。スゥハは唇を噛み締めながら、ジルキドを目で探した。人々の前に立つジルキドは、先日までとは別の生き物のようだった。持って生まれた威厳からか、彼という存在は輪郭が明確なものだった。だが今はその輪郭達が迷子になってしまったかのように、ぼやけて見える。毅然と佇んでいるが、その身体に納められない感情に押しつぶされまいとしていることは明らかだった。

ジルキドの元を訪れた日の夜、ヒュンケは遺体で発見された。重要参考人だったため遺体は王都に搬送され、医務官によって検死が行われた。スゥハはその時のことを思い出す。

医務官はなんとも言えない表情をしていた。

「外傷は特に見当たりませんでした。毒物を投与された形跡もございません」

状況から口封じに消された、という線が濃厚であったが他殺の痕跡が何もなかったのだ。そうか、と返事をしたスゥハはでは具体的な死因は、と問を重ねた。

「分からないのです。持病もなく、突然何かの症状に襲われたとしても苦しんだ様子すらございません。まるで…」

医務官は口から出そうになった表現がこの場には相応しくないと思い直したように、言い淀んだ。スゥハは構わない、と目で促す。

「あの、まるで…、ふと生きるのを辞めたかのように、身体が自ら活動を停止した印象なのです。活動を断ち切られた、ではなく正しく終了をした、かのような…」

万全な死、と申しますか…。と言葉を続けた医務官は、表情を改めお役に立てず申しございません、と頭を下げた。

ヒュンケが安置されている部屋に、ジルキドはいた。そっと横に立ったスゥハは、先程医務官から聞いた内容を表現を変え彼に伝えた。ジルキドは息子から目を離さず、黙って小さく頷いた。そして、そっと息子の頬に触れる。息子の身体だが、もう息子ではない別の何かであるかのような違和感。生きている自分は進み続け、止まってしまったヒュンケは後ろの次元に留まったまま。触れているのに、もう交わることのない決定的な世界のずれが、死というものなのだろう。

「申し訳ございません」

項垂れたまま、ジルキドは謝罪をした。スゥハは何も言わなかった。申し訳ございません、とジルキドはもう一度呟いた。スゥハは小さく頷き、部屋を後にした。残されたジルキドは、すまない、とずれた世界に向けて声を漏らした。


厳かに棺が開けられ、白い布に包まれた身体が露わになる。この国では棺に入れられたまま埋葬することはない。何かに囲われることなく自由に旅立てるよう、という祈りを込めて棺から出し、布に包んだ状態で埋葬するのが常だ。掘られた穴に横たえ、近しい者から順に土を被せていく。白い布が段々と見えなくなっていった。土を被せる参列者にもその重みが積み重なっていくように、時間の足取りが重くなったようだった。

そっと周りを見たスゥハの目に、震える拳が映った。恐らくヒュンケと同年代位であろう青年が、涙を流して震えていた。あまりに早い突然の別れに、整理が出来ていないのは容易に想像が出来た。もしかしたら、特別に仲の良い人物だったのかもしれない。まるで自分には彼を見つめる資格がないかのように、スゥハはそっと目を閉じた。


式が終わり、スゥハとルクスはジルキドに声をかけることなく輪から外れていった。声をかけても、彼からは謝罪の言葉しか出てこないだろう。息子を亡くしたばかりの父親から、そのような言葉を絞り出させるのは避けたかった。

スゥハとルクスは無言で馬車へ向かっていく。

相変わらず無音の雨が降り続いていた。



******************



ぱらぱらと解散していく者がいれば、その場に留まる者もいた。決着のつかない感情に無理やり節を付けることができた者から、その場を後にしているようだった。留まる人の中で、一人拳を震わせている青年がいた。下を向いて、唇を噛み締めて涙を流している。周りの人々は皆悲しみに暮れていたので、彼の呟きに気付いたものは誰一人居なかった。

俺のせいだ。

ごめん。

青年は何度も何度も呟いていた。

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