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たかが世界の終わり  作者: 森大洋
花と蛇
2/67

1 そして数時間前に遡る

「枯れない花、ですか」

ルクスは唇をむぅっと突き出して、スゥハの話を噛み締めた。

「ちゃんと聞きなさい。枯れない訳じゃなく、枯れにくい、といったところだね」

右の親指を顎にとん、とんと当てながら、スゥハが答えた。彼が思案を巡らせているときの癖である。

形の良い爪が、これまた形の良い顎を訪れては去っていく様だけで、なんと絵になることか。しかし残念なことに、スゥハは深々とフードを被っていた。顔の中心部あたりしか開示されていないが、遮光性の高い生地で出来ているため日除けをしている、と勝手に世間から解釈をされ、然程異様な視線は投げられない。まあもっとも、このフードにはそれ以外の効果があるし、フードを被っていない場合の方が視線を集めてしまうだろうけども。

ここはスフレンピール。小規模ながら、都と繋がる道沿いにあり、且つ暫く進むと別の領となるため、補給場としてそれなりに賑やかな街だ。

あーあ。遠出をしようって言うからてっきり息抜きかと思ったんだけどな。ルクスは口を尖らせたまま、店の天井を見上げた。

窓際の席に陣取った2人は、冷たい果実汁を飲んでいる。窓は少し開いており、心地よい風が時折店内に入り込むこの時間は、それなりに楽しくはある。なんかもう少し、露店見たりとかさ、甘い菓子買ってみたりさ、しようと思ってたのにな。ちぇー。

「ちぇー。あ、声出ちゃった」

えへへ、と悪びれもせず肩を竦めたルクスを、これまた特に困った様子を見せることもなくスゥハが穏やかに見つめる。

「だってお前に前もって泊まりがけなんて説明したら、やれ日傘だやれ着替えだ、荷物が増えるじゃないか。迅速に動きたかったのさ」

にこり、と紅い唇が横に広がる。こんなに紅いのに、毳毳しい印象にならないのが不思議だ。彼の白い、それこそ陶器のような肌に映える色。芸術品のような肌理の細やかさは、ともすれば生気を失ったように見えるかもしれないが、この唇の朱によって彼が生きていることが確かなものとなっている。

「だって、前に日に焼けた時凄い痛がってたじゃないですか」

だから俺だって気をつけたかったのにな、とブツブツ零すルクスを、スゥハはふふ、と優しく見つめる。

スゥハよりも頭一つほど背が高い彼は、深い栗色の髪をしている。窓から入り込む風に、時折ふわりふわりと髪が揺れる。その様を、店内の幾人かの女性たちがちらり、と盗み見しているのをスゥハは気付いていた。まったく。人の事ばかりだが、充分ルクスは女心を擽る容姿をしていた。服の上からも、靭やかな筋肉に覆われていることが分かる。きっとその胸に抱かれたいと妄想する淑女は数え切れないだろう。まだ少年のような悪戯っぽさを残しつつ、こんなに大きくなるとはな、とスゥハは心の中で思う。当の本人は女性からそのような視線を注がれても、全く意に介していなかった。その注がれる相手がスゥハだったら、牙を剥くだろうけれども。

「お前ももう少し自覚したほうがいいんじゃないかな」

「ん?俺、別に肌弱くないですよ。焼けても気にならないし」

「そうじゃないけど、まあそうだね」

話を進めるか。気持ちを切り替えるため、スゥハはフードの端を摘み、深く被り直す。このフードには認識阻害の術式が編み込まれている。こんな変哲もない街中で、この術式を突破できる人物がそういるとは思えない。だが、その仕草でルクスはパキリと切り替えた。この人物は放っておけば延々と駄々を捏ねられるが、必要とあらば別人のように冷静になる。彼の地頭が良いそんなところも、スゥハはとても好ましく思っていた。まあ、そんなことを今告げるとまたヘニャヘニャルクスに戻ってしまうから、言わない。

「数日前、オーマが情報を持ってきてくれてね。この街の端の方に墓地があるんたが、そこにある一つの墓に花がそえられているんだ」

ルクスはほんの少しだけ頷き、先を促す。

「その花が、なかなか枯れないそうだ」

「なかなか…って、一ヶ月とか?」

「いや、3日ほど」

むむ、と頭を大きく右側に傾けながら、ルクスが会話を続ける。

「それ、凄いんです?」

「普通の花だったら、特に凄い訳では無い。普通だったらね。ただ、この件は明らかに異常だ。添えられた花が、月路花という種類なんだ」

「ツキロバナ」

「そう。一般的ではないから、知らないのも無理はないかもね。月路花は月明かりでのみ花開く。月の一筋の光りに照らされた、その夜深い時間でのみ。だから、3日間咲き続けられる訳がないんだ」

とん、とん。親指が顎に触れる。規則的なリズム。解決への正確な歩み。その一歩一歩が、静かに波紋を広げる。ルクスはその歩みを神聖なものに感じることがある。 

「そして、今日が3日目。なにも無ければ、だれかが花を替えに来るはず」

「なるほど。花が枯れづらくなっている方法をご教示願う、と」

ん、とスゥハが頷く。

「これからその場所に向かえば、恐らく時間的にはいいころだと思う」

ルクスは果実汁が入ったグラスを持ち、残りをぐびりと飲みきった。

「よし、俺準備万端です。只今スゥハ様待ちです」

「お前…」

謎に勝ち誇った表情をしているルクスに呆れながらも、すす、と同じく残りを飲み干す。どんなに些細なものでも、無駄にしたり邪険に扱ったりしない。この貴人の、そういう振る舞いがルクスにはとても尊いものだった。

あっ、行っちゃうかも、と近くで声がする。面倒だな、早く出ましょう。ルクスの目配せを理解したスゥハは、仕方ないね、と肩を竦め、立ち上がった。

「さ、行きましょう」

決して大きな声ではないが、どことなく世界に宣言するかのような意志のある色。そっとスゥハの腰辺りに手を添えて歩き出すルクスに声をかけられる愚者は幸いにも店内にいなかった。

「お前ね、もう少し目立たないようにしなさい」

「その件は明日の俺に任せます」

「そうだったか。今度こそ、しっかり伝達するように」

呆れちゃいけません!と軽口を叩きながら、どちらに向かうか目で催促をする彼に、視線で応える。

「この道を少し進むと、丘がある。その頂上付近に墓地がある」

了解、と応え、2人歩き出す。もう腰に手を当ててはいない。少し腰が涼しく感じたが、スゥハは無視をした。


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