2 ちゃんとしてるチャコチャ
「寒くはございませんか、この土地は少々風が強いですので必要でしたら外套などご用意いたします、何なりとお申し付けください」
ザッと頭を下げるのは風の領の遺物管理局管理官、チャコチャ氏だ。険しい表情の彼を見ながら、こいつが手引きした線はないだろうな、とルクスは思った。そもそも管理官になるほどの人物なのだから、無能の筈がない。チャコチャの態度からも、王族に赦しを請おうと謙る方向ではなく、全責任は我にあり、煮るなり焼くなりなさって下さい、ただ責任を果たしてからでお願い申す、といったある種の潔さを感じる。
「大丈夫です、お気遣いいただき感謝します」
スゥハはさらりと答えた。はい、では…とチャコチャが二人を先導する。
「こちらです」
チャコチャはとある建物の前で立ち止まった。目的地の遺物管理局管轄の管理棟である。
「入り口はこちらの扉のみです。鍵は管理官と領主、それぞれ一本を管理しております。これは各領同じです。解錠施錠する際は必ず二人以上、館内作業も一人では行いません。解錠施錠記録は日時、担当、目的を記す形で管理しております」
話しながらチャコチャは首から下げた金の鍵を取り出し、鍵穴に差し込み、カチャリと回す。
「毎日夕刻、終業時間前には見回りをし、異変がないかを確認しておりました。ただ、日々遺物の動作までは確認しておりませんので、偽物であることに気付けませんでした。私の落ち度です」
遺物管理局は基本多忙だ。既に登録されているものの管理だけでなく、遺物を保持している個人との管理状況の確認や、異国からの対応にも追われる。この国で他国との交易が最も盛んな風の領は、恐らく国内で一番業務が多いだろう。そんな中、毎日本物であるか確認をするのは不可能であることは、容易に想像が出来た。
ぎい、と扉を開く。その先は小さな博物館のようだった。それぞれが透明なケースに入れられ、その前にはプレートが掛かっている。遺物の名称、その能力、発見年次と場所などなど。大小様々なケースを幾つか通り過ぎ、チャコチャはこちらです、と手で示した。その中には踊るが幾つか収納されていた。丸薬程の大きさで、枯れ草色をした木の根のようなものがぐるりととぐろを巻くように丸まっている。これを口の中に含み、丸まっている根のようなものが解けるまでの時間、能力が持続する仕組みになっている。ルクスは実物を目にするのは初めてだった。よくこんな物を口の中に入れられるよなあ、と思う。もしこれを飲んでしまったらどうなるのだろうか。そもそも根のように見えるが、一体全体これがなんであるか、誰も分かっていない。
「当局では13体保管しており、その内5つがすり替わっておりました」
スゥハはしばし踊るを見つめていたが、その内ぐるりと館内を見渡した。窓はなく、小さな通気孔が等間隔であいている。天井ははやや高め、天窓もない。確かに侵入するとしても入り口扉以外は不可能のようだった。くるりと入り口を振り向く。すると、入り口付近の天井から小さな鳥籠が下っているのが目に入った。鳥籠の中から、遺物の『目』がじっとこちらを見ているのが分かった。
「失礼、あちらの目の番はチャコチャさんが管理を?」
「あ、いえ。あちらは領主側のものです。基本管理局からこちらにはすぐ駆け付けられますが、あちらは距離的に即時対応は難しいですので、取り付けてくださっております」
ふむ。スゥハは少しだけ首を傾けた。
「チャコチャさんは管理局の勤務、今年で8年目でしたよね」
突然の話題転換で面食らったチャコチャは一瞬止まってしまったが、直ぐに立て直した。
「はい。長年勤めておりましたのに、この度の失態、心よりお詫び申し上げます」
「遺物の能力は勿論把握しておりますよね?」
「はい。現在登録されている遺物でしたら、全て把握しております」
ゆっくりとスゥハは頷いた。昨夜確認したチャコチャの資料から、彼の人物像を頭に思い描いていた。実際に直接対話することで、その像は実際とほぼ合致することを感じている。チャコチャは非常に責任感が強い。裏を返せば、無責任なことは言わない。彼の頭の中に、スゥハが感じている微かな予感は存在しているだろうか。
「風の領の領主、ジルキド氏は確か御年53、でしたか」
「そう、…ですね。おっしゃる通りです」
「ジルキド氏には息子さんがふたり、いらっしゃいますね」
チャコチャの表情が変わった。ぐ、と唇を引く。その表情から、彼がその可能性に気付き、調査中であることが見て取れた。ただ余りに無礼な調査のため、例え自分の責を問われようと、確証が得られるまで言葉に出来なかったのだろう。不器用な男だ。だが、信用出来る。
「下の息子さんが他国に遊学に出て、数カ月前に帰国しているそうですね」
チャコチャはじっと目を閉じていたが、やがて深く息を吸い、す、と目を開け真っ直ぐにスゥハを見た。