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たかが世界の終わり  作者: 森大洋
変革者たち
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5 弱き者の生き抜く術

部屋の中は沈黙に覆われた。

やがてヨルシカが溜息と共に声を出す。

「…正直、世界の仕組みを変えると言っても、一体何にどう立ち向かえばいい…?」


もう、白い子どもという存在が問題なだけではない。魔獣からの汚染を防ぎ、且つ空の世界の支配から逃れられなければ、この関係は変わらない。そしてそれは即ち、近いうちに起こるスゥハの犠牲に直結する。

ルクスは静かに思考の海に潜る。

探せ、探せ。

何処かにある、ちいさな穴を。

焔の魔獣に滅ぼされた、ルクスの世界。

白い子どもがいる、この世界。

まるで生物のような空の世界。

その中で特定の機能を割り振られた幾つもの世界。


生物のような…。



「そうか」

ルクスはエイランを見た。エイランは、誰かが辿り着くのを待っていたのだろう。目でルクスの言葉を受け止めた。

「代替機能、例えば…」

エイランは頷いた。

「例えば、役割を肩代わりさせる」

「我々も、ひとつそれを考えています」

エイランは部屋の面々を見回した。

「この世界が空という生き物のひとつの機能だと仮定します。手足を失った人の中には、義肢を使用することで元の活動に近づける選択をする場合がある。また対象を社会に拡げてみても、誰かが不在の際は別の誰かがその任を代行することは、至って普通のこと。このように、求められるのが『役割を果たす』ことならば、突破口がある、かもしれません」

「いやしかし、肩代わりと言っても」

ヨルシカの疑問をスゥハが遮る。

「まさか」

スゥハはルクスを凝視した。

ルクスは真っ直ぐ前を向いている。

「そうです。他の蓋の世界に押し付ける、です」

エイランは容赦の無い表現でスゥハに答えた。



「そんな」


それはスゥハのちいさな悲鳴だった。

先日引き寄せたルクスの世界。エイランはそれを指しているのだろう。

ルクスの生まれた世界では、恐らく人間はもう存在しない。しかしだからと言って、余りに残酷ではないか?彼の生まれた故郷を踏み躙るような行為が、正しいとは到底思えなかった。

「そんな、非道なことを…。空の行為と、変わらない」

空より、不要なものとして烙印を押された魔獣の世界。まるでただただ棚にガラクタを押し込み、部屋の中を見せかけの美しさで彩るような、自分勝手で不気味な行為。

「仰るとおりです。勿論これはまだ方法も覚束ない、案のひとつに過ぎません。しかし、我々はあらゆることを検討しなければならない。優しさ、正しさ、清らかさ…。そんな綺麗事で解決出来る問題ではないことを、殿下はご存知の筈」

スゥハは奥歯を噛み締めた。

エイランが正しい。

弱者がこの生存競争を勝ち抜く為には、あらゆる手段を講じなければならない。この世界でも溢れている。

虫に寄生し、その胎内で産卵する生き物も。

他の種に擬態し、素知らぬ顔で成長していく生き物も。

己の弱さを隠し、必死に生きるのだ。

誇り故に死ぬことはあっても、生きることは出来ない。

ルクスが口を開く。

「疑問があります。俺の世界が既に魔獣に喰われているのだとしたら、もう蓋として機能出来ていないことになる。機能しなくなった存在は、果たしてどうなるのでしょう?」

「はい。我々もそこに引っかかっています。何もないのか、空の世界がまだ対応していないのか…。ただ、私としては新陳代謝のようなものが起こるのでは、と考えています。髪が抜けるように、皮膚が替わるように、機能を引き継いだものが発生する。それは白い子どもが単体で永続しないことにも繋がる気がするのです。白い子どもがひとりで済むのであれば、態々代替わりなんて必要ありませんからね。となると『まだ何も起きていない』が有力かと」

「だとしたら、」

ルクスはエイランを促した。

「そうです。私達は急がねばなりません。ひとつ、白い子どもの限界が恐らく近いこと。ふたつ、蓋の機能を肩代わりさせるにも、焔の魔獣の世界がいつまで残っているか不明なこと。そして、みっつ」

エイランは指を一本一本立てて話す。ゆっくりと、三本目が立つ。


「この世界で争いが起きること」


エイランは続ける。

「キズィルさんと世界を廻るうちに、徐々に違和感が生まれました。空からすれば塵のような存在でも、やはりこの世界は大きかった」

エイランは机に広げられている地図を示した。

「この島国はとても小さい。遺物という不思議な物がある国として観光に訪れる旅行者は居ますが、国力としては決して大きくはないです。地図では位置的に偶然分かりやすい記され方になっていますが」

とん、とん、と地図上のこの島を叩いた。

位置的にこの島国は地図の中心に近い。しかしその面積から、然程気にする者など居ないだろう。尤も、生まれた時から世界地図はこの姿だ。今更疑問に思うことなど、無い。


普通なら。


「成程貿易を考えるに、態々偏った構図の地図を作成するよりもこのままの方が勝手が良いでしょう。ですが、例えばこの中央線上にある国なら全体的に北にずらした構図が作られていてもおかしくない。だが、そのような形はない。現在なら、慣れ親しんだこの形を変える必要がない、というのが理由として挙げられます。しかし、昔は?この島が国として興ったのは200年前。それ以前は流刑地だったそうです。そのような、寧ろ忌むべき土地が、中心近くに描かれる世界地図。…違和感がありました」


部屋の中、ソファに座っている筈なのに。

スゥハは自分の背後には断崖絶壁が待ち構えているかのように感じた。


「私は歴史を遡りました。それこそ、200年を超えて。…思った通りでした。200年以上前は、地図はこの形ではありませんでした。もっと北にずれて、国によって構図もまちまちだったのです」


エイランの指は地図上で四角を描く。この島国は、彼の描く下辺ギリギリであった。


「ところが、地図は次第にこの構図になった。この島が国と成ったから?それもあるでしょう。ですが、地図に記されているのなら構図を変える必要はない。何故、まるでこの島国が重要であるかのように中央付近に配置された?そして、国による東西のブレも排斥され、唯一のこの構図になった?」


ゆっくりとエイランの指は、地図上をこの島国から上に進んでいく。


「この構図の地図を初めて作成したのは、貿易面でも軍事面でも随一の力を誇る国でした。そういえば、内陸に位置するにも関わらず、この島を流刑地に選んでいたのも同じ国ですね」


エイランの指は海を超え、大陸を割っていく。


「その国はこの島から離れているにも関わらず、何故か空の世界の影響を受ける人間が生まれていた。それは…」


やがてエイランの指は止まる。



「…ウォルダ」



カザンの声は、少し掠れていた。



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