4 想像しようぜ!
「陛下のお考えは正しかったことになります。この世界には果てがある。しかし空は続いている。つまり蓋として創られた世界は、他にもある。…まるで継ぎ接ぎですね、穴が空きそうな箇所に世界を被せる、この行為は」
「世界の果てがあるなら、其処で途切れているなら、他の世界との繋ぎ目はどうなるんでしょう。ナキの森で引き寄せた俺が生まれたという世界は、ここよりも上空だったと思われます。空が割れ、その罅から魔獣が侵攻してきたのですから」
ルクスがエイランに問いかける。ルクスは頭の回転が速い。シャイネが話しかけていた内容に繋がると察知し、橋を架けたのだろう。
スゥハはちくり、と胸に微かな痛みを感じた。
ルクスは常に冷静で、物事を客観視している。彼はとても優しいが、同時に全てに対し適切な距離を保っていた。彼の心を乱すのはスゥハのみであることを、知っている。そう、それはルクス自身も例外ではない。
一見すると自分たちはスゥハが冷静沈着、ルクスが快活奔放と捉えられがちだ。しかし実はルクスは常に物事を俯瞰しており、スゥハの方が感情に飲まれかけてしまうことが多い。
ルクスの心を抱きとめられる自分でありたい。
彼が痛みを、迷いを、自らのものとして我儘に受け止められる位に。
彼がスゥハを大切にしていると同じ位、自らのことも慈しんでくれたら。
スゥハは滞りを流すように、そっと胸を押した。
「この世界では地上があり、上に空があります。ですが世界の果てでは空は途切れた大地の先にも広がっていた。先程奈落と表現しましたが、奈落の先も空ではないかと感じています。ここからは予想となります」
エイランはルクスに、そして全員に向け語る。
「空から零れた魔獣の世界、そう耳にすると感覚的にはこのような構図を思い描くかと存じます」
エイランは右の掌を顔の前辺りで横に伸ばし、左手の人差し指でつう、と右掌から雫が溢れる様を現した。そして、左掌で雫の落下地点を覆う。蓋の世界を表現しているのだろう。
「しかし、恐らくこうではなかった。では仮にこの部屋、この空間が空であるとします。魔獣の存在が濾過され、それらは別の世界として形を成す。そうですね…」
エイランはペペロイカを示した。
「それら不要なものがペペロイカさんだとします」
「あらちょっとごめんなさいねとても悪意を感じます」
「え…?研究者なのに仮説を受け取れないとは、なんて気の毒な…!」
「ワイちゃんヤバいわこの子、私は一線を越えてしまうかも」
ほら見てこの拳。震えているわ。
ペペロイカは歪んだ笑みを浮かべながらワイザードに訴えた。
「面倒くせえなあ、それ俺でいいよ俺で」
ワイザードの投げやりな言葉をエイランはしっかりと否定する。
「何を仰っているのです。著作権侵害ですよ、ワイザードさんは唯一無二」
「へいへい、じゃ取り敢えず俺でいいっしょ」
軽く手を振りながら立候補したキズィルを、エイランはあっさりと了承した。
このやり取りをカザンは顔を歪めて見ており、シャイネは年長者達の無意味な攻防をきょろりと眼球で追っていた。バクザは素で静かに進行を待っている。
「ではキズィルさんが不純物として濾過された魔獣の世界とする。しかしキズィルさんは歩きます。太りも、痩せもする。そして時には子を成すかもしれない」
「ちょ…、っと、待ってくれ」
ヨルシカが頭を振りながら言った。
「すまない、どういうことだ?」
「大前提、これは仮定のお話です」
冷静に言ったエイランに、スゥハはそっと確認をする。
「魔獣自体だけでなく、魔獣の世界そのものが、或いは自我を持つ、と…?」
「自我と呼んでよいかは分かりませんが」
エイランは頷いた。
「私達は無意識に空、ここ、魔獣、この3つが平行に存在していると思っていました。しかし私達の常識など、この世界が蓋であると言われた時点で崩れている。発想を拡げる必要があるのではないでしょうか。世界の概念を、そもそも」
エイランはヨルシカを見る。理解が追いつかないヨルシカだったが、目で先を促す。
「空の世界とは、この世界を創るような存在です。力や規模が違う?それだけではない筈。そこで改めて着目したのが、維持者についてでした。彼等は自らの『役割』というものに囚われている節がありました」
スゥハはセイシアの発言を思い返した。
―存在するものは全て役割があります。
―それは持って誕生する、ということっすか?
―…その為に誕生する、でしょうか。
確かに、セイシアは役割を遵守するものとしていた。
「頑なに定められた役割、機能を果たそうとする。ふと、似たものがあることに気がついたのです」
「…似たもの」
ヨルシカが確認するように繰り返した。
「はい。私達、人間です」
ゆっくりとエイランは自らの胸に手を置いた。
「人間の構造はとても複雑です。人間自身が解明出来ていない程に。体内には菌があり、またそれに作用するものも同時に存在している。怪我をすれば自己治癒力が働き、内臓は其々の役割を持つ」
そしてエイランは両手で弧を描いた。
「空の世界が人間のような生物だとしたら。その中で魔獣のような悪性のものもあれば、この世界のようにそれに作用するものもまた、あるかもしれない」
エイランは顔の前で人差し指を立てた。
「そしてそれは、何処に発生しても不思議ではない」
ヨルシカは天を仰いだ。
スゥハもふと、それに倣ってみる。
仰いだ先には部屋の天井。
部屋という空間を区切るもの。
自分が居て、
部屋があって、
建物が、
国が、
大陸が、
世界が、
そして。
その先は…?
歯車が廻る。
幾つもの歯車が。
何処までも、何処までも、
何処までも。




