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たかが世界の終わり  作者: 森大洋
変革者たち
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3 このさきはなにもない

「紋の者は東西南北の領地にひとりずつ、4人で構成されていた」


バクザは粛々と話し続ける。

この島は大きく4つの領地に分かれている。北は風の領、西は陽の領、東は海の領、そして南は森の領。王都は位置としては森の領地となるが別枠で、4つの領地は王都を囲う形になっている。


「紋は基本我が子へと引き継がれて来た。だが国は現在、2つの紋を保管している。ひとつはあの事件、昔スゥハとルクスを襲った陽の領を担う者の紋。そしてもうひとつは、ルクスを魔獣の地へと陥れた森の領の者の分だ」

「そして私の家は、海の領を担う家系でした」

エイランが言う。


「ワイちゃんは知ってたの…?」

ペペロイカが聞く。するとワイザードは口を窄めて答えた。

「いんや。魂消たぜ」

ワイザードのことである。本当に何も知らなかったのか、欠片は予想していたのかは誰にも分からない。

しかし突如としてエイランは捲し立てた。


「お話することが出来ず、本当に申し訳ございませんでした。秘匿されていた歴史の為、打ち明けることは固く禁じられていたのです。本来ならば私も父の語る思考に飲まれ、視野を広く持つことは難しかったと思います。ただ只管に浄化を滞り無く遂行するのが務めだと、疑うことは無かったでしょう。しかしまだ幼かった私に陛下は問いかけて下さったのです」



『お前はこの世界を、どうしたい?』



自分が立つ脈々と続いてきた道は、この先も真っ直ぐに伸びていた。そこから外れないことこそが、自分の使命だと信じてきた。

だが、果たして。

幼いエイランは後ろを振り返る。誇り高い歩みであった筈の代々の足跡たちは、目を凝らすと醜く歪み、黴が生えていた。


違う。これはきっと、正しくない。


当時エイランの父は病に伏せ、長くないことは分かっていた。バクザとしては、まだ幼いエイランならば懐柔出来るという狙いもあったのだろう。エイランはバクザの意図も含め理解し、彼の手を取った。そしてエイランは表向きは紋の継承者として、しかし裏ではバクザの協力者と成るべく立場を作り上げていったのだ。


「陛下が掬い上げて下さらなければ、今の私はありません。恐らくワイザードさんと出会うことも無かったでしょう。嗚呼、なんて恐ろしい!想像するまでもなく空っぽの世界です。ご存知ですか皆さん、ワイザードさんは術者、研究者として卓越しているだけでなく、非常に思慮深い方なのです。陛下は私に世界を教えて下さり、ワイザードさんには他者を想う美しさを教えていただきました。そんなおふたり、あとまあその他の何かが生きるこの世界の歪みを正す為ならば。断腸の思いでおふたりの元を離れ、調査に旅立ったのです」


「え、今その他の何かって言った?」

ペペロイカが顔を歪めて言う。

「こいつ凄えだろ。これ絶対矯正出来ないから慣れる方がお勧めです」

ワイザードはからりと言った。褒められてはいないのだが、何故かエイランは頬を赤らめている。


「それで、帰国したということは調査は終わった、と?」

そっとスゥハが舵を戻す。バクザはキズィルとエイランを見た。お前達から話せ、ということだろう。キズィルはここは若いもんから、とでも言うように顎でエイランを促す。それを受け、エイランは先程とは打って変わった、落ち着いた口調で語り出す。


「仰る通り、今出来る調査は終えたと思っております」

エイランは地図を取り出し、机に広げた。

「…先ず、こちらを。皆さんもご覧になったことがおありかと存じます。世界地図は大体どの国でもこの構図となっていました。このちいさな島国は、ここ」

エイランは一箇所を指し示した。地図の中央、やや南に位置する海に囲まれたこの国。その島国の南には海が広がり、北にはまるで虹のように弧を描き、大陸が存在している。

「この世界は地図として、ここで区切られています。それはこの先はただ海が広がるのみ、とされているからです。ずっと、ずっと」

エイランは地図よりも一回り、更にもう一回り大きく指で四角を描く。

「何もないならば、地図として表す意味はない。そう解釈されていた。キズィルさんと私は果てに挑んだのです」


「どうやって…?」

スゥハが呟く。


「この世の果てを誰も見たことがない、これは考え方を変えると見た者は戻れない、という可能性がありました。気付いた時には手遅れになる。そもそも海が続いている為、行方不明になってしまったのなら沈没したのだ、と解釈されてしまう。真相は分からなくとも。…そこで、キズィルさんの能力を使ってみることにしたのです」

「俺は植物の成長を操作出来る。通常の成長範囲を凌駕することも、可能だ。人間は気付けなくとも植物は看破出来る穴が、あるんじゃねえかってな」


「…すまない、具体的に言ってくれ」

ヨルシカが言った。

エイランは静かに頷いた。


「この世界の果てには所謂、認識阻害のような術が張られていました」


固まるスゥハを、エイランは見つめる。


「スゥハ殿下は特にご存知でしょう。認識阻害の術は見えなくなる訳ではなく『そこにある、居る、という意識が薄くなる』というものです。張られている術を看破するには、余程の力が無ければ難しい。しかし、それは人間ならば、です。植物にはそのような術は関係ありません。キズィルさんは植物を爆発的に成長させ、前方に伸ばし続けました。…そしてある地点で、植物が進む世界と私達に見えている景色に齟齬が生まれ、認識阻害は破られました」


スゥハの使用しているフードは、被っていれば街の人々に認識されることはない。だが例えばこちらから話しかけるなどの接触を持てば、世界は正しい絵で結び付く。

つまり、人の目には海が続く景色が映っていたが、植物がその境界に達したことで意識に不和が生まれ、エイランとキズィルは術を抜け出すことが出来たのだ。



「世界はそこで終わっていました」



「終わっていた…?」

その問いは、誰の口から発せられたものだっただろうか。


「はい。海は区切られ、其処から先は奈落のように見えました。ただ、」


エイランはほんの少しだけ、憎しみを込めた表情をした。



「ただ、空だけがその先もずっと、続いていた」





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