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たかが世界の終わり  作者: 森大洋
変革者たち
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2 滅びの地より

もしかして。

と言うか、もしかしなくても。

「息子さんが、いらっしゃいますか…?」

スゥハはキズィルに尋ねた。

「父親失格だけど、な」

キズィルは何処か寂しそうに笑った。

タグリットは父親のことを何も知らないようだった。それは恐らくキズィルがタグリットとその母親を巻き込まないよう、配慮をしたからなのだろう。

「ま、今は俺のことはいいのよ」

キズィルはバクザに目配せをした。

「続ける。サリュウは時折空からも魂を感じることがある、と言っていた。我々は空の世界の存在だろうと解釈していたが、それは違った。サリュウがセイシアと遭遇した際、空から感じるものとは全く異なっていることが分かった。あれはセイシアよりも人に近い気がする、と」


バクザはカザンに視線をやった。カザンは口を曲げ肩を竦めることで返事をする。


「カザンの一族は昔、空に城があると言って迫害を受けた。私が初めてその情報を掴んだ時、空の世界を見た者がいたのだ、と思った。しかし果たしてそうなのか?この世界を蓋の機能として生み出すような桁の違う存在が、我々の視界に収まる程度の距離に在るのだろうか?…その疑問はサリュウの言葉と結びつき、仮説が生まれた。『もしかして、他にもこの世界のような存在があるのではないか?』と」


バクザは目の前に置かれた小箱を手に取った。


「サリュウはナキの森が干渉外であることに気付き、一本の樹に遺物の集会を取り付け、上空へと言葉を送り続けた。しかし時折魂の存在は感じるものの、反応は何ひとつ返ってこなかった」


バクザは小箱を撫で、スゥハを見つめた。


「そしてサリュウはスゥハを身籠り、無事産むことを条件にお前の魂をサリュウは守護した。数年間半ば軟禁のような形を取ったのは侵食を警戒しただけではなく、お前の姿形が安定しなかったのだ」


「安定しない…?」

スゥハにその時の記憶はない。思い出される一番古い記憶は、部屋の壁と窓に映る既にこの容姿の自分だった。


「ああ、侵食に抗っていたのだろう。ある時は少女の姿に、またある時は別の姿に、と数年間存在が不安定だったのだ。だから、今の姿はお前自身が勝ち取ったと考えて良い。…そしてもうひとつ、実際に白い子どもが誕生したことにより、紋の者の中で統率が乱れていたことも理由だった。汚染が悪化することの証であるから、疾く浄化させるべきだという過激思考の者もいた。世界の仕組みを解き明かす条件が、この時代ほど揃うことは恐らく二度とない。歴史を繰り返さない為にも、慎重にならざるを得なかった」


バクザの威厳に満ちた、しかし人間味のある目。

スゥハはそっと頭を振る。

気付かないだけで自分はずっと護られていた。その事実にスゥハは感謝こそすれ、最早恨むことなどあるはずも無かった。


「そして数年後、スゥハを第二王子として解放することが出来た。紋の者の意見は其々だったが、存在が安定したことで問題ないと判断した。…もうひとつ、大きな切欠があった。ルクスだ」


じっとルクスは黙っている。シャイネの話の段階から、検討はついていた。



「ルクスは恐らく別の世界の存在だ」



そうか。バクザ王は知っていたのだ。

孤児院出身の自分がスゥハの傍に居ることを許されていたのは、単に護衛としてだけではなかった。仕組みを壊す、異端な歯車のひとつとして配置されたのだ。


「このような蓋となる世界は他にもあるのだろう。加え人間が誕生したのが、ここだけとは限らない。環境が異なれば、備わる身体能力も異なることは不思議ではない。そして世界を渡ることが可能な、遺物の存在もまた、あるかもしれない」


ルクスは頷く。


「ナキの森はもうひとつの世界が実在することを掴むのが目的だった。そして、それは成功した。更に何故ルクスだけがこちらに渡ったのか、という謎も恐らく解けたと言える」


バクザは小箱の蓋を開け、ミレが修復を施した腕輪を取り出した。



「…もう分かっているな?」

バクザの確認に、もう一度ルクスは頷いた。


「はい。俺は、守られたんですね」


バクザも頷いた。

「そうだと思う。…この腕輪には、渦を巻いた角と、4枚羽の獣が描かれている。ナキの森に現れた魔獣と同型だ。魔獣と人が隣り合った紋様が彫られている。しかし、これは損傷が激しかった。主に熱による損傷だそうだ」


スゥハはナキの森のことを思い出す。

4枚羽の魔獣の遠吠えに応えるように、空の罅から吹き出した火の粉。

それを凝視していたルクス。

堪らず唇を噛み締める。



―なんということだ。



「サリュウの声は届いていたのだろう。…4枚羽の魔獣と人間との関係は分からない。だが恐らく、4枚羽より上位の焔の魔獣が現れ、人間には成す術が無かったのかもしれない。別の、もうひとつの地を知り、彼等は滅びる世界からルクスだけでも逃そうとしたのだ」


白い少女が降り立ったことで偶々この世界には白い子どもという浄化の仕組みが備わった。つまりは、それが無ければいつか魔獣に汚染され、終わりを迎える。

白い子どもが存在しなかったルクスの世界では、恐らく生きている人間はもう居ない。


しかしルクスは静かだった。


「感謝を、しなければなりませんね」

バクザは優しく目尻だけで微笑んだ。

「…そうだな。お前はきっと、愛されていた」

ルクスも口の端だけで笑い、頷いた。

「突破口になるかもしれないと、スゥハとルクスを引き合わせた。目に見える何かが起こることは無かったが、スゥハは不思議とルクスに対してのみ警戒をしなかった。そしてあの事件のこともあり、共に居られる環境を作ることにしたのだ。ただこの時点では他の世界についてはまだ可能性止まりだった。突き止めるにはどうすればよいか…。他の世界があるということはこの世界には果てがある、とも考えられる。そこで、キズィルとエイランに調査してもらうことにしたのだ」


ワイザードの右側をがっちり守護していたエイランがちいさくお辞儀をした。

「…エイランも能力者、ということですか?」

ヨルシカが質問をする。

「いえ、私は違います。ヨルシカ殿下」

そう言いながらエイランは自身の襟を緩め、首元を弄り、紐を引っ張り出した。



「私は紋の者です」



示す紐には指輪が飾られており、それには枝に貫かれた竜が描かれていた。



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